農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 改革の風を吹かそう 農と共生の世紀づくりのために

特別寄稿 韓国コメ関税化を回避 直接支払制度の拡充へ
稲作農家の所得安定化対策

閔 勝奎(ミン・スンギュ) 三星経済研究所首席研究員


(ミン・スンギュ)東京大学で農業経済学の修士、博士学位を取得し、現在は三星経済研究所・首席研究員として席を置いている。農業関連の政府組織の経営及び組織診断を行い、韓国ベンチャー農業大学を設立し、農民に経営、マーケティング、戦略に関する教育をしている。農林部の量穀(穀物)流通委員及び農政評価委員を経て、農特委(農漁業・農漁村特別対策委員会)の委員、経実連(経済正義実践市民連合)環境農業家族実践連帯の副委員長として活動している。『IMF危機と韓国農業の挑戦(共著)』、『ベンチャー農業、未来が見える』、 『民営化と韓国経済(共著)』、『ベンチャー農業の可能性』、『米市場開放の波及効果の分析』、『韓国の農業、枠を変えましょう』など、多くの著書や報告書、学会誌の論文などがある。

◆「所得安定直接支払い制度」を今年から実施

 世界貿易機関(WTO)の農業協定の規定により、去年初めから始まった韓国コメ交渉はすでに9カ国の当事国との両者交渉を結び 、交渉参加国の了解を得た合意案を中心に移行計画書(CS)を作成し去年12月31日世界貿易機関の事務局に通報した。交渉結果は関税化による開放を10年間延ばす代わりにミニマム・アクセスを現在の4%(約20万トン)から毎年約0.4%ずつ増やして2014年には基準年度(1988〜90年)の国内平均コメ消費量の7.96%( 約40万トン)まで拡大することになっている。
 またドーハ開発アジェンダ(DDA)の農業交渉についての議論も継続中である。この交渉も妥結できれば、何よりも米国・中国などの外国産コメの輸入が増えることは避けられない見通しだ。現行の米買い入れに使われる補助金も大きく減り、政府の秋穀買収制度の維持が難しい状況が予測される。
 これによって、韓国政府は去年11月11日(農業人の日)、追加的な解放によってコメ農家の所得が減った場合、政府が減った所得分を補填する、「コメ農家所得補填案」についての政府試案を発表した。この試案の骨組みはコメ交渉妥結以後にも、農民が安心してコメを作ることができるように、既存の稲作の直接支払い制度、 所得補填直接支払い制度等、コメ関連の直接支払い制度を全面改編した「所得安定直接支払い制度」の導入を通して、コメ農家の所得を安定させようという趣旨だ。

◆80kg当たり17万ウォン水準の目標価格設定

 コメ所得安定直接支払い制度の核心は、80kg当たり17万70ウォンの目標価格を設定して、当該年度のコメ価格(収穫期においての全国平均の産地コメ価格)が目標価格より低い場合、その差額の80%を直接支払い金として支払い、所得を補填するということだ。すなわち、今の秋穀買収制度のように政府がコメを買い入れることではなく、コメ価格が低くなるにつれ所得が減った分について、一定の水準を政府が補填してくれるということだ。
 また、目標価格とは政府がコメ農家の所得を補填する際に、基準となる価格だ。目標価格17万70ウォン(80kg当たり基準)は、最近3年間の平均産地コメ価格15万7969ウォンと現行の政府の米買い入れ( 秋穀買収制度 )による直接所得効果3021ウォン、そして今行われている稲作直接支払い制度の所得効果9080ウォンを足したものだ。この価格は現在の時点で農家がコメを生産して得ている収入の総額水準であると理解すればいいだろう。このような目標価格は 今年から3年単位で固定運営し、ドーハ開発アジェンダ(DDA)の農業交渉の流れなどを考慮して調整することになる。
 直接支払いで所得の補填を受ける対象農地は、98年から2000年までの3年間に、稲作に使われ稲作直接支払い金をもらっている農地であり、直接支払い金は実際に農地を耕作している実際の耕作者に支払うことになる。直接支払い金には、1ha当たり60万ウォン(80kg基準9836ウォン)をコメ価格の推移とは関係なく支払う固定型直接支払い金と、目標価格と産地のコメ価格との差の80%が固定型直接支払い金を超えれば、その超えた分を追加で支払う変動型直接支払い金の2種類がある。

表1 所得安定直接支払い制度

1.目標価格17万ウォンの算出方式
 目標価格=2001〜03年産地コメ価格の平均+2001〜03買い入れ制の直接所得効果分+2003年稲作直接支払い金の所得効果分 
2.所得安定直接支払い金=(目標価格17万ウオン−その年の産地コメ価格)*80%

3.所得安定直接支払い金の類型
 固定型直接支払い金:価格の変動に関係なく、耕作している農地1ha当たり60万ウオンを固定的に支払う

変動型直接支払い金:所得安定直接支払い金から上の固定型直接支払い金を引いたもの。

◆農家のコメ所得は現在と同じ水準に

 所得安定直接支払い制度によると例えば2003年の産地コメ価格16万2640ウォン(80kg当たり)を基準にして、今年のコメの値段が15万4508ウォンに下がった場合、コメ農家は目標価格の98.2%である16万6958ウォンの所得を保証される。目標価格の(17万70ウォン)から実際のコメ価格を引いた差額(1万5562ウォン)の80%に該当する1万2450ウォンを直接支払い金として補填してもらうからである。固定型直接支払い金9836ウォンとこれを超える2614ウォンを変動型直接支払い金として追加でもらうことになる。 
 このような方式でコメ価格が10%下がれば、目標価格の97.2%である16万5331ウォン、20%下がったとしても目標価格の95.3%である16万2078ウォンの所得を保証されることになる。

◆政府米買い入れ( 秋穀買収制度 )の国会同意制の廃止

 韓国政府は今年からコメ生産農家の所得安定対策の実施とともに、秋穀買収制度の国会同意制を廃止し、公共備蓄制を導入するなど糧政制度を大幅に改編する計画だ。
 コメ農家所得安定対策が導入されたとしても、秋穀買収制度そのものが廃止されるわけではない。ただし、米買い入れの国会同意制だけが廃止されるというのが、政府の公式立場である。しかし、国会同意制が廃止されれば、買い入れ価格と買い入れ量を政府が任意で決定することができるようになり、事実上、秋穀買収制度は有名無実になると思われる。
 実際に政府もコメ生産農家が所得安定対策によってコメ所得補填直接支払い制度が実施されれば、「秋穀買収制度は意味がなくなる」と見て、事実上、秋穀買収制度の廃止を認めている。
特に追加的な補助金の削減と開放拡大が見込まれるドーハ開発アジェンダの交渉以後の状況を考えると、米買い入れはこれ以上維持しづらいというのが政府の立場である。
 これによって政府は秋穀買収制度が今まで行なってきた▽農家所得の支持▽収穫期の物量吸収▽食料安保などの3機能のうち、農家所得の支持はコメ生産農家に対する所得安定対策を通じて、買い入れ価格による農家の直接所得効果を目標価格に反映させるということだ。また収穫期の物量吸収機能は米穀総合処理場(RPC:日本でいうライスセンターに近い)の稲買い入れ能力を拡大、補完する。食料安保機能は公共備蓄を通して達成するという方針だ。米買い入れの所得効果がすでに目標価格に反映されているにも関わらず、秋穀買収制度を通して、国会が買い入れ価格を決めれば二重支援になるということだ。

◆公共備蓄制の導入

 公共備蓄制度は世界貿易機関(WTO)でも認めている制度で、国家非常時に備えて最小備蓄量を確保するための制度だ。現在政府が計画している公共備蓄量は糧穀年度末(毎年 10月末)の基準で86万4千トンだ。このため、収穫期に43万2千トンを時価で買い入れ、端境期に43万2千トンを時価で販売する方法を検討している。
 政府は今まで公共備蓄制の導入時期と関連して▽2005年から全面実施▽現行の秋穀買収制度と並行▽ドーハ開発アジェンダ交渉以後に延期の3案を検討、最終的に今年から全面導入するという方針を打ち出している。コメ生産農家の所得安定対策が実施されれば、現在削減対象補助(AMS)金の大部分を活用している秋穀買収制度の維持は難しくなり、 秋穀買収制度と並行する場合、世界貿易機関の交渉上の問題が提議される恐れがあり、施行上にも混乱が予想される。
 しかし秋穀買収制度を廃止して公共備蓄制に全面移行することに対して、農民団体などが反発し秋穀買収制度と並行して段階的に導入しなければならないという見解を打ち出している。これに対して政府は公共備蓄制による備蓄量確保のひとつの方法として、秋穀買収制度を活用できるようにするという立場である。 ただし、これは秋穀買収制度の国会同意制の廃止を前提としており、秋穀買収制度は現行の秋穀買収制度と名前は同じだが内容は違ってくる。

◆コメ農家の所得安定化対策をめぐる食い違う評価

 韓国政府は今回発表したコメ農家の所得安定化対策について3点の特徴を説明している。まず、全体生産量の殆どを対象にすることで生産量の15%前後を買収する「秋穀買収制度」より恩恵の範囲がずっと広いという点である。次に、目標価格を3年毎に変更し3年固定で運営し続けることによりコメ生産農家の所得を最大限に保証していくということである。最後に、所得保証対策の法律化により財源について制度的にこれからも引き続き安定した裏づけになるようにするとのことである。
 しかし、このような政府発表のコメ農家の所得安定化対策に対する専門家の評価は様々である。政府側の出した対策はコメ農家の経営所得安定のため、現在としては適した選択であるという意見があれば、一方、農民団体ではその趣旨に同意するものの実際の農家の所得を保証するための対策としては足りないと言い、それに対する補強を求めていて今後論議が予想される。
 まず、目標価格について、農民団体は目標価格が不在するよりはましだが、生産費用が反映していないため満足できるほどではないとの立場である。その上、目標価格を決めておくことで一定の所得を保証されるとしても収穫期に一斉に溢れ出てくる「洪水出荷」を防ぐ方法がないため、米価の下落は一層構造化するとのことである。さらに、政府が国会の機能を無視して独断で目標価格を決めて告知する場合、これを阻止する制度的装置が何もないと懸念している。
 一方では、当初目標価格があまりにも高く、これが結局過剰生産をもたらして需給に問題が生じる恐れがあると指摘している。特に、政治側と農民団体間の目標価格の値上げに対するプレッシャーが強い場合、3年後目標価格が値上げする可能性も排除することができないと指摘している。

◆中長期の計画の欠けた様々な直接支払い制度の導入

 韓国は、WTO体制がスタートして以降、直接支払い制度の拡充についての必要性が台頭する中、1997年経営移譲直接支払い制を始めとして現在まで8年間にわたり7種の直接支払い制度が取り入れられた。その結果、2004年の直接支払い制部門予算は、前年度比34%アップし農業林部門予算比8.4%の水準であるが、米国(01)の36%、EU(01)の70%、日本(01)の13%に比べるとまだまだ足りないところである。

 韓国政府は市場開放化の進展による農家の所得減少の問題に積極的に取り組むための対策として直接支払い制の拡充を通した農民の所得並びに経営安定を図る計画である。これによると、2004年から始まった「119兆ウォンの投・融資計画」のうち、直接支払い予算を10年間で24兆ウォンレベルにする。その結果、2013年度の投・融資の直接支払い予算比は23%に伸び、農家所得のうち直接支払い金の占める割合が10%水準(02: 1.4%)に拡大される。
 但し、直接支払い制度の全体に対する中長期の計画も立てずに多彩な直接支払いの仕組みを取り入れたことは問題点として指摘される。まずは、UR以降農業の生産性向上及び構造改善により競合力を強化するより、短期間に結果が出る直接支払い制をとりあえず導入することで直接支払い制が複雑になってきた。
 特に、政府の方針通りにこれから直接支払い制度を大幅に拡充する場合、農家のモラルハザードとともに農業の構造改善を阻害し得ると心配されている。直接支払い制度を通して限界農家が生産を維持したり農地の賃借料を引き上げたりして構造改善を阻害するおそれがあるからである。また、直接支払い制度の相互間に一部の効果が衝突することも問題点としてでている。例えば、零細農や高齢農家の脱農による農業構造の改善のため経営移譲直接支払い制が導入されたが、稲作直接支払い制の実施により、零細農の脱農を抑えて構造改善を遅らせるとの指摘である。
 直接支払い制が市場を歪曲せずに農家の所得をサポートしながら国際的な農政の変化・推移を反映し、市場開放による農家の所得減少に対応するという前向きな見方がある一方、都会の人たちとの公平の問題及び農業構造の改革と相容れない点など、否定的な見方も実際にはある。特に、財政当局は特定の直接支払い制が導入されると政策を廃止並びに縮小しがたいため、新規導入には慎重な立場を取る。
 しかし、直接支払い制度の拡充に際して最も大切なことはまさに直接支払い制度についての認識の問題である。直接支払い制度は条件無しの無償支援という認識が農民の間で広がっている一方で、直接支払い制度の拡充の必要性についての全国民的な合意形成には至らないのが現状である。特に、環境保全・食糧安保・農村のきれいな景色の提供など農業の多面的機能についての妥当な補償体系としての直接支払い制に関する国民的な世論ができあがっているとは言いがたいからである。

◆農政の全体像を見据えた上で直接支払い制度の中長期目標を設定すべきである

 したがって、韓国政府は今回発表した所得安定化対策をきっかけとして、農政の全般を見据えた上で直接支払い制度の中長期目標を立てることが求められる。特に、全ての農家についての平均的な支援を止めて、個別直接支払い制の類型並びに目的に応じて支払い対象を明確に立てなければならない(Targeting)。直接支払い制度の拡充による効果を高めるには中長期目標達成のための効率的な推進システムを構築すべきである。直接支払い制度を専門に担当する機関を設けて統合管理システムを構築し、ばらばらで進められている様々な直接支払い制度をより体系的に総括・調整し、直接支払い制度の統合及び単純化が必要である。長期的に見ると、イギリスのRPA(Rural Payment Agency)、 米国のFSA(Farm Service Agency)のような直接支払い制度の実施専門機関の設立への検討が必要となる。
 特に農業の公益的機能の広報などを通じて直接支払い制度の拡充に対する国民的合意を獲得しなければならない。環境保全・地域社会や伝統文化の維持など、国民の皆が納得できるような名分と効果を積極的にアピールし、支援の妥当性を確保すべきである。

(2005.1.11)


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