農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 生産者と消費者の架け橋を築くために

特集2 農協批判の本質を考え改革のあり方を探る

鼎談・協同組合の使命を自覚し新たな社会の設計図を描く(中)
食と農の自給圏を築く運動にJAグループの力の発揮を
出席者
内橋克人氏(経済評論家)
神野直彦氏(東京大学大学院経済学研究科教授)
梶井 功氏(東京農工大学名誉教授)

◆だれもが排除されない参加型社会が持つ力

内橋克人氏
内橋克人氏

 内橋 なぜ北欧諸国で国際競争力を持つような技術開発が進んでいるのかを考えてみると、それはインターネットやコンピュータその他の技術の恩恵は、どの地域に住もうがすべての国民が等しく享受できなければならないという国民のコンセンサスがあるからです。実際に過疎地の住民でも、高齢者でも端末を持っていますね。
 私は神戸の出身ですが、復興住宅に住みながら孤独死する人が多い。どうしてITをちゃんと活用しないのか。
 北欧では腕時計のような端末を腕につけていて、たとえば、けがをした、発作が起こったとなると、それを押せばいい。そうするとすぐにもっとも近隣の施設の充実した最適の医師のところへデータが届く。今どういう状態におかれているか、脈拍はどうか、血圧はどうか、全部分かる。そして近くにいるケアマネージャーやケアワーカーに、ここに困っている人がいると連絡する。ケアワーカーが訪ねてケガをしていればデジタル写真をとってまた病院にITで送る。こういう仕組みをもっと進化させるために新たな技術が開発されていく。
 だから、ブロードバンドの開発ではスウェーデンがいちばん早かった。特定の企業、特定の人びとのための利益を追求していくのではなくて、国民すべてが平等に恩恵に浴さなければならないという国民的な合意があるからです。こういう合意がある国では最先端技術の開発がより早く進む、より深く進む、より広く進む。このことを日本は自覚していないからいつも技術開発は後追いになる。

 梶井 内橋先生は新自由主義的な政策を導入して失敗したけれど、今新しい道を歩み始めたアルゼンチンなどに学ぶべきだと、今年『ラテンアメリカは警告する』(新評論)を若い研究者たちと出版されましたね。ラテンアメリカで今、起きていることについてお話いただけますか。


◆未来へつながる協同組合の存在

 内橋 アルゼンチンでは預金封鎖になりましたね。銀行の鉄扉をハンマーでたたいて金を返せと叫んでいる人びとの姿が映像でも流れました。昨日までマイホームを持っていた人の多くがホームレスになって、ブエノスアイレスなどの街に出て捨てられた段ボールなどを拾ってはお金に換えて生活せざるを得ない。アルゼンチンは「失われた10年」を2度、3度と経験していますね。
 しかし、ようやく新しい動きが始まり、人びとは協同組合に拠り処を求め始めたということです。私は「共生経済が始まる」ということを言ってきましたが、ポスト新自由主義は、現在の競争原理一辺倒の市場原理至上主義という単調なモデルではなく、個々の人間を丸ごとに捉えた人間主体の経済に向けて、危機のなかで社会は動き始めた。
 ですから、日本でがんばって協同組合運動をやっておられる方々も、いろいろな弊害はあるとしても、失望したり絶望したりするのではなく、未来に向けてきちんと行動すれば希望につながっていくということを知ってほしいと思います。

 梶井 農協がやろうとしていること、関係者のやっていることは、本当は未来につながることなんだと関係者は自信をもってもらわなければいけないということですね。

神野直彦氏
神野直彦氏

 神野 スウェーデンでは、フォレイニング()といっていますが、これは他助的な組織を含んだ自発的組織、協同組合やその連合組織のようなものですが、スウェーデン政府は、国民一人ひとりが少なくとも1つのフォレイニングに入って欲しいと言っています。
 それは選挙のときにだけ権利を行使していたのでは民主主義は発展しないので、環境やジェンダー、青少年の教育問題など社会を構成する人びとの共同の問題にいつも関心をもって参加していく、そのためにどれかひとつのフォレイニングに入ってほしいということです。統計をとるとスウェーデン国民は平均3つに入っている。いかに協同組合型社会なのかということだと思います。
 より人間的な生活を確保しようと工夫しているわけですが、結果としてそれが競争力を高めている。一方、日本は勝つためにはどうしたらいいかということを一生懸命考えて、それには人間的なものを犠牲にしなくてはいけないんじゃないかとなって、結果として失敗している。


◆真の競争力は協同組合の運動がつくりだす

梶井功氏
梶井功氏

 梶井 その協同組合ですが、このところ盛んにJAグループで言われているのは経営効率を高めろ、経済効率を高めろということで大規模農協へと合併を進めてきましたが、そこにあるのは経営、経営です。
 協同組合には本来的に矛盾したところがあります。事業をやっている以上、経営効率・収益性を度外視してはいけない、しかし、同時に加入脱退の自由があり1人1票の原則があるから組織としては民主的な運営にならざるを得ない。事業、経営から要求される効率性の側面と組織体から要求される民主制の側面との間には本来的な矛盾があるわけですね。
 そういう矛盾を持っている組織を統一体として運営できるのは組合員が協同の営みに高い参加意識をもっていてこそです。組合の事業にどういう意味で参加しているのかについての教育が協同組合原則として重視されてきた所以です。経営効率に走るあまりみんなで一緒にやるということはどういうことか、それを考えてもらうことが弱くなっている。今のJAに一番問題なのはそこじゃないか。
 内橋先生は全農の経営管理委員に就任されたわけですが、今のJAグループの課題をどうお考えでしょうか。

 内橋 これまでこの種の依頼は全部お断りしてきましたが、今回、お引き受けしたのはまさに危機感からです。
 今のお話で農協組織に本来的な矛盾があるというのは、ひとつは事業性、要するに採算性ですね。もうひとつは運動性ということでしょう。事業性と運動性がきちんと両立していくことが、協同組合が持続する社会を担うということに通じるのだと思います。
 今は競争が激しいものですから、とかく事業性、採算性という目先のことだけになるわけですね。しかし、協同組合の真の競争力はどこから出てくるかといえば、それは運動性だと思います。協同組合が絶えず新たな運動をまきおこす。現在でいえば農業というものをどう守りどう日本的な自給圏を形成していくかの運動を展開していくことだと思います。この自給圏とは権利としての自給権ということでもあります。
 私はこれをFEC自給圏と呼んでいます。Fは食料でEはエネルギー、そしてCはケア、人間関係ですね。このFとEとCの自給圏を権利としてどう作り上げるかという運動であり、その運動に貢献できるという協同組合に特有の力を発揮することによっておのずから事業性も成り立つ。ですから、どちらかが欠落しますと協同組合が非常に大きな混乱に直面してしまうということです。
 現在の状況をみますと、やはり新自由主義的な改革のあり方に対して対抗できる考え方を作り上げ、力をつけていく運動に取り組まなければいけない。
 そこをJA全農にしてもきちんと考えないとやはり解体的改革などと攻撃を受けることになるのだと思います。
 大事な視点としては、市場が、市場が、と市場が主語になっている今、人間が主語にならなければいけないということです。こういう観点からすれば協同組合の本当の存在理由を時代に即して深く掘り下げていかなければならないと思います。(以下、次回)

【フォレイニング】スウェーデンで共通の目的を持って自発的に組織された市民組織のこと。スウェーデン語で、英語でいえばアソシエーションのこと。生活協同組合や農協などの生産者協同組合、労働組合、さらに環境問題やジェンダー問題に取り組むために結成された市民組織一般。

(2005.10.21)



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