農業協同組合新聞 JACOM
   


《書評》 (財)協同組合経営研究所・元研究員 今野 聰
相川良彦 著
『賢治の見た夢』

価格:1800円+税
発行所:日本経済評論社
tel:03-3230-1661
発行日:2007年8月25日

相川良彦 著 『賢治の見た夢』

 この本に登場する一人は山形県の「地下水」グループ同人・斉藤たきち氏。彼とは、去る8月24〜26日、新潟県五泉市で開かれた山脈の会全国集会で会った。2年に1回、25回目になる記録サ−クルの集会である。参加者約40名。彼は集会の常連参加者である。そこで本書発刊の予定を聴いた。取材し深く掘っているらしい。彼は好感していた。著者は農水省農業総合研究所出身だとも言う。そうか、総合政策研究所に替わっても、東北のサークル運動を研究する人がいるとは、人材に恵まれているなあ。そういう感想を持った。
 さて本書。宮澤賢治の夢が「農民藝術概論綱要」である。彼の1933年没後、山形県の二人―青年演劇運動者・松田甚次郎と詩人真壁仁に伝播して花開いた跡を辿る。
 本書は7章構成で、賢治、高村光太郎、真壁仁という著名な詩人の文体と詩形から入る(第1章など)。続いて、東根市旧長瀞村の戦後青年演劇運動(第2章)。その中の吉田達雄の農村演劇脚本(第3章)。「地下水」同人である五十嵐フミの小説方法と文体(第4章)。「地下水」同人の木村迪夫、星寛治、斉藤たきちの詩形と芸術性(第6章)。最後は農民画家・小松均と弟子である「地下水」同人の農民画家・名垣義助、そこにミレーの画風と日欧比較論である(第7章)。本文全体に付するコラム4篇、図表は6つ。図表はどれも、文体論として統計処理したものの証明のようなものだ。写真もややボケ気味だが、効果的に配置され、理解を助ける。
 戦前から現在まで、主として演劇、詩作、小説、絵画まで触れた壮大な作品である。著者の壮大なタイトルの含意を、即座には読めず、段々と理解した。絵画を除く作者・詩人の文体論に関する統計図表がオリジナルで興味深いが、ここを深入りすると、とめどもなさそうであるから、止めよう。
 さて、本書の総括である「エピローグ」に触れよう。そこに特徴的な結論がある。賢治の言う<生活に根ざした芸術>の具体的成果があったという指摘である。それを著者は(1)農村・農業を日本の社会経済、地球環境に位置づけ、「広い時空間の視座を獲得している」、(2)「陰に陽に生活者としての体験や人間関係」を創作の動機にしている、(3)「農民としての自己のアイデンティティを求めている」。以上3つを挙げる。本文各章で辛口のコメントをした上である。本来芸術至上主義の作品と農業生活の関係は背反的で、難しい。底に農業労働の日々があるからである。だからこそ著者の評価を支持したい。
 少し追加する。まず賢治評価に関係する「プチブル」という古ぼけた用語法が気になった。次に主題から外れるが、斉藤たきち著『北の百姓記』(東北出版企画)の先ア千尋作品評についてである(本紙05年6月30日付け・記事参照)。先ア氏は「農協への絶望からの出発でもあった」ことを見過ごさない。事実、私との交流で、斉藤氏から農協批判が絶えたことは無い。そこに彼のサークル活動と作品創造の原点がある。だから、農民芸術に昇華しない彼の信条を見失ってはなるまい。

(2007.9.7)

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