農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 第50回JA全国女性大会特集号 農業の新世紀づくりのために

提言 農村女性のエンパワーメントを
田渕直子 北星学園大学経済学部助教授

◆エンパワーメントの本当の意味
田渕 直子氏
たぶち なおこ
1960年栃木県生まれ。北海道大学大学院農学研究科博士課程単位取得退学。農学博士。(社)北海道地域農業研究所嘱託研究員を経て、1995年より北星学園女子短期大学生活教養学科教員。2002年より北星学園大学経済学部教員。主な著書に『ボランタリズムと農協−高齢者福祉事業の開く扉−』(日本経済評論社、2003年3月)。
 早いもので、世界中の耳目を集めた北京女性会議の開催から、もうすぐ10年である。当時、JAの全国女性組織協議会も視察団を送ったように、各国政府の政府間協議ばかりでなく、様々な女性団体が自腹で参加し、百花繚乱の分科会(ワークショップ形式)を繰り広げたのが、「北京」の特徴であった。
 もう一つ、「北京」が注目された由縁は、「女性のエンパワーメント(empowerment)のための北京宣言と行動綱領」が非常に効果的に発表され、「エンパワーメント(力を引き出し、実力を付けること)」という目新しい言葉を普及させたことにある。このインパクトが非常に強かったため、エンパワーメントとは女性問題を扱う際の専門用語だと誤解されかねないほどである。
 しかし、実は、エンパワーメントは、主にアメリカで精神療法や企業経営等の分野で定着した語であった。精神療法の用語としては、問題解決の方法として、自己の中に力を蓄え、積極的な自分を創り出すことという意味であり、企業経営の概念としては、権限移譲によって従業員の潜在力を引き出すことを指すものである。やがて、この概念が、途上国の開発や貧困緩和の手段として応用されたのであった。すなわち、社会的に弱者とされる人々を開発政策の意思決定や実行、評価過程に参加させていくことで社会的な力をつける方法として、有効であるとされたのである。
 これが、さらに女性の地位向上、人権確立のために不可欠な手段として確認され、前述の「北京宣言と行動綱領」のキーワードになったのであった。こうして言葉の由来を踏まえると、エンパワーメントとは単に力を引き出す・パワーアップするというだけでなく、権限を委譲され、ある意味で痛みを負いながら責任ある立場に立つことを包含した概念である。だから、エンパワーメントはバラ色の未来を指すものではなく、誤解を恐れずに言うのなら「気楽な弱者」であることを捨て、コトが起これば責任を追及される立場を、敢えて選択するということでもある。
 それでもなおかつ、いや、それだからこそ、筆者は農村女性のエンパワーメントを強く願う。なぜなら、これまで男性に多くのパワーが集中しており、それで農村に希望が満ち溢れているのならよいが、現状はそうではなく、新たな知恵の出し手・責任の担い手が求められているからである。

◆卵が先か鶏が先か−エンパワーメントと権限委譲−

 ただし、エンパワーメントと権限の委譲は、「卵と鶏」の関係にあることが悩ましい。つまり、エンパワーメントされるには権限の委譲が必要であるが、権限の委譲は、すでにエンパワーメントされた主体を暗に求めるからである。
 しかし、よく考えると、エンパワーメントという「鶏」は、権限委譲という「卵」を敢えて先行させることによって実現するという意味を、初めから含んでいる。「これは心配だなあ」「任せて大丈夫かなあ」というレベルでも思い切って権限委譲すると、卵の殻を内側から破り、ヨチヨチ歩きのヒヨコを経て、いずれは立派な成鳥になるという考え方である。そして、権限委譲を進める方策が「ポジティブ・アクション(積極的改善措置)」である。
 学生にポジティブ・アクションを説明するときに、筆者は「簡単に言えば、パワーが十分に引き出されていない人々に対しては、えこひいきしていいよということ」「例えば課長が10人とも男性だったら、次の課長は実力が多少劣っても女性から選ぶというやり方」「一見、不公平なようだけれど、実力不足が女性社員を積極的に使いこなしてこなかったゆえなら、このえこひいきで眠っていた力を引き出すことは合理的でしょ?」と、語ることにしている。

◆何のためのポジティブ・アクションか

 農村においては、家族経営協定の締結促進や女性のJA正組合員化・総代や理事の女性比率向上・女性参与選出の必要が語られて久しい。これらの取り組みは「ポジティブ・アクション」に他ならず、成果については濃淡様々であるが、よく取り組んでいることに敬意を払いたい。ただし、これらの「ポジティブ・アクション」が進められる際、何のため、誰のためのエンパワーメントなのかが、よく議論されているだろうか?
 企業においては、企業間競争に勝ち残り、国際競争で生き残るには、社内の人材を遊ばせておく余裕がなくなり、だから女性のエンパワーメントを進めるというシビアな状況である。あるいは、「わが社はこんなに女性を登用してるんですよ」と企業のイメージ戦略の一環としてエンパワーメントが組み込まれているというせちがらさである。もちろん、女性社員本人は、文字通りのエンパワーメントを切望し、それが実現しつつあることを喜んでいるはずだが、企業にとってのエンパワーメントは、それが企業経営にとってプラスになる限りにおいて進められるものである。
 同様に、農家運営にとって家族経営協定はどのような効果を生むのか、農協運営に女性総代や女性参与・理事はどう貢献するのか、その精査が必要ではなかろうか。もちろん、女性のエンパワーメントが進むにこしたことはない。でも、これが農家経営や農協運営にプラスにならないと思うなら(そんなことはないはずだが)、無理にポジティブ・アクションを進めることはない。農家経営も農協運営も非常に厳しい局面にあるのだから、行政の担当者や中央会に義理立てしてのポジティブ・アクションなら止めたほうがいいと言ったら、過激にすぎるだろうか?JAの役員や職員が本当に納得した上でのポジティブ・アクションでなければ、せっかくの女性理事や参与が「お飾り」になってしまわないかというのが、筆者の心配するところである。

◆古い道具を活かして使おう−JA女性組織の可能性−

 では、JA役職員がエンパワーメントの必要を心底から肯定したとして、JA女性組織はそれを進める主体として、有効であろうか。一般的に新しい仕組みや制度は人々の関心を呼ぶが、古くからあって水や空気のようになっているものの価値は意識に上らず、逆に問題点が指摘されがちである。広い意味での非営利組織を取り上げても、NGO・NPOが賞賛されるのに対し、協同組合や労働組合は合理化を阻む要素として批判されたり、不祥事がことさらに取り上げられて、非難されたりすることが多い。
 労働組合は、協同組合よりさらに分が悪いかもしれない。大学の講義で日本型経営の一要素として「企業別(労働)組合」の意味を毎年説明しているが、身の回りで労働組合というものを見たことも聞いたこともない学生が圧倒的であるから、ポカンとした顔で、反応らしい反応もないことが多い。しかし、昨年、プロ野球界でプロ野球選手会という労働組合が、球団経営者たちと交渉し、ストを打ち、新規参入のルールを改訂させ、2リーグ制を守るという成果を上げてから、労働組合の説明が飛躍的にやり易くなった。密かに古田選手に感謝しているのは、私だけではないはずである。
 では、なぜプロ野球選手会の言動が世間に受けたかといえば、確かに選手たちの雇用を維持させるための行動ではあるが、同時にプロ野球のあり方について問題を提起し、改善策を提案し、ファンに支持されるプロ野球をめざすという姿勢がはっきりしていたからである。そして大事なことは、労働組合であるからこそ選手会はオーナーたちとの交渉を実現し、ストという奥の手を使ってプロ野球界の改革を迫ることができた点である。20世紀に定着した労働団体という仕組みを、改めて現代によみがえらせた模範例といえよう。
 
◆心から共感できる課題を見つけよう

 協同組合は、労働組合よりも古い時代に公認された仕組みである。JA女性組織も全国組織を結成してからすでに50年以上の歴史を持つ。手元にある『輝くあゆみそして未来へ−JA全国女性協50年史』を拝見すると、メンバーたちが熱望する問題や共感する問題を取り上げ、爆発的なパワーを発揮した例がいくつもあることが目に付く。季節保育所設置、映画「荷車の歌」自主制作、「世界の協同組合の子どもにきれいな飲み水を」募金運動、最近ではホームヘルパー養成等である。もう一つは、事業体・経営体としての農協に対し、よい意味での緊張関係を持ち、共同購入の基礎組織のあり方を議論し、石鹸(合成洗剤でなく)や介護用品の積極的取り扱いを迫ったことも、注目される。
 現在、JA女性組織がメンバーの減少・役員のなり手不足等の問題に直面しているのは事実であるが、「組織の古さ=活動の沈滞」という公式は必ずしも正しくない。メンバーの直面する問題、心から共感できる課題を発見し、組織がまじめに取り組めば、また爆発的なパワーを発揮し、飛躍することが可能ではないだろうか。世間一般の基準では十分に大きい組織なのであるから、酉年にJA女性組織がエンパワーメントして、飛翔することも不可能ではないだろう。

(2005.1.19)


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