農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 深化させよう! 地域水田農業ビジョン
       −産地づくりの視点から考えるJAの担い手育成・支援の課題−(1)
50を超える集落営農組織が誕生
現地レポート JAいわて花巻(岩手県)

 JAグループは平成16年の米政策改革スタートに向けて、各地で「地域水田農業ビジョン」を策定しその実践に取り組むことを目標にしてきた。
 このビジョンは需要に応じた米の生産と、地域特性をふまえた新たな作物導入による産地づくりなどのほか、それらの生産の担い手を地域実態に合わせて作りあげ地域の課題を解決し農業振興を図る戦略だ。この取り組みは19年度から本格実施された品目横断的経営安定対策に対応した集落営農の組織化・法人化などへの取り組みのうえでも重要になる。
 そこで、本紙ではシリーズとしてビジョン策定・実践事例に焦点をあて、その到達点を探りビジョンをさらに「深化」させる課題を探っていく。今回は17年の第1回地域水田農業ビジョン大賞で農林水産大臣賞を受賞したJAいわて花巻を訪ねた。

農地の一元管理で新規作物づくりが実現

◆トータルアドバイザー JA独自に7名を配置

 JAいわて花巻が中核となった花巻地方水田農業推進協議会が策定した地域水田農業ビジョンは、(1)JAと行政が一体となった推進体制、(2)155の農家組合(集落)でのビジョン策定とその積み上げ、(3)集落営農の組織化、法人化への取り組み、(4)雑穀や園芸作物など米以外の作物振興の積極化、などの特徴が高く評価された。
 とくに集落ビジョンの策定と実践に向けてJAが職員を事務局として配置し、集落内の意向調整などを担うというボトムアップ型の推進が注目を集めた。集落ビジョン策定のために、部署を問わず職員に担当集落を割り振る体制をとったJAは他にもあるが、JAいわて花巻の取り組みはその先駆けとなったといえる。
 ただし、品目横断的経営安定対策(以下、品目横断対策)の本格実施が迫るなか、17年度には花巻地方農業振興協議会に「集落営農・担い手支援対策室」を設置し、さらに18年度にはJA独自に担い手育成・支援に特化したトータルアドバイザー7名を配置した。
 狙いは品目横断対策の参加への意欲を持ってもらうなかで、担い手づくりを含む集落ビジョンを実践することにあった。そうなると加入要件を満たすための組織のあり方や事務手続きなどの面で、どうしても専門的な知識を持つ人材が必要になる。トータルアドバイザーは全員がJA職員のOBだ。
 「多くのJA職員が、集落でのビジョンの話し合いにまで関わったことは意義があったと思う。ただ、新しい制度への加入を誘導しながらビジョンを実践していこうとなると、やはり専任者が必要になると判断しました」と阿部勝昭営農生活部次長は振り返る。

◆品目横断加入を活用したビジョンを実践

 16年度に策定した集落ビジョンで担い手として位置づけられたのは個別経営、生産組織を合わせて1300ほど。18年度はこれらの担い手に対して、認定農業者や集落営農への誘導を図るための研修会やトータルアドバイザーによる現地での説明会に力を入れた。
 生産組織など組織担い手に対しては集落型経営体研究会を10回開催、参加者した生産者は2500名にのぼっている。
 「品目横断対策への加入も重要ですがそれ以前の問題として集落全体で営農しないと、もはや農業は成り立たないという点をいかに理解してもらえるか、が重要でした」と阿部次長。集落によって温度差はあるもののそのなかから107の組織担い手が法人化などに向けた意欲の「芽」を出した。その結果、今年8月現在で52の集落営農組織が誕生し品目横断対策に加入した。構成員総数は2000名を超えている。
 「オペレーター組織を核にするのではなくいわゆる『集落ぐるみ型』の組織づくりをめざす集落が多いため、リーダーの育成、そしてその人の背中を押すという役割が非常に重要だと感じています」と集落営農担当のトータルアドバイザー、藤原正道さんは話す。まずは集落営農づくりに向けた気運づくりが大事だということだろう。

◆4つの一元管理の理解促進で苦心

 その気運がそがれないようにするため、もっとも苦心したのは「一元化」への理解だった。
 国の要件では「経理の一元化」が強調されているが、現場で実際に組織化を推進していくとそのほかに「農地管理」、「生産調整」、「共済加入」と合計4種類の一元化の必要性を生産者に十分に納得してもらうことが必要なことが分かった。転作作物の販売代金扱いなどの経理一元化だけでは、集落単位で土地利用計画に基づき営農する経営体への発展は見込めない。
 なかでも生産調整の一元化への理解を得るには困難を極めた。
 以下はJAが苦心して作成した生産調整対応の説明である。
 たとえば、水田50haの集落に50戸の生産者がいて、それぞれの面積は1haづつだとする。集落営農組織の要件である20haを集積するためには、転作率4割なら転作分0.4haを全員が組織に出せば20ha要件をクリアできる(0.4ha×50戸)。そのうえで残りの面積ではそれぞれが個別に米づくりをしようとする。つまり、集落営農組織には転作部分だけを請け負う機能を持たせようとしたとする。
 しかし、その集落営農組織もひとつの経営体(一元経理対象水田)だから、そこに米の生産目標数量が配分されることになる。そして同時に個人耕作で米づくりをするつもりの0.6ha分(1ha−0・4ha)に対しても生産目標数量、すなわち転作面積(0・6ha×4割)が割り当てられる、ということが仕組み上は起きることになる――。
 生産者にとっては、転作部分はあらかじめ集落営農組織に「出したはず(利用権設定)」なのに、これでは二重配分ではないか、という疑問が生じてしまったという。
 もちろん個人耕作部分すべてで米づくりができないことはなく、そのためには産地づくり交付金をもとにした互助金(地域内数量調整互助金)をその個人は受け取らず、逆に集落営農組織に戻してプールするという仕組みを整備した。
 今回の制度の複雑さを象徴するような例だが、「これは稲作面積には利用権設定をしないための過渡的な問題。ただ、集落営農を推進するには転作対応のためだけの経理一元化にとどまらず、生産調整や農地管理の一元化まで視野にいれないと集落全体での計画的な作物振興も実現しないことを生産者に理解してもらう必要がある」と阿部次長は強調する。

「集落の農地は法人が守る」
農事組合法人「遊新」・高橋組合長

◆地域に雇用を生み出す新規作物づくり

高橋新悦 代表理事組合長
高橋新悦 代表理事組合長
 こうした問題を乗り越えて法人化を実現した組織担い手のひとつ農事組合法人「遊新」を訪ねた。
 花巻市の遊子、新屋地区の農家65戸のうち53戸が参加して17年2月に設立された。母体となったのは転作の受託組織。集落ビジョン策定を機に、集落型経営体へ発展させることを決めた。
 19年度は利用権設定した水田面積は稲作も含めて約19ha、昨年度より3haほど増えた。作業受委託実面積と合わせた経営規模面積は集落の水田面積110haのうち80haまで広がった。
 経営品目の柱としているのが小麦と種子用小麦で利用権設定面積19haのうち、11haと米の作付け面積6・5haよりも多い。作業受託分も含めて20年産秋まき麦は35haを計画している。そ他に大豆の作付けも。オペレーターは6人の役員。そのほか常時雇用に近い形態で2名を雇用、農繁期は組合員の出役で農作業をこなす。
 「米に代わる収益を上げる品目が課題。主力品目は小麦だが、ほかにどんな作物が有利か設立以来模索してきた」と「遊新」の高橋新悦代表理事組合長は話す。
 今年は初めて加工用トマトを約1ha作付けした。JAが食品企業と契約をまとめ、生産者には買い取り単価を保証した。収穫は5月末から9月まで。早朝からの作業は集落の法人参加組合員が担った。時給800円。80歳近くの高齢者でも月20万円もの支払いになった。
 作業料金を差し引くとトマト生産自体は結局赤字となったが「これは収益が目的ではなく雇用機会をつくるための取り組み。
大豆の収穫作業の後で小麦のは種作業が行われていた
大豆の収穫作業の後で
小麦のは種作業が行われていた

集落営農に参加すれば農作業で所得が得られることも知ってもらいたかった」と高橋組合長。
こうした米に代わる新規作物の導入から雇用が生まれればいずれは後継者も出てくるというのが高橋組合長の考えだ。「自分はその準備をしていけばいい」農地の利用集積を拡大するとともに、産直や施設園芸にも取り組みたいという。
 同法人のように稲作も含めて組織化した集落営農経営体は37あり、米作付け面積の加入申請割合は32%と全国平均を上回っている。

◆ポイントの見直しで園芸作物を振興

園芸作物を復興
 農事組合法人「遊新」がめざす米依存からの脱却はJAいわて花巻管内全体の大きな課題であり、地域水田農業ビジョンが掲げた目標でもある。
 利用集積をした経営体を作りあげても米で収益を上げるとなればさらなる面積拡大が必要で、それは限られた農地の奪い合いになりかねない。そのため収益の上がる雑穀や野菜など園芸作物の振興を図ってきた。
 取り組みを促進させるためにビジョンで示したのが、産地づくり交付金単価に作物別に差をつけること。たとえば、「雑穀日本一」の目標を達成するためヒエ、アワなどの栽培には他作物よりも交付ポイントを高くした。
 そのポイントも年度ごとに見直しを行ってきた。野菜ではネギ、アスパラなどの振興に力を入れてきたが、今年からは先にも紹介した加工用トマトも交付金の対象とした。また、雑穀では交付基準となる最低作付け面積に引き下げなども行い生産誘導を図っている。雑穀の作付け面積目標は22年度に320haとしており、18年度では238haまで拡大した。集荷と乾燥調製まではJAが担い、レトルトの雑穀粥などへの商品化と販売は(株)プロ農夢が行うという事業方式が定着している。需要に生産が追いつかない状況だが、栽培技術と需要に合わせた品種のバランス調整などの課題もある。
 産地づくり交付金による新規作物への誘導とともに、JAにとって重要になるのが確実に販売に結びつける取り組みだろう。
 加工用トマトの生産・販売はケチャップ、ジュース製造などを行う大手企業への販売が見込めたことからスタートした。
トラクター
米単作地帯のJAにとって、その大手食品企業との提携の話など「今までになかったことではないか」(阿部次長)という。
 米に代わる園芸振興は集落で取り組める作物が基本、だとして今後も推進していく。「遊新」のモットーも「集落の農地は法人が守る」だ。
 そのためにも「JAが実需のニーズを掘り起こし、生産者に新たな作物提案をしていくことがビジョン実践のうえでいっそう重要になる」と阿部次長は話している。

(2007.11.20)


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