◆農業はすべての産業の基本
　活力ある農村が日本を元気に

やなぎさわ・たけじ 昭和10年新潟県生まれ。新潟県立高田農業高校卒。平成８年上越農協代表理事組合長、15年新潟県農協中央会会長、信連・厚生連経営管理委員会会長、全農・全共連新潟県本部運営委員会会長、17年全農経営役員会会長就任。

　梶井　大変な時期に会長にご就任されたわけですが、今日は全農改革をリードする�裄V会長の抱負をお聞かせいただきたいと思います。まず会長の農業、農協に関しての基本的なお考えをお話いただけますか。

　�裄V　全農改革に全力をあげて取り組まなければならないことは十分に自覚をしておりますが、今、もうひとつ大事なことはJAグループが国の政策と連携して21世紀の日本農業の振興をいかに図っていくのか、そのビジョンを描くことだと考えています。
　農業はすべての産業の基盤です。農業が活力ある元気なものになれば他のすべての産業も元気になる。なぜかといえば、食料の生産と安定的な供給というのはまずもって農業の重要な責務ですが、それ以外にも環境を守るといった多面的機能という重要な役割があるからです。食料生産と合わせ、ここが国としての農業振興のベースにならなければならない。そこからきちんと立ち上げて、すばらしい地域環境のなかで暮らすということが大切だと思っています。緑と土、大地というものはいつもわれわれの日本文化の基礎になる大事なもののはずです。
　それが今は市場原理をすべてに優先させていますから、緑、大地の大切さが忘れられているのではないかという気がしますね。とくにこれまで農村地域で大きなベースになっているのは相互扶助、協同の理念ですが、これが押し流されようとしている。市場原理や効率化、これだけでは弱者救済にならないわけです。
　日本農業のあるべき姿、それをもう一回、協同の理念から考える。みんなが豊かに幸せになれる農村社会をつくり、安心、安全に暮らすということを地域できちっとつくりあげる。それを原点に立って考えていく。全農改革もそこから出発しなければならないと考えています。

◆営農経済事業が農協の柱
　役割重い全農

　梶井　最近は経済界からも日本農政のあり方論や農協改革論が盛んに提唱されていますがそれらはどれも地域でみんなが豊かに幸せに暮らせるように、という会長の観点からしても疑問が多いものばかりだと私は思っています。

　�裄V　日本農業の発展とは日本民族、国の発展をかけたものであってわれわれJAグループは利益の追求だけで取り組んでいるのではないわけです。
　そのJAの大きな柱が営農経済事業です。それによって組合員のみなさんが経営の安定を得て生産活動を高めていただくことで、協同組合としても成り立っているわけですね。営農経済事業がもともと大きな柱としてあり、それをしっかりやることによって生まれた果実が信用と共済に回る。したがって、営農経済事業をしっかりやらなければ協同組合そのものが崩壊する。それほど大きく重要な要素であり、それを支えるのが全農です。
　それを考えると全農は6回の業務改善命令を受けそれから秋田県では米の不正取引も起きた。まさに許されないことです。このことによって大きく信頼が失われているわけですから、失われた信頼の回復、二度とこういう不祥事を起こさせない仕組みづくり、それが重責だと胸に秘めています。

◆問われる具体的な実践
　信頼回復へ「100日改革」

　梶井　その仕組みづくりですが、改革実行策のなかでも「合体から統合へ」が強調されていますね。

　�裄V　36都府県が事業、組織2段に向けて統合したわけですが、一気に巨大な一法人組織になったためにひずみも大きくなり、そのひずみを直さないところに実は今回の不祥事が起きたのだと思います。ですから36都府県本部がまず一法人として機能発揮しなければならないと思います。
　とくに不祥事の再発防止のために何をすべきか、そのことがいちばん問われている。そこで私は100日改革を掲げました。これは先送りせずにひとつづつ解決するということです。私たちはよく先送りをしがちでしたが、もう戻ることは許されません。できるものは100日でテーマごとに解決し、組合員、会員JAに目に見えるかたちで出していく。
　もうひとつ重視しているのが36都府県本部の現場を私と国澤・遠藤両副会長が分担して、早急に見て回るということです。現場からいろいろな提言があるはずですから、それを実践段階で解決するということです。
　それから今後の統合も課題です。統合していないのは12道県ですが、3県は1県1JAで統合と同様に組織2段を実現したわけですから、残りは9県です。このうちホクレンについては事業規模も2兆円もありますから別でいいと思いますが、残された8県については早期に統合することが必要ではないのかと思います。
　片や2段階制、片や3段階制というのではいつまでもアンバランスのままです。不祥事をきっかけに早期に改革をしなければならないわけです。私はこれをチャンスと捉えてもう一回組織変えをしようと考えています。経営役員会、理事会、そして各県域の会長さんと協議をして早期にひとつになることを検討したい。

◆販売事業改革の課題
　産地間競争から「産地間評価」へ

 

梶井名誉教授

　梶井　具体的な事業改革ではどう取り組まれますか。

　�裄V　課題は産地間競争です。私は今やもう産地間競争の時代ではないと思いますね。今、日本農業の未来に関わるWTO交渉の決着が12月にも図られようとしている瀬戸際にあるわけです。結果によっては日本の水田農業の崩壊にもつながりかねない。そういう重要な時期にあるときに、県ごとに販売対策費を使ってこれだけの量を買ってくれたらこの価格にしますという販売戦争、産地間競争していていいのか。
　それよりも全農が卸や消費者も含めて入ってもらった米の流通システムをつくるべきだと思います。今やらなければならないのは産地間競争ではなく産地間評価だと思いますね。
　コメ価格センターの指標価格があるわけですから、各県本部の米担当者がこの産地の米はこれぐらいの価格で買ってもらおうというようにお互いの協力体制をつくるなかで流通させていく。お互い産地の評価をするということです。
　昨年、新潟も台風の被害にあって作況指数は94でした。今年は平年作になるかと期待していますが、やはり工業製品のように一定のシステムがあれば確実にできるというものではなく、どういう災害があるか分からない。そうなると一定の価格保証をしていかないと再生産につながらない。
　ですからただ産地間で競争すればいいというのではなくて、調整するところは調整して少なくとも再生産ができるように価格安定措置を入れて所得を保証していく、そういう仕組みに変えていかないといけない。全農の組織・事業が一体となり、この面で大きな役割を担わなければならないと思います。

◆協同の理念で農業振興
　家族農業を守る政策と事業を

　梶井　JAグループとして農産物の生産から販売の姿をきちんと描くということですね。

　�裄V　果樹や園芸、畜産にしても同じで36県本部がそれぞれ36通りの取り組みをしていてはだめです。ですから、重点品目別にブロックで対応していくという仕組みをつくりあげて、お互いに効率化を図りそして取扱量を増やしていく、そして国民のみなさんの信頼に応えるように生産されたものを届けるというシステムづくりをしていこうということです。
　こういう考えで事業本部制を導入していこうと考えているわけです。そうでなければ地域の生産体制も維持できないと思います。

　梶井　その地域農業の生産体制については行政はたとえば水田農業ビジョンを自ら作成することを政策的には要件にしていますが、地域で自発的に作れと言っておきながら集落営農は法人化しなければならないとか担い手の要件はこうだというように枠をはめすぎていると思います。これでは地域が自ら生産体制をつくることにはならない。

　�裄V　日本の農業は家族農業と集落営農が中心です。WTO交渉の関係で海外で農業団体と意見交換もしていますが、外国では家族農業が中心の国もありその経営が政策として強化されてもいます。日本の農業もそうであっていいと思いますね。やはり、食料・農業・農村基本計画に沿って、日本農業の振興を図ることが重要です。
　今、田園はいちばんきれいな風景を迎え黄金色の稲穂の世界が農村地帯に広がっています。このすばらしい風景を生産者やJAは実現しているじゃないですか。
　こういう現実を見てほしい。外国の大規模な農業経営をみて、日本もこうすべきというような理論ではなく、日本では、家族経営や一部法人組織が主体となって、地域農業振興とあわせて地域文化の伝承や美しい田園風景が今日に継承されているのです。

◆地域づくり担うJAを支える
　視点で事業改革を推進

　梶井　ところで農協改革の問題では規制改革・民間開放推進会議が信用、共済事業の分離を提言すると伝えられていますがどうお考えですか。

　�裄V　それは農協をつぶすということだと思いますね。ということは日本の国土も崩壊していきますよ。たとえば昨年は、中越地震で大きな被害が出ましたがJA共済から760億円の共済金が支払われました。これは復興に向けての大きな力になっています。だから農協の事業がなくなったら地域、国土が崩壊するんじゃないかと思います。
　つまり、国づくりとは地域づくりなんです。地域づくりをきちんとやることによって国ができてくる。私はそれを協同組合のあり方として前面に出すべきだと思っています。

　梶井　そのためには経済事業にも改革が求められますね。

　�裄V　組合員のみなさんにも全農の機能を理解してもらってまず系統利用率を高めてもらうということも大事ですね。
　ただ、全農としては協同会社も含めて仕入れ機能を見直さなければなりません。全農から供給したものはJAが受け入れて生産者に渡るわけですが、全農からのものはすべていいということにはならないわけです。そこには競争の原理を入れなければなりません。もう一回仕入れ機能を見直そうということです。

　梶井　そのときに価格構成やそれに基づいた手数料がこうなっているというようなことが組合員、JAに明瞭に理解されていれば利用に結びつくということだと思います。

　�裄V　肥料ではヨルダンで製造されているアラジンを供給していますが、これは大規模農家から大変支持されています。肥料成分もよく価格も安い。こういったものをどんどん追求して仕入れ機能を見直していかなければならないと考えています。農機具、農薬もそうですが、これだけの機能を全農が持ちながら末端価格が他の業者よりも高いなどということは絶対あってはならないことです。

　梶井　今後の実践が期待されます。

　�裄V　全農の年間取り扱い高は約6兆円ですが、そのうち55％は消費者のみなさん方とつながっている販売事業で、そのほかが組合員農家の再生産を助ける事業です。ですから全農はまさに消費者と生産者の間を取り持つ架け橋機能という重要な機能を持っているわけです。そこで間違いを起こしたら大変な問題です。「新生全農を創る改革実行策」をベースにして改革に全力をあげることが私の責務だと考えています。

（インタビューを終えて）

　“県本部・全国本部の人事制度を早急に統一するとともに、人事交流を各本部要員の5％を目途に恒常化を目指す”ということが「新生全農を創る改革実行策」のなかに書かれてあった。地域重視型の事業本部制や販売ルートの多元化に応じた販売戦略が、県本部の枠をこえてどう構築されるのかは確かに大問題だし、大方の関心もそこに集まっている。が、“合体”か“統合”かを端的に示すのは人事制度であり、そこにどういう手を打つのか、私は注目していたのだが、こういうかたちで断固やると会長は別れぎわにおっしゃっていた。そのためにも三役が“きちんと現場を見、現場からのさまざまな提言を聞く”ことを重視され、実行されているのであろう。取り組みには本腰が入っている、と感じた。

　“整備促進7原則が、リスク意識のない経営感覚の蔓延等の要因”などという協同事業の意味を無視した妙な批判を、事実を以て封じ込めるためにも“統合”の実をなるべく早くあげてほしい。（梶井）