農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 鼎談 水田農業ビジョンの「魂」とは?―実践強化活動を検証して―

鼎談 水田農業ビジョンの「魂」とは?
―実践強化活動を検証して―
熊谷健一 JAいわて中央常務
松岡公明 JA全中水田・営農ビジョン対策室長
小田切徳美 東京大学助教授

 座談会は、水田農業ビジョンづくりの実践強化活動を検証し、それにもとづく課題を浮き彫りにした。熊谷常務は現場の実態をリアルに語り、松岡室長は全国的な状況を概括し、今後の方向性を提示した。小田切助教授は論点をまとめ「ビジョンづくりは当事者意識づくりから」などの3点を強調した。担い手づくりについては苦渋の議論もみられ、課題の重さを示した。

◆話合い70回の集落も

 小田切 米政策改革を受けた地域水田農業ビジョンづくりが今年度からスタートしました。きょうは、その活動を検証し、それに基づく今後の課題を提起していただければと思います。そこで、まずビジョンづくりの到達点の概況について、全国的な状況を教えて下さい。

 松岡 JAグループは、現場からの改革ということで全国運動の方針を定めてやってきました。しかし産地づくり交付金をもらうためのビジョンづくりという側面が強く出て、当初予定していたように、ビジョンを地域からの設計図、自らの羅針盤にしていこうというふうにはなかなかなっていません。
 集落段階からビジョンをつくっていこうという趣旨で取り組んだJAは17%にとどまり、集落座談会の意見を聞かないでつくったところが25%もあるという調査結果になって、合意形成に基づくビジョンになり得ていないことが反省点としてあるのかなと思っています。
 しかし宮崎県のJA小林のように、畑作と水田営農を合わせて担い手作りについて昨年70回の議論を重ねた集落もあります。だから今までは、どちらかというと制度依存型できたが、今回はビジョンづくりを真正面から受け止めた動きが出てきたという意味では、進歩があるという評価もしています。

 小田切 全中は昨年、ビジョン実践強化の全国大会を開きましたが、どんな状況でしたか。

 松岡 国の改革スケジュールに対応した問題意識や、全国運動として、17年度を将来環境に対応した体制整備の正念場と位置づけていることもあって、参加者の反応はよかったと思います。
 とくに熊谷さんのJAいわて中央を先発事例として紹介したビデオの上映には、感心よりはむしろ感動したという声が挙がって大会は成功しました。今後は全国で県大会や地域大会を開催されるよう願っています。

 小田切 では熊谷さんにその活動の概況報告をお願いします。

 熊谷 国の米政策改革が出る前に、うちの場合、米価低落の中で米だけに頼っていてどうするのか、35%もの転作で所得の挙がらない農地の管理費をどうするのか、それから担い手がいないということで、13年から2年間に集落営農をつくろうと、アンケートをとり、14年に支所ごとにモデルをつくりました。
 うちの営農の基本は、農家の悩み、困りごとを率先して取り上げようということです。そして、作る、売る、こだわる、ことを一つの柱にしていますが、とくに安全安心にこだわる銘柄を作らなければならないという流れの中で、集落を挙げて進んでいこうとスタートしました。

◆8つのステップとは

熊谷健一 JAいわて中央常務
熊谷健一 JAいわて中央常務

 小田切 そうした話し合いを少なくとも3回以上、最高で18回も重ねたのですか。

 熊谷 そうです。うちには都市型集落もありますが、とくに農村型集落では20回近くやっております。

 小田切 全中ではビジョンづくりに当たって8つのステップということを強調し、実践するようにといっていますが、ここで説明していただけませんか。

 松岡 米という字に因み、末広がりという願いもこめたしゃれをちょいと入れて8つのステップということにしました。
 1番目はビジョンづくりの進め方です。基本的な手順とともに、地域の実情に合わせた手順も大切です。話合いに当たっては、その集落の若手世代や女性代表を入れた進行のリーダー役を複数選ぶことを提唱しています。話合いの方向性は農協や行政と相談します。
 2番目は集落全体への呼びかけです。従来の集落座談会は上でつくった仕組みを農協や役場の職員が一方的に説明して終わりです。だから、あとになって、転作助成金が減ったが、農水省はおかしい、だいたい農協の生産資材が高いのが問題だなどといった農政批判や農協批判がわき出します。
 これでは、本来の米改革やビジョンづくりの議論になりません。だから集落座談会の名称を「集落の明日を語る会」に変えるように提起しました。
 3番目は健康診断です。私たちは健康診断の結果から食生活や生活習慣を改善しますが、地域には地域の水田の構造問題があります。自分たちの集落の10年後はどうなるのだろうと、農業センサスやアンケート、コスト計算のデータなどに基づいて健康診断をし、問題点を自覚してもらおうと、マニュアルもつくっています。
 4番目は、アンケートに基づいて、世代別・男女別に明日を語る会を開き、その議論を踏まえて、集落のヒト・モノ・カネをどうやって面的まとまりで使っていくのか、女性や高齢者の活躍の場づくりをどうするかなどの提案書をまとめるステップです。
 5番目は「地域水田営農実践組合」の立ち上げです。
 6番目は合意形成です。
 7番目のステップが大事だと思うのですが、ビジョンを地域全体に公表することです。自分たちで決めたビジョンを世間にオープンにして、マニフェストとして、その実践を公約するわけです。
 8番目はビジョンを実践してみて反省して、次の計画に活かしていくことです。

◆組織力を基盤にして

小田切徳美 東京大学助教授
小田切徳美 東京大学助教授
 小田切 8つのステップはアクションプランづくりともいえます。ポイントは7番目のステップの「課題の共有化」ともからみますが、自分たちの問題だという当事者意識を持つことだろうと思います。そうした実践を特に期待したいと思います。
 それでは熊谷さん、農協管内の205の集落の農家組合員に当事者意識を持ってもらうというのは大変なことだったろうと思いますが、どんな工夫をされたのですか。

 熊谷 一人の力は一人分しかないから、組織の力を使った農協運動をやろうということで推進しました。組織とは農家組合で、それを動かすためのパイプ役を農協職員とし、205組合に張り付け、幹部職員には自分の出身地を分担させました。
 農家組合には営農部と生活部の二つがあります。営農は転作を基本にやり、生活は健康管理ということですが、二人の部長には、農家組合長を手助けする役割もあります。ずっと前から、この体制でまとめていました。
 しかし職員は集落支援を担当すると、時間外の仕事が多くなるため、いやだといい出す者も出ました。その時には誰から給料もらっているのか、と話し合いました。そして職員と各農家組合長と各組合の営農部長などが集まる勉強会も開きました。
 内容は、なぜビジョンが必要か、米はこうだ、あるいは後継者はどうか、転作田はどうかなどです。そうして職員たちは情報のパイプ係として各集落に入って活動しました。
 その中では、いろんな問題が出てきますが、そうしたケースを補完するチームもあります。それは役場と普及センター、県農政事務所で編成し、複数集落を担当しました。
 こうして集落全体をまとめていきました。だから、組織をうまく活用した推進方法といえます。しかし反省の中身もいろいろあります。
 いずれにしても、ビジョンづくりの話合いは、トクをするか、そうでないかということが焦点になります。だから、ほんとは国のほうから、こういう制度になれば農家の懐はこうなる、というシュミレーションを示してほしかったと思います。

◆数字で説得力強める

松岡公明 JA全中水田・営農ビジョン対策室長 
松岡公明 
JA全中水田・営農ビジョン対策室長

 熊谷 経営安定対策が見えないから農家はピンとこない。例えば、米価が1万円になった時に5000円を保障する、集落営農の中に入っている場合はこうなるとか、農地の出し手と受け手には4分6分でいくぞとか、それらががはっきり見えていれば説得しやすいのです。国と集落営農はどんなお金を考えているか。
 ただビジョンといっても、それは夢です。裏付けが見えないと説明と説得に非常に時間がかかりますから、うちでは説得材料に「1俵1万円になった時には、これだけのマイナスになるぞ」といった数字の裏付けを持って説得しました。そこで農家は「個別管理よりもいいぞ、よし、おれも集落の中に入ってやっていくぞ」となります。
 農家の間には、WTO交渉が長引いていることから、1万4000円や1万5000円の米価がまだしばらく続くのではないかとのヘンな期待感もあるのです。それが1万円を割るぞ、5年後だぞといった流れを聞くと、みんなが集落座談会に出席してくるような感じです。

 小田切 おそらくJAいわて中央は従来から集落の農家組合レベルで話合いを積み重ねてきたのでしょうが、しかしビジョンという話になると今までの話とはギャップがあると思います。それで現場の声をお聞かせいただきたいのですが、ビジョンづくりを呼びかけた時に現場の反応はどういう声が多かったのでしょうか。

 熊谷 反応で困ったのは言葉遣いです。一番気を付けたのは、まずそこです。県庁や役場は水田農業ビジョンとか米政策改革大綱などといった言葉を平気で使い続けました。そこで、うちは言葉を置きかえ、わけがわかるようにと説明しました。
 しかし、農協の幹部職員でも官僚的な人が担当した集落は、農家が納得するまでに時間がかかりました。一方、農協運動に熱心な人が話合いを誘導すると、どんどん話がまとまりました。農家の立場に立つ人と、サラリーマン化した人との差があり過ぎたという反省点が一つあります。また数字で表さないと空論に終わってしまうこともあります。

◆農家ローラー作戦へ

 熊谷 それから、うちの集落はこの冬、戸別訪問をやります。4、50人が集まって話合ったことを今度は自分の家に置きかえて、さて「おれんとこはどういう形で参画するか」という具体策で各戸のアンケートをとります。
 土地だけ出すのか、労働力だけ出すのか、農機具だけ出すのか、また、それは5年後か3年後か、などと具体的に聞いて、集落の役割分担を一つ一つはっきりさせていきます。

 小田切 集落からのボトムアップによるビジョンづくりという有名な「岩手方式」の背景にはこのような様々な工夫があったことを今のお話でよく分かりました。さらに、これからは集落ローラー作戦でなく、農家ローラー作戦というわけですね。

 熊谷 農家にはそれぞれの立場に立った相談に細かく入っていかないと、また反対が出てきます。それに奥さんとよく話合うことです。女性が納得すると、すぐ男性を説得してくれます。
 個別訪問にも数字を持っていきます。「あなたは土地だけ出しますか。はい、小作料は1万5000円ですよ」といった具合に進め、提案を持っていけばまとまりやすい。そうしたことがない集会では講演会に終わってしまうことも多いのです。

 小田切 当事者意識を持ってもらうには戸別訪問までしたほうが良いということですね。

 熊谷 そうすれば例えば、年に3回ぐらいなら農機具の運転に出るよという人も出てくる。それを担い手にしてもよい。それを一つの型にはめようとするから集落が壊れてしまう。

 小田切 お話のような知恵とエネルギーを発揮し、いろんな工夫をしている事例は全国的にも多いと思いますが、松岡さん、いかがですか。

 松岡 英和辞典を引くとビジョンの動詞形には「幻を見る」という意味もあります。いわて中央が、まぼろしを見ないように言葉の統一を図られたということは非常に大事です。
 それと、自分のところのデータで等身大の問題意識を持たせるという取り組みも素晴らしいと思います。
 全国でも、いわて中央やJAいわて花巻などを視察して、取り組みを始めたところがどんどん増えています。
 あと、集落に担い手が見つからないところは複数集落を単位に見つけるとか、カントリエレベーターを拠点に、その利用範囲で探すとか、校区や農協支所を単位にする広域タイプも出てきています。とはいっても合意形成は集落単位が基本です。
 また「売れる米づくり」に対応して、カントリーエレベーターの一つのサイロで面的にまとまってやろうじゃないかという形も出てきました。

◆担い手支援者つくる

 小田切 ビジョンづくりで、もう一つの課題は恐らくリーダー探しだと思います。

 熊谷 そうです。リーダーなんてのは、そう簡単にはいません。うちは“リーダーらしきもの”を最初に集めました。
 担い手としては認定農業者や生産組合、機械利用組合などいろいろありますが、その中から、まとめ役として力のありそうな人に集落座談会の座長つまり進行係をずっとやらせたのです。そして、その人たちを担い手としました。何もこと新しく担い手をつくろうとしたわけではありません。農家組合長を座長にしてもよいのですが、輪番制で選ばれている人の中には、力不足の人もありましてね。
 こういうこともあります。60歳70歳で4、5ヘクタールをやっている人が「おれも担い手だ」というので、私は「国がいう担い手は50年先を考えてのこと。だから、あなたは『担い手支援者』だ。ここ4、5年で若い担い手を育ててほしい」と答えます。
 担い手は一挙にはつくれませんから、こうした2段構えにしないといけません。また10ヘクタール以上をやっているような人は集落営農の邪魔になるという声も出ます。この人をはじき出してはだめです。やれる人にはがんばってやってもらう、その間に若手が育つようにすることです。
 さらに、うちは「口だけの賛成はダメ」と提案しています。私は「身を切れ」といっています。10アール100円でもよいからカネを出し合って担い手を育てようということです。若い担い手としては、年にわずか5万円でも、それをもらうと集落の将来をなんとかしなくてはという意識や責任感が出てきます。こうした二段構えについて、ようやく賛成をいただきました。

 小田切 リーダーを座長と呼ぶのは名案です。私も同じようなことを考えています。リーダーというのは一人ではなく、複数の機能を指していると思います。リーダーを機能別にみると(1)合意形成型(2)カリスマ型(3)会計型(実行予算を立てられるリーダー)(4)知恵袋型(5)機動型(何か決めたら即座に行動できるリーダー)の5つですが、冷静に考えてみれば、こうしたすべての側面を一人で体現する人を期待すること自体が間違っています。
 しかし、それを分解してみると、どこにでもいる方々が、それぞれの機能を持っています。その意味で熊谷さんがおっしゃったことは多分、合意形成型のリーダーを座長と呼んで、そして、みんなで機能を分担しましようという発想かなと思いました。
 それでは次に、つくられたビジョンに魂を入れいく、ある県では「入魂運動」とも呼んでいますが、このテーマに移りたいと思います。残念ながら今のビジョンの一部には魂が入っていないとしばしば言われていますが、しかしその議論には私は魂とは何かの議論が欠けているような気もします。

◆米袋に千円札貼る?

 松岡 水田農業には古くは食管制度があり、昭和45年からの生産調整などがあって、振り返れば、いわばお上がつくった鋳型に現場が体を合わせようとしてきたような形です。そこで、これからは自分たちのことは自分で考え、制度依存から自立型に変えていく必要があります。それから、お米が仮に1俵1万5000円で売れたといっても、30ヘクタールの水田を耕す集落の農家30戸がそれぞれトラクター、コンバイン、田植機を持っていて、集落全体でもそれぞれ30台もあるという生産構造のなかで、生産コストが1万6000円以上かかっているとすれば、米袋に千円札を貼り付けて出荷しているようなことになります。
 そこで意識改革の一番は、米価低落の中で、まずコスト意識の改革だと思います。だから自立性と経済合理性、そして先祖代々の水田をどのように次世代につないでいくかという持続性の三つについて、よく考え、いかに当事者意識を持って判断してもらうかということが、今回のビジョンで魂を入れるということになると思います。単に集落内の合意形成で魂を入れるということではないのです。

 熊谷 私は、わかりやすくいうと、ビジョンはあくまでも自分のものだから、自分の集落に合ったことを具体的に実践するための手順ではないのかと思います。あるいは手順を理解し合って実践するということです。 
 「心」ですね。心を変えないと実践できない。ビジョンを動かすには心、やる気、それを起こすためには先ほどいった集落内での役割分担、体制の反省をする。その心を魂といったらよいのではないかと思います。

◆地域づくりも語って

 松岡 企業にも経営理念があり、経営ビジョンがある。そしてビジョン達成のための経営戦略があり、戦術があります。
 だから、売れる米づくり、担い手育成、農地の利用調整をどうするか。熊谷常務の話でいえば、その手順、方法、スケジュールを明確にしていかないとダメなんですね。具体的な戦術まではっきりさせないと絵に描いたモチ、それこそビジョン倒れになってしまいます。

 小田切 当事者意識を持って今や実践の段階だということですね。ただ、ムラづくりのビジョンなら、みんなが安心して楽しく暮らせるようにと、わいわいがやがや話が前向きに進みますが、今回のビジョンは生産調整と結びついているところが難問です。多分、その難問の解決法は地域の実践が示してくれると思いますが、生産調整とはどう結びつけて話合いをしているのですか。

 熊谷 転作だけ議論すると、どうしても農家はついてこないのです。今は農業所得への依存度が低いので、9割くらいの農家は転作などどうでもよいといった意識です。だから集落づくりのテーマに生活健康問題と転作問題と組み合わせています。
 営農だけでは片足の議論になります。生活問題を入れると子どもの教育、地域資源の水路や道路、環境保全に話が及びます。また地域の健康運動や福祉活動も議題になります。そうなると「おれには関係ない」といえないわけです。田んぼの話では「30や50アールしかないから関係ない」といえるし、また生産調整だけなら「役場に任しておけ」などともいえます。
 しかし子どもの食育の問題なんかの話題では小規模の兼業農家でも30代40代の父親が話についてきます。それと営農のビジョンを組み合わせると、将来的には、その年代の男たちを手挙げ方式、登録制度の担い手に使えることになります。
 土地利用型農業なら自動車の運転感覚で農機の運転ができますからね。「年に3、4日の運転ならやるよ」といった状況に引き入れていきたいと考えています。子どもの話には父親もついてくるんですよ。そんなことから櫻屋という地域では生活や福祉なども含めた村づくりのビジョンをつくっています。しかしね。役場がやるべきことを農協がやっているというのは困るという感じもしています。

◆カネになるかどうか

 松岡 それについて思うことは、産地づくり交付金をもらうためのビジョンというのは、そうさせてきちゃったんですね。ビジョンがなければ、交付金は出しませんよということを強調してきたから、その策定がわい小化されたきらいがあります。米だけを見ていると判断を誤る。水田営農から地域農業全体へ、さらに地域社会をどう展望していくのかについてのビジョンとしなければならないでしょう。

 小田切 地域づくりビジョンと地域水田農業ビジョンの連携は理想型だと思いますが、とはいえ生産調整は痛みをともないます。繰り返しおたずねしますが、地域づくりの話合いの中に生産調整の痛みをどうするのかという話が入ってきた時に摩擦などはないのですか。

 熊谷 確かに、最終的にはおカネになるか、ならないかというところにぶつかります。50アールくらいの農家がいっぱいいて関係ないというんですよ。だから集落の営農をまとめるために、農政で小作料の部分を何とかやってもらわないと利用集積ができないのです。
 個人だけで参画するのも一つの方法ですが、相手はメリットが何もないとダメです。ところがたった1万5000円くらいの小作料が出てこない。受け手がいくらがんばってやっても、米の収支はぎりぎりで出ますが、小麦は発芽すると収支はありません。
 そこで極端ないい方をすると私は、担い手への支援もいいけれど、たとえば1ヘクタール以上の土地を提供した協力者に対する小作料を、受け手が払える状況にするためにはどうしたらよいか、その部分を国の農政が具体的に提案できないものかと思います。
 30年前に一番困ったのは、受け手が転作田まで背負ってしまうから、受け手が生まれないといったことでした。それと今回の集積も同じ事です。これを国が何とかするのなら、せいぜい小作料のことを考えてほしい。
 担い手は過労なんですよ。だから土地利用型の野菜づくりができないのかということになると、市場の規格が問題です。あんなのやめろといいたい。なぜ形をそろえないといけないのかというわけです。
 農地集積なら農地保有合理化事業を使いなさいといいますが、これは時間がかかりすぎます。

◆助成金配分の仕組み

 小田切 今回の米政策改革の中で、一つの分かりやすい評価項目として、ビジョンを作った結果、転作助成金が地主か耕作者か、どちらに回っているのかという点があります。集落段階からのボトムアップでは、地主が多い世界で話合うのですから、地主に引っ張られる傾向があるわけです。逆にそれたトップダウン方式では、そういうことはしてはいけないということができるわけですね。
 この点の調整も難問だと思いますが、現実には改革前とどう変わっていますか。

 熊谷 実は私は最初から個別に出すなといっておりますが、7万3000円時代の癖が直りません。しかし集落の中で使える形に早急に切り替えており、小麦、大豆の品質加算も小作料や、新しい作物の導入に使うとかのアレンジをしています。

 小田切 役割分担に応じた助成金配分の仕組みを求めているということですね。松岡さんはどういうご認識ですか。

 松岡 担い手に厚くするとか耕畜連携や園芸作物にシフトして、担い手作りや新たな産地作りの芽出しをするとか様々で、地域の実態に応じたメリハリのつけ方に工夫が出ています。

 小田切 次ぎに、今後の入魂のための全中としての方向性についてはいかがですか。

 松岡 この“冬の陣”で16年度の検証をし、それを17年度に活かそうということで、健康診断をきちんとして、自分たちの構造問題を知り、当事者意識を持たせることを徹底します。

◆切れない急ハンドル

 小田切 そうした地道な取り組みに対して、求められているのはスピード感だという議論については、どうお考えですか。

 熊谷 農村の特徴は急ハンドルが切れないのですよ。そこで集落型経営体の育成を急ぐ「構造改革特区」というJA独自の制度を今年つくりました。手挙げ方式で79集落が加入し、▽新たな米政策▽税務▽栽培技術など6項目の研修をしており、うちがんばり続けている集落が17年度から実践に入ります。
 あとの集落については農家組合単位でなく、大字単位とか支所単位に括りを大きくします。 それにも加わらない集落に対しては、JAが18年度に設立する農作業受託会社に参加させ、管理していく構想です。

 小田切 最後に、ビジョン作りをめぐってそこで求められている担い手の明確化が困難だということが、いろいろなところで言われていますが、今後の課題について、かいつまんでお聞かせ下さい。

 熊谷 安定所得の条件づくりと労働条件の改善が担い手づくりのポイントです。先ほどいったことにつけ加えると、麦・大豆以外の土地利用型作物の生産システムをつくれば、面白い担い手が出てきます。所得保障をする担い手と、集落の1員としての参加型の担い手、この二つを考えることです。
 それから担い手の作った品目のうち、どれをどのようにJAが売ってあげるか販売先と価格を決めてやらないとJAの意味がありません。
 経営の10分の1を施設園芸、あとを受け手としてのオペレーターでカバーしていくといった形なら、担い手は土地利用型作物をつくりやすいという現実もあります。

 松岡 いずれにしても、受け手がメシを食える所得目標をどうやって実現できるか、その時の小作料や作業受託料金をどうするか、また作物の販売計画はどうか、など担い手の経営を継続できる条件づくりをどうしていくかです。これから農地の出し手が増えてきますが、その受け手である担い手層が経営を安定的に継続できなければ、出し手と受け手の共倒れになり、耕作放棄地の増大という最悪の結果になります。

 小田切 お二人のお話では、言外に現場レベルでも政策レベルでも担い手の明確化という大きな課題がやはり残されているということがわかりました。
 その問題は、また別の機会に時間をかけて話し合ってみたいと思います。しかし、今日の議論では、いろいろなことが明らかになりました。
 一つは、ビジョン作りのプロセスで重要な点は、地域の農業者が当事者意識を持つことができるかどうかであること。二つは、地域水田農業ビジョンは地域全体のムラづくりビジョンやマスタープラン作りの一環として議論することに有効性があること。三つは、これらの二つのことを実現するためには、JAいわて中央で行われたような農協や行政の言葉遣いの統一などのような周到な準備が必要であることです。
 こうした活動が、JAいわて中央では行われているし、また全国的にも、そうした実践が進みつつあるということが確認されたと思います。ありがとうございました。

座談会を終えて

 今回の座談会では、熊谷常務からはJAいわて中央の取り組み、松岡室長からは全国的な取り組み事例やその傾向についてお話しいただいた。
 結論としてまとめた3点だけをお読みの方は、あるいは「きれいごとすぎる」と思われるかもしれない。司会をしながらも、そうした反応が気になって、繰り返し地域水田農業ビジョン作りの問題点を尋ねたが、逆に多くの問題点を周到な準備と仕組みで解決しているJAいわて中央の取り組みが次から次に出てきたことに驚き、感銘した。
 こうした実践に謙虚に学び、全国に発言しようという松岡室長の熱い思いにより、その取り組みの全体像がビデオにまとめられている。ビジョン実践強化全国大会の場で、参加者から「感心よりはむしろ感動した」といわれたビデオを是非ご覧いただきたい。

(小田切)
(2005.1.13)


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