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コラム
消費者の目

ここらで一度立ち止まって


 9月7日、8日の2日間で、思いがけず千葉県房総半島の岩井海岸へ行って来ました。内房線の岩井駅は東京から特急で約2時間、ハマコー先生の出身地である富津市より南に位置する海辺の町です。夏の間は海水浴客で賑わっていたであろう民宿街もすっかり秋めいて、長さが数キロメートルはありそうな遠浅の砂浜には等間隔に釣り人が陣取っています。時折、リールを巻き上げると投げ釣りの仕掛けの先に10センチばかりのキスとおぼしい金色のスリムな魚が掛かっているのが見えました。砂浜の途中には昔ながらのポンプ式の井戸があります。海水浴客が砂を洗い流すのに使ったもののようです。試しにポンプを押してみると、雨上がりで濁った川と同じ色の水が出てきました。

 道路から1メートルほど低い、半反ほどのその田んぼは住宅に囲まれてありました。そこは海岸からいくらも離れていない場所でした。気候が温暖なためか稲刈りは終わっていて、刈り取った稲は稲架にかけて乾してあります。最近はコンバインを使うため、稲架を見ることが少なくなっていますが、ここでは機械が入らないのでしょう、刈り取った稲が架けてありました。この小さな田んぼは、いつまで田んぼでいられるのでしょうか。機械化や効率化の名のもとに日本の農業も変わってしまいました。稲刈、稲架、籾すり、などは言葉としてはまだ残ってはいても、俳句の歳時記にあるような、ふくよかな背景はすっかり失われてしまったのではないでしょうか。雨に濡れた稲穂を見つめながらそんなことを考えました。
 岩井をはじめ房総半島を南に下った辺りは、東京から2時間という場所にありながら、時間の流れがとてもゆっくりしています。東京湾アクアラインができたものの、「使うのは潮干狩りとゴルフのときだけ」と揶揄されるほど、当初の目論見通りには利用者が伸びず、JR内房線とていまだに単線で、時折駅に停まって待ち合わせをします。私は待ち合わせ時間にホームに降り、背伸びをして深呼吸しました。ホームに降りると車内では聞こえなかった蝉時雨に気がつきました。ゆく夏を惜しむような蝉の声でした。何でもかんでも「効率」や「スピード」を追求して日本人は果たして幸せを手にいれたのでしょうか?頻発する企業の不祥事や産地の偽装事件は日本人の心が病んでいるからかもしれません。
 岩井海岸からは視界が良ければ東京湾越しに富士山が見えるそうです。残念ながら私がいる間には富士山は見えませんでしたが、東京湾に入港する貨物船が水平線を左から右へ動いているのが見えました。ここは東京から近いようで遠い、まるで蜃気楼を見ているような不思議な感覚にとらわれました。このあたりには、一歩引いたところから冷静に今を見つめ返すことを許すゆったりとした時間の流れがあるような気がしました。走りつづけていると周りが見えなくなるものです。ここらで一度立ち止まってみてはいかがでしょうか。 (花ちゃん)


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