モンドラゴンって何?と初耳の方へ。
英国のBBC放送が「モンドラゴン」というタイトルのルポを作成・放映した(1980年、正味50分)。そのビデオが、レーガン大統領時代のホワイトハウスで上映された。というように、英米では広い範囲の人々が関心を寄せ、その状況はずっとつづいているようです。なぜ?と気になる方は、この訳本を手にとってみてください。JAの図書室に入っているはずです。
すでにモンドラゴンをご存じの方へ。
著者は、調査を親切に手助けしてくれた現地の人のなかには、この本の議論に同意しない人もいる、と書いています。同様に、この訳本を読んで内容に「?」を感じる方もおありでしょう。しかし、見方・考え方の違いにかかわりなく、モンドラゴンに関心を持つとき、ぜひ読むべき本、と思って私は訳本の出版に取り組みました。
従業員「労働者」が、組合員として出資して「所有者」になり、マネージャーとか現場労働者とかの違いにかかわりなく1人1票制の平等な立場で運営に参画する「経営者」でもある、というタイプの協同組合。英語でワーカー(ズ)・コープ、日本語で今普通「労働者協同組合」と呼ばれているもの。その成功した代表的な現存のモデルとして注目されているモンドラゴン(スペイン北部・バスク地方の町の名)の協同組合群。
そこでは、労使の対立・紛争(階級関係・搾取)がなく、職場の人間関係は平等・民主主義であり、誰もが主人公として仕事に励んでいる。したがって経済効率は高い。また地域経済・社会に大きな貢献をしている。
これまで出版された莫大な数にのぼる研究・紹介の文献は、どれも皆そう言い、褒めそやしてきた。
著者は学生時代にそれらを読み、感銘を受け、より深い教訓を得ようと現地調査に出かけた。そして、思い描いていた姿と実態が違うことを知った。これまでの文献は、理想化した物語つまり「神話」を創作してきたのではないか。
その観点から、平等・民主主義の権利を裏打ちする権限の保障が欠けており、現場の労働者は階級関係の存在を実感している、と指摘する。そしてそれを軸に、実像を描き出し、「神話」に対する初めての批判書として、著者はこの本を作った。
批判は鋭く厳しい。しかし著者はモンドラゴンの協同組合群を、階級のない平等・民主主義の職場を追求するうえで、何の参考にもならないものとして否定し去ろうとしているわけではない。トップ・マネージャーと最下級現場労働者の給料格差が、地域の私企業のそれに比べて著しく小さいこと、地域の失業率が高いなかで、協同組合は失業者を出さないだけでなく雇用の拡大さえしてきたことなど、良い点をあげる。しかし問題がある、というのである。
国際競争が激化するなかで、マネージャー側は協同組合主義を離れ、効率にすべてを従属させる資本主義イデオロギーに傾斜している。それに対して、現場労働者が協同組合主義の平等・民主主義の擁護を唱え始めたことに注目し、著者はそこに、モンドラゴンが「神話」と異なる、新たな感銘を人々へ与えるモデルとなっていく可能性をみる。
内容の紹介は以上にとどめ、著者の仕事ぶりから得た感想を記す。
「神話」の創作は、調査者がマネージャーからだけ話を聞き、検証せずそれをまとめるなかで行われた。自分は現場労働者ほか広い範囲の人から話を聞き、また「労働者の見方」を貫いた、と著者は言う。
社会階級・平等・民主主義などがキーワードとして随所に出てくる。社会主義という言葉が肯定的な内容で用いられている。労働組合・労働者政党の役割の重要性、その擁護の必要が繰り返し説かれている。日本では最近ほとんど影をひそめた「左翼的」議論である。こういう議論をする人が、著者だけでなく層としているらしい。友人から話を聞いてはいたが、この本でそれを実感して、米国の研究あるいは言論の世界の懐の深さを思わされた。
専攻の関係で私が触れる米国のエコノミストはほとんどすべて、市場原理主義、効率一辺倒の新古典派である。そうでない人の議論もこの本ほど「左翼的」ではない。
そこでこんな感想が浮かんできた。やがてWTOの新ラウンドが始まり、その交渉で日本の農業はまた脅かされる。国際的に味方を作る努力が必要だが、この本の著者たちの層も、今まで視野に入っていなかった、味方の有力候補だ。去年の暮れにシアトルでNGOが「自由貿易主義のWTOノー」の叫びをあげた。この本の著者たちは、その背後の勢力に違いない。
著者の主な現地調査は、1989年2月から90年8月にかけて行われた。この18か月間、バスク人の家庭に1人でホームステイし、協同組合と私企業の両方の若い現場労働者の友人をたくさん作り、一緒にバー巡りやデモへの参加などをしている。
また、専攻する民族誌学の方法「インタビュー」「関係者観察」をさまざまに駆使している。スペイン語はむろんのこと、バスク語も使いこなして。
著者は当時たぶん30歳そこそこの年齢だった。そういう若い研究者の活力の物凄さを、この本は示している。
日本の研究者はどうだろうか。残念ながら私の周辺の若い研究者の活力は、著しく見劣りする。著者はこの本に関する研究費を8つの機関から得ている。そういう援助態勢も日本は著しく弱い。
国際化時代と言っても実態はそのようにお粗末である。なんとか早くその状況を超えたいものである。そのためにまず必要とされているのは、お粗末さを自覚することであろう。その一助としてこの訳本が役立てば幸いである。
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