わが国の農業の大命題は、昨今、自給率の向上であるとされているが、この点についてあえて若干の疑義を述べさせて頂きたい。
この議論は食料安保論の延長線上にあると思いますが、いったい、いかなる事態を想定しての食料安保論であり、自給率の向上なのか説明不足で不可解です。まさか、気候変動による氷河期の再来を想定しての自衛策ではないでしょうし、それとも太平洋戦争のような戦時下における食料輸入の断絶を想定してのことでもないと思います。また、日本経済が今後ますます病弊して食料を輸入する外貨もないといったケースを考えているわけでもないでしょう。このようなケースでは、いずれもわが国一国の食料安保は成立しえないことは明らかです。
わが国の食料事情は、ご承知のとおり、いまや、カロリーの過剰摂取が問題であり、食料のザンサイ処理が環境問題にまで発展するという供給過剰が続いています。現在進行中の高齢化やこれから始まる歴史上未曾有の人口減少は、景気動向とは関係なく、市場(需要)の縮小に帰結することは、統計学者の助けを借りなくても分かります。
食料の確保は古今東西いずれの国にとっても重要なことは異論の無いところですが、わが国の現状からは、食料安保即自給率の向上が農業の最優先課題とは考えにくい。あえていうならば、わが国にとっての食料安保とは現在世界各国から輸入している年間5000万トンを超えるパイプラインが順調に機能することであり、そのためには、先ずWTO等の国際貿易のためのインフラ整備に率先して尽力するべき立場にあると思います。早い話、飼料原料が輸入できなくなればわが国の畜産業は壊滅します。これを国内産で代替することはほとんど不可能といっても過言とは思いません。自給率の向上を大目標にしてわが国の農業が動き出しているのを見ると、ドンキホーテが巨大な風車を敵として突進した姿とダブってみえてしまうのです。
わが国の農業の課題は、輸入を敵視するのではなく、分業と協業をする道を見つけることではないでしょうか。数量の確保よりも、むしろ、質の確保に全力をあげることが市場の強い要請だと思います。安心・安全な食料の供給は当然のことであるはずです。消費者の健康志向は今後ますます強まりこそすれ弱まることはないでしょう。さらに、おいしさや便利さが求められることも当然だと思います。
農業以外のほかの産業も現在音を立てて変革の時を迎えています。時代のニーズに応えられない産業や企業は市場からの退場になるからです。
農業は、世界的には、量の確保が依然重要ですが、わが国に関する限りは、質の追求に変質するべき時ではないでしょうか。そのためには、労力だけではなく、技術も、資本も必要なはずです。しかし、もっと大事なことは生産者の意欲であり情熱だと思います。農業が、自由で創造性のある若い世代をひきつけることができる産業になってはじめて活性化し、生産性を高め、自立した産業になり、その結果としては、自給率も高まるのだと思います。
現状では、自給率の向上を唱える一方で、コメの生産者からは、新食料法の下での“つくる自由”さえも奪ってしまう生産調整は、目標を達成できないだけでなく、自立した生産地域や生産者の意欲を奪い、結果としてわが国の農業をさらに弱体化させるのではないかと心配するのは私ひとりでしょうか。 (ジョージ)