かつてわが国の有機農業のメッカといわれた山形県高畠町を舞台とした衝撃的な本が出た。題して『イチ子の遺言』。
「農業労働も、そして、すべての家事労働も一手に引き受けてきたイチ子さんのあまりにも早すぎた死。3つの視点で『女と農』を切り拓く」とはこの本の帯。本書は、70年代初めから高畠町で有機農業による米づくりをはじめた片平潤一、イチ子夫妻(奈々穂孖農場)の物語である。それを、消費者として片平夫妻と関わってきた三人の女性が書いた。
イチ子さんは一昨年の三月に癌で亡くなった。わずか52歳の若さだった。彼女の葬儀のあとに、つながりの深かった三人が仲間を失った悲しみ、無念さをそのまま終わらせたくない、イチ子さんの言いたいことを世に残したい、という思いからまとめたものが本書である。本書は、第一話「イチ子さんが逝く」(海老沢)、第二話「安全な食べ物を求めて」(橋本)、第三話「農業は農業者だけのものか」(山崎)の三部構成。
その視点は、「有機農業を自分の生きる道として選んだイチ子さんは、その点では主体的、自立的だったが、それ以外の生活面では多くの荷物を背負い込んでおり、そうせざるをえなかった背景には、見過ごすことのできない困難な状況があった。それは多くの日本女性に、とりわけ農業女性にまだまだ多く見受けられ、日本のあちこちに『イチ子さん』が存在している」ということにある。
本書は、イチ子さんへの思いを三者三様に書いているが、それだけでなく、日本の有機農業のあゆみ、「提携」という言葉に盛る実際の中身、農業経営、男性と女性の労働の問題点、環境保全など、片平イチ子という一人の農村女性のあゆみを通して問題を提起し、同時に農村女性の現状を多くの男性に知って欲しい、という願いも込められている。タイトルに「遺言」がつけられたゆえんである。
個人的には、私は三人の筆者と同様に20年来片平家に世話になってきた。イチ子さんの死を早めた一人である、と痛恨の思いでおり、涙なくして読むことができない。さらに、農村に住む男性の一人として身につまされること大、である。