1.経済事業改革推進の背景
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(さかした・あきひこ) |
(略歴)1954年北海道生まれ。1984年北海道大学大学院農学研究科博士後期課程単位取得、同年北海道大学助手、1990年同助教授を経て、2003年同教授。農学博士。近年の著書に『農協改革への提言−北海道の内なる改革をめざして』(北海道地域農業研究所、2005年)がある。 |
農協改革は、系統組織再編が先行し、しかもそれは農協の広域合併を引き金に県連中抜き2段制として進められてきた。そのため、系統組織としての事業体制改革は後回しにされ、県連合会と全国連、さらに県連合会と広域農協の綱引きが先行したといってよい。統合構想後も農協の広域合併は進展をみせるが、それが余りにも急速であったため、新たに形成された広域農協は「本所という事業所がひとつ増えた」と酷評されるように、支所体制や事業体制問題は先送りされた。この結果、広域化によっても単位農協の経営問題は解消されず、新たな県域農協構想が提起される事態に及んでいる。農協事業問題は、依然として単位農協問題にあることが再確認されなければならない。
系統の事業改革は、金融自由化の線に沿ったJAバンク構想による信用事業改革が先行し、一部の信連破綻によって延期されていた農林中金と信連との統合も近年進展を見せている。これは、ペイオフ解禁を前提とした日本全体の金融改革のシナリオにそって実施されたものである。日本版金融ビッグバン指令に対応する1996年の農政審議会農協部会報告を起点として、農協合併と農林中金・信連の統合が政策化され(農協法改正)、2000年には「農協系統の事業・経営に関する検討会」の答申、22回農協大会決議案への反映によりJAバンク構想がスタートをみる。ただし、金融組織改革は、大手都銀、地銀にとどまっており(信組破綻対応を除き)、今後信金、農協へと波及する可能性は否定できない。
ともあれ、JAバンク構想により、農協の事業改革は信用事業から、しかも上部機関による垂直統合化の方向で進展をみせている。しかも、焦点は農協の経営問題にシフトし、広域農協の経営建て直しが信用事業改革の最大の問題となったのである。その中で、信用事業の収益が経済事業の損失を補填することで、改革の成果が現れないというジレンマが問題とされた。系統組織再編では経済事業が先行しており、統合全農の体制も固まりつつあるが、県本部の存置という約束で手足を縛られている全農は必ずしも、新たな事業方式を提起するには至っていない。そこで、独立採算制(区分経理)を徹底し、経済事業の収益化を図ろうとする改革がスタートする。こうした問題に加え、一連の統合全農の不祥事問題が発生し、全農改革が一気に浮上したのである。
2.小泉改革の農協批判と農水省の全農批判
以上の農協経済改革要求の背景には、小泉構造改革の農業版である経済財政諮問会議、総合規制改革会議などの答申にもとづく農協への「市場開放」要求があることは言うまでもない。従来の財界からの農協批判は、金融業界・流通業界からの農村市場開放要求であったが、これは信用・共済事業の分社化論というかたちで圧力を増している。先に触れた、金融組織改革の農協への波及が想定されているかもしれない。これに加え、新たな農協批判の特徴は、農業の構造改革のためには農協の存在そのものが、「じゃまもの」扱いされていると言うことである。要するに、平等主義的事業方式をとる農協の存在が「政策の選択と集中化」の阻害物となっているという批判である。さらには、株式会社の農業参入に対する農協組織の「頑迷さ」がある。この意味で、現段階の農協批判は農協の存立基盤である農業構造そのものの問題として行われている点にその全般化を見て取ることができるのである。
具体的な農協攻撃は、「生協いじめ」と同様の員外利用規制問題、さらには独禁法の適用除外という既定路線から、総合農協そのものの解体をめざす「分社化」の方向にまで及んでいる。現在は、赤字部門の中心である「拠点型事業」をターゲットとして実施されつつあるが、すでに述べた信用・共済事業の分社化も射程とされている。
こうした改革論議を受けて、農水省では内部の「経済事業改革チーム」によって全農への最後通牒ともいえる「改革の具体案」のための「中間論点整理」を発表している。従来の諮問委員会方式をとらず、直接問題指摘を行うことも異例であるが、全農の組織再再編の方向を選択肢付きとは言え、ずばりと指示していることも異例である。しかも、このことは、あまり報道されず、農協組合員は埒外におかれている。小泉改革の規制緩和路線は、「公」と化した農協に対しては解体・民営化路線を強制するわけであり、「官」は規制強化を強めるという本質がみごとに現れている。
その内容を簡単にまとめると、第一が統合全農の「組織」再編の方向性の提示、第二が全農コンプライアンス委員会の設置、第三が事業体制の改革とリストラ、第四がガバナンスの在り方、である。コンプライアンスの問題、ガバナンスの在り方の問題は、6度にわたる業務改善命令の帰結であり、ここでは問題としない。第一と第三の問題について、その特徴を整理しておこう。
まず、第三の問題で注目されるのは、1950年代に確立された「整促体制」といわれる系統事業方式を批判している点である。その内容は、予約注文、委託販売・購買は「リスクを負わない」、系統全利用、手数料実費主義は「低コスト化へのインセンティブが働きにくい」、共同計算は「全員で平等に負担するため、個別の努力が反映されない」とされている(「概要」)。周知のように「整促体制」は戦後の経済連(当時は購連と販連)の経営不振に際して上部組織救済のために行政も関与して確立された系統事業方式の総称であり、30年以上前から批判を受けていた問題である。ここでは注意深く「体制」ではなく「原則」からの脱却とされているが、協同組合事業のあり方と系統事業のあり方が混同されており、この議論の行く末は協同組合の資本転化に行き着くことは間違いない。これに対置するものとして「自己責任」、「企業家感覚」、「組合員への還元」などが並んでいる。しかし、ガバナンスの問題と事業方式の問題は別である。輸入農産物の流入と過剰化・低価格化、品質差別化のもとでの流通システムの多様化と共販体制のあり方が早急に議論される必要がある。実態論抜きの精神論ではなにも解決できないからである。
また、第二の組織のあり方については、全農1本化か縮小3段階化(県連ないしブロック連)かの両論併記であり、これもシステムの問題に矮小化されている。旧経済連は西日本ほど購買事業、さらには生活購買事業に傾斜しており、県域機能が重要視される経済事業のウェイトが低かった。かなりの経済連の事業は空洞化し、系統組織に依存する体制であった。こうした構造問題を等閑視したままで、全農と経済連の統合が進行し、県本部は収支均衡を条件として独立運営を行っている。
全農はつぎにみるように全購連の復活を想起させる機能強化をはかっている。農水省の全農改革の方向が県本部のブロック統合化を意図するものであれば、県本部の縮小再編を意図する全農との利害は一致する。経済事業改革は中央会がイニシアティブをとっているが、全農は風圧に耐え旧経済連の解体を待っているのかもしれない。
3.系統経済事業改革の流れと県域機能
こうした組織・事業改革の提起に対し、この間系統組織が何も行っていなかったわけではない。むしろ、全農−県本部−広域農協という組織体制を維持しながら、「事業の選択と集中化」は着実に進展を見せている。その手法は分社化であり、行政の提起以前から徐々に進展を見せてきた。これに関しては、増田佳昭「系統経済事業の広域再編と「会社化」」(『農業と経済』2005年7月号)に詳しく論じられているので参照されたい。それによると、その特徴は全農本体から子会社への事業分離と子会社合併による県域を越えた広域会社の設立である。飼料事業、米卸売事業が先行し、次いで批判の的となっている「拠点型事業」であるAコープ事業とSS(ガソリンスタンド)での子会社による広域再編が進展を見せている。ただし、単位農協域や県域での「地域総合生活会社」化をめざす動きも指摘されている。その意味では、県本部を残しながら、経済ベースでのブロック化の方向が押し進められているのである。しかしながら、これは購買事業において進められており、全農本部(全購連)−ブロック子会社化とも言うべき方向である。この路線上には、県本部のブロック本部化が想定される。
しかし、販売事業が弱い全農の動きのなかには、おのずと販売事業改革に関するシナリオは明示されていない。増田論文が掲載された『農業と経済』「JA改革を検証する特集号」には、全農長野県本部の埋橋茂人氏による「統合全農の期待・成果と課題」という一文があるが、これは野菜王国長野の統合全農への期待と失望を率直に現したものである。統合メリットは管理面でみられるが、事業面ではほとんど少なく、「縦割り管理」が強化され、地域特性を持った経済事業よりも購買事業を中心とした歪な事業経営体制となり、収益部門の会社化に至るというのがその結論である。
経済事業改革は、JAバンク構想と同様に全農本部による垂直統合が目指され、その手法も会社化をとっているが、これは財界が主張する「市場開放要求」に対応するものである。協同組合としての系統経済事業改革の焦点は販売事業体制をいかに再構築するかにあり、その際県域機能をどう評価するかが、組織問題を含めた大きな課題となろう。