英国の農家を訪問した時の話です。バトラーさんはイングランド中央部で小麦を中心にサンフラワー、大麦、シュガービートなどを組み込んで栽培しています。バトラーさんの農場はお父さんから引き継いだもので、引き継いだときには約200haでしたが、現在はさらに規模を拡大して約480ha程の農地を所有しています。1枚5―10haの圃場を77枚管理していて、家族の他に専任の作業員が1人、収穫時にはさらに人を増やして対応しているとのことでした。
バトラーさんの仕事は栽培計画を立て、圃場を見て回り、必要に応じて防除の指示をすることだそうです。1枚5―10haある畑を隅から隅まで歩き回りますが、77枚全部回り終えるのに10日掛かるのだそうです。
バトラーさんのお宅に飾ってある1枚の航空写真には、50年前の圃場が写っていました。第二次世界対戦中にドイツの偵察機が撮影した英国の航空写真だそうですが、米国のペンタゴンに保管されていたのを友人が送ってくれたのだそうです。鮮明に撮影された航空写真を見ながら、「当時馬をつないでいた圃場はここで、この地面が見えているところは、馬が草を食べたところだよ」と、うれしそうに教えてくれました。
バトラーさんは環境への影響を最小限に抑える取り組みに積極的で、国からLEAFファーマーに認定されています。圃場と圃場の間には生垣を植えています。ここは野生動物の大切な隠れ家になるのだそうです。またその外側には3メートル程の小道が設けてあり、近隣の住民の散歩道になっているのです。圃場の間を流れる小川から6メートルは人の手を入れてはいけないそうで、ここもまた野生動物の住みかとなっています。国はこれらの管理費をバトラーさんに支払っているそうですが、その代わりバトラーさんはそれらの管理について責任を負っているのです。もちろん国の査察もあるそうです。生垣だけでも全部合わせると20キロメートル以上の長さになるので、これらの管理は非常に大変です。環境保全に熱心な農家でなければなかなか手が回らないようです。
バトラーさんは国の教育補助事業にも参加しており、子供達の教育にも熱心です。納屋には子供達に説明するためのパネルが用意してあり、圃場ツアーに連れ出すためのバスも持っています。夏には農場が子供達でいっぱいになるのだそうです。バトラーさん自身学校へ出かけていって農業や環境保全への取り組みについて教鞭をとることもあるとのことでした。これらの活動の費用は国が支払っているそうです。
「環境を守りましょう」「子供達に農業をもっと知ってもらおう」というお題目だけでなく、「これだけのことをしてください。その費用は国が支払いましょう」という政府のスタンスと、バトラーさんのように前向きに取り組もうとする農家の活動が上手くかみ合って、英国の環境や農業を守っているのだなという気がしました。
日本の場合、農家数は約300万世帯、経営規模は極めて小規模ですからバトラーさんの例はあまり参考にならない話のようにも思えますが、農協単位で考えればやれることはたくさんあるような気がします。農業という産業は安全な食品を生産する使命を負っていますが、同時に環境を守る使命や地域の教育に貢献する使命も負っていると思います。企業でいうところのミッションステートメントを掲げて、農協が環境保全、農業教育のリーダーシップを積極的に取ってゆくべき時代が確実に近づいているのではないでしょうか。 (花ちゃん)