中国には「百家争鳴」という言葉がある。わが国では、農政に関しては、「一億総農政評論家」という言葉が流行した時期があった。それほど農政をめぐっては、農業に関する知識も経験もないものが、ひとかどの評論家ぶって農政・農協批判を展開したものだ。
戦後食糧難の時代から農業基本法制定、そして米の減反政策の強行、食管制度の事実上の骨抜き、貿易自由化による食糧輸入の増大、高度成長にともなう農村の都市化、農民の出稼ぎ、農地の流動化と評論には事欠かなかった。そして農政評論ほど無責任なものもないということも否定できない。
本書は1980年から2001年までの20年余りの間、農業に関する注目すべき論調を筆者が丹念に分析して、簡潔に紹介したものであり、わが国における農業論調の「定点観測」である。
もちろん無責任な農政批判も取り上げている。しかし、圧倒的には日本農業のことを真剣に考えている良心的な評論が多い。
なにしろ138人、158編の農政農業論評から抜すいしたものである。これだけの論調を拾い上げるのに、どれほどの書籍や雑誌に目を通したか想像を絶するものがある。
財界寄りの無責任な農政批判も紹介されているが、圧倒的に多いのは、農業の現状を憂い、行政や政治に向けた建設的な提言である。
百歳の農政学者近藤康男先生から中曽根康弘元総理、最近売れっ子の経済評論家内橋克人氏や作家の井上ひさし氏、農村からの発言として注目されている役重真喜子さんの発言も収録されている。
本書によって財界人の農業に対する考え方がハッキリすると同時に、財界寄りあるいは政府寄りの学者、研究者、ジャーナリストの主張というものがいかなるものであるかも理解できる。
論文ごとに編者によって、その時代の首相、主要な出来事、経済指標が参考資料として収録されている。これは読者にできるだけ客観的に理解してもらいたいとの編者の配慮であり、編者の地道な努力のあらわれである。多くの農協人に一読をすすめたい。 (2003.4.14)