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特集 第50回JA全国女性大会特集号 農業の新世紀づくりのために |
特別インタビュー 小さなことをコツコツと積み上げる |
農業も相撲も基本は一緒 |
高見盛 精彦関 東関 大五郎親方(元関脇 高見山) |
――関取の実家は青森県板柳町でおじいさんの時代からリンゴ園を経営されていますが、小さいときにお手伝いをされましたか。 高見盛 他の兄弟よりも身体が大きかったので、収穫したリンゴを運んだり、木箱に入ったリンゴをトラックに積んだり力仕事全般を手伝いましたね。 ――お母さんは働き者だそうですね。 高見盛 はい、そうです。朝早くから働いていましたね。 ――近所で助け合うこともあったんですか。 高見盛 手が空けば隣同士や親戚の手を借りたり貸したりして、持ちつ持たれつですね。 ――お母さんは関取が勝ったときだけVTRで見るようにして、負けた相撲は見ないようにしているそうですね。 高見盛 心配をさせ、不安な気持ちにさせているという意味では、親不孝かもしれないなと思いますね。 ――それよりも関取が出世された姿をみて嬉しいんじゃないですかね。 高見盛 相撲を取ることが、いまの自分の仕事ですから、そう思わないとやれませんよ。 ――いまは独身ですね。 高見盛 まだ、修行中の身ですし、相撲を頑張らなくてはいけませんから、いまは相撲、相撲でいきたいと思っています。 ◆土俵は真剣勝負 勝たなければ何ももらえない
高見盛 相撲にはケガはつき物で、自分以上に力がある人でもケガで諦めなければいけないこともあるので、自分も、もうダメなのかなと思いましたね。 ――それでも療養して… 高見盛 鍛え直して、なんとかここまできました。 ――強い人とか大きな力士が前に来ると怖くはないですか。 高見盛 相撲をとること自体が怖いです。でも、怖がっていたら勝てないと思います。相撲はたった一番でも、お金や地位やプライドとかいろいろなものがかかっている真剣勝負です。勝たなければ何ももらえない。相撲とはそういうものです。 ――勝てば三役そしてその上に番付が上がるわけですね。 高見盛 そういう欲を持つと自分がダメになりそうなので、何も考えず一番一番に集中してやるだけです。 ――相撲を始めたのは小学4年生と聞いていますが…。 高見盛 部活で入りました。 ――そして中学横綱になり、国体で優勝し、大学時代にはアマチュア横綱と数多くのタイトルを獲得されましたね。 高見盛 相撲をとるまでは、ただ身体がデカイだけで、何の取り柄もないと思っていましたから、嬉しかったですね。土俵の上で勝てばみんなが評価してくれますから…。それでずっと続いてきたんだと思いますね。 ――そして角界に入られたわけですね。 高見盛 あまり親にすがりつきたくなかったですね。相撲がダメなら力仕事だけでもやる気があれば食えるでしょう。 ◆我慢して努力して収穫するのは農業も相撲も同じ ――弘前実業高校では農業科でしたね。 高見盛 そうです。だから、農業関係についてはいろいろ勉強しました。例えば、木の葉だけを見てリンゴとか梨とか、何の木だか分かりますよ。 ――日本の農業では、関取のお母さんのように女性がよく働いて担っていますが、そういう農村女性の多くが関取のファンだと思いますね。 高見盛 相撲界はそんなに華やかな世界じゃないですよ。まず、毎日、朝7時頃から稽古稽古の連続ですしね。そういう意味では、農業と似ています。農業は、畑を耕したり、種を蒔いたり、育てたり、小さいことからコツコツと積み上げていきますね。相撲の稽古も四股を踏んだり、鉄砲したり、身体を鍛えて筋肉をつけたり、もうし合いをして技を磨きあったりして、収穫のときが本場所の土俵になるわけです。 ――世界は違っても、基本的なことを積み上げていかないと収穫できないのは同じですね。 高見盛 相撲取りにとって一番華やかな舞台は、関取になって勝つことですからね。そして横綱になれば、ブランドものの品種になるわけです。そのためにも基本は、稽古場での努力なんです。 ◆勝ったら思い切り嬉しいが負けたら腹の底から悔しい ――関取は稽古よりも本番が強いといわれますね。 高見盛 序口だろうが横綱との土俵だろうが、たった一番の取り組みといわれるかもしれませんが、その一番にお金とか相手との誇りやプライドがいっぱいかかっている真剣勝負だということを分かって、見て欲しいと思いますね。負ければ落ちるし、勝てば出世できるそういう世界なんです相撲は…。 ――それが勝ったときは意気揚々、負けたときは本当にがっくりしている姿によく表れているわけですね。 高見盛 自分らは遊びで相撲を取っているわけではないです。とくに本場所は。勝ったら思いっきり嬉しいし、負けたら腹の底から悔しいから、そういう感情が出てくるのかもしれません。 ――最後に全国の農村女性にメッセージをお願いします。 高見盛 農家の女性のみなさんも辛いことが多いと思いますが、相撲も一緒です。自分も頑張りますので、みなさんも頑張ってください。
◆厳しかった親方
――いまは外国人力士がおおぜいいますが、親方がハワイからこられた当時は苦労されたのでしょうね。 東関 いまは53部屋あって1部屋に平均15人くらいですが、入門した昭和39年当時は23部屋しかなく1部屋に40〜60人いましたから、厳しかったですね。 ――親方や兄弟子は厳しかったですか。 東関 師匠(高砂親方・元横綱の前田山)は厳しい人でしたね。昭和41年に扁桃腺を手術してとりました。普通は1週間くらい休むんですが、すぐに稽古しろといわれ、それで声帯がおかしくなり、かすれ声になってしまったんです。兄弟子にも厳しい人がいましたが、将来性がある者か、悪いことをした者はホウキで叩かれました。いまはそういうことはしませんね。 ――出世していくと馴染んでいくものですか。 東関 僕の場合はハングリー精神で頑張りましたね。 ――優勝もされていますね。 東関 昭和47年ですから、もう30年以上前の話ですよ。 ◆野菜の値段が上がると苦労するチャンコ ――引退後、部屋を起こされ横綱の曙関も育てられたわけですね。部屋を持たれて何年になりますか。 東関 私は60歳になりましたが、19歳8ヶ月で入門しましたからハワイが20年、現役時代が20年、そして部屋を持って20年と、ちょうど20年づつですね。 ――部屋を持つために日本へ帰化もされたわけですね。 東関 24年前に帰化しました。 ――きれいな女将さんとも結婚されましたが、部屋を運営するためには女将さんの力が必要ですか。 東関 運営は全部任せていますから頭は上がりませんよ。 ――相撲部屋は朝の稽古が終わるとチャンコですが、どういう食材を使われますか。 東関 うちのチャンコは野菜が多いんですが、いまは野菜が高くて大変ですよ。それから、昔から鶏をよく食べますね。鶏は人間と同じ2本足だから…。 ――お米はどれくらい食べますか。 東関 30キロの袋を2〜3日で食べますね。若い人が多いから食事は大変ですよ。 ◆相撲人気には波が 早く欲しい日本人横綱 東関 波があると思いますね。人気を回復するためには、早く日本人の横綱が欲しいですね。 ――日本の若い人はハングリーではないといわれていますね。 東関 昔は30人いれば20人がハングリーでしたが、いまは30人のうち10人くらいはいるんじゃないですか。出世するには運もありますしね。 ――相撲が強くなるにはハングリー精神が必要ですか。 東関 いままで相撲をやったことがなくても、相撲のセンスとか勘がいい人は覚えが早くて、将来、成功していますね。 ――そういう将来性のある若い人が親方のところにもいるわけですね。 東関 いまは、幕内の高見盛と十両の潮丸と2人の関取を含めて15人います。 ――そこに、(1)おはようという 親愛の心、(2)はいという 率直な心、(3)すいませんという 反省の心、(4)どうぞという 謙譲の心、(5)私がしますという 奉仕の心、という標語が書かれた額がありますね。 東関 毎朝、声を出して読ませています。そういう気持ちをもつことが大切だからです。 ――ありがとうございました。
(2005.1.18)
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