著者は1949年宮城県生まれ。現在宮城大学院教授で、専門は農業経済学、フードビジネス論である。NHK他で米ビジネスの新展開発言が目立つ。
さてこの本。発刊されて以来、ほぼ1年が経つ。当然ながら論争の書である。だが、研究者、現場実務者からの論争・反論が少ないのは、主張が大いに異色だからであろうか。
第1の特徴は、第1章、類似の第2章、および第7章の「食料・農業・農村基本法に関する評論」。著者が農水省に1995年設置された「農業基本法研究会」メンバーとして関わった。所々にその検討過程が見える。今更の如く、農水省にも新傾向官僚が登場しつつあると思わされる。かくて「大衆消費社会」を見据えた99年の新基本法制定。そこからすでに4年。BSE問題、米需給対策の転換、食品安全委員会スタート、農協経済事業改革など、これら大激変は今後、政策的正当性に回答を用意することになろう。その分、時代の証にもなろう。
第2の特徴。第3章「大衆消費者からの農業振興策」、第4章「都市への従属から農村の自立へ」、第5章「近代の地域政策から大衆消費社会の地域政策へ」、第6章「農業の多面的機能と政策の公共性」。これらの章では、最近の社会学の成果と農業経済学が多くドッキングする。ハーバーマスの「公共性の構造転換」とか、見田宗介の「現代社会の理論」など。多数市民と公共空間の捉え方、消費を巡る記号的消費など、それ等学説は難解を避けがたい。だが著者はこの難解を採り入れ、従来の農政学とか農業経営論を「イデオロギー化した空論」とした。まさに大胆な新「農政学」である。
第3の特徴は以上の結論でもあるが、著者は一気に「農の世界の解放」であり、農業する個人の自立に射程を絞る。するとどうなるか。なんといっても従来の「農民的複合経営論」の対極に行く。その否定である。「旧農業基本法」がさっぱり克服できなかった「自立した個」の政策的提起である。「リーディングファーマー」概念の登場である。それは「農業生産の中心」であり同時に「地域の中心」でもある農業者と説明される。「物的資産」から「知的資産」にもわたる経営体の牽引者である。
以下は若干の疑問。「リーディングファーマー」は段々、非農業者にまで広がるという。だが、代表的事例が見えにくい。大潟村の米生産調整非協力者などの引例があるがそうか。これに関連して、私らの『これからの農協産直』(家の光協会、2000年刊)も引用された。農家販売と農協共販との共存可能性として。だが問題が多すぎて、大潟村個人産直を含めて、突っ込み切れなかった。更に言えば、農政大局観に主題はなくて、精々、農産物流通論とか、そのまた一部である直販・産直論であったからでもある。もっとも著者は、経営事例研究を余り信用しないようでもある。もう一つ。代表的論者である梶井功説を「現状告発政策提案型」だと、否定的だ。真摯な政策論争に発展するように望みたい。
(2003.10.28)
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