◆耕地面積は増えない
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ハンス・ヨアヒム・ローエ
1965年7月ドイツ生まれ。92年イギリス・ヨーク大学卒(化学専攻)、BASF本社入社、BASFジャパン(株)、BASFチャイナ(株)(中国)を経て2004年から現職。 |
北出 BASF社はグローバルに事業を展開している多国籍企業です。そういう視点から、日本の農業・農政・農協などに対するご見解を語っていただきたいと思います。まず世界の食料・農業についての問題点は何か、その点から、お聞かせ下さい。
ローエ 食べ物は人間にとって一番大切なものです。それが将来、世界の人口との関係でどうなるかは、国連などのいろいろな機関で試算していますが、様々なケースが考えられ、たやすく予測できません。
人口の多い中国やインドだけを見ても、経済発展や教育水準の向上が世界の人口と食料に大きく影響します。日本の場合は人口の減少が予測されますが、一方で近年海外からたくさんの方が来日し、日本で生活するケースが増えていることもあげられます。 BASF社はこの問題について、2025年には世界の人口が79億人に増え、1人当たりの耕地面積は1900平方メートルに減るという試算を出しています。05年は65億人で2200平方メートルですが、1960年は30億人で4300平方メートルでしたから、地球上の一人当たり耕地面積は大きく減少を続けています。
北出 そのデータによると、人口増大と耕地面積の関係で将来の食料需給はさらに窮屈になっていくというわけですね。
ローエ 重要なことは人口増大の次に、何を食べるかということです。日本人は魚が大好きですが、米国人は牛肉、ドイツ人は豚肉を多く食べます。
世界中の人が穀物を多く食べていれば耕地減少の影響は少ないのですが、肉食が増えると、家畜がたくさんの穀物を食べますから飼料用の穀物需要が増大し、耕地不足が影響します。
人口と食肉消費の増大は、より多くの穀物生産を求めることになります。しかし地球上には耕地を広げられる余地はほとんどないのです。たとえば中国でも余り広げられません。
◆地球温暖化の影響は
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北出俊昭氏
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北出 次に地球環境の変化について温暖化が農業生産に与える影響はどう見ますか。温暖化すれば作付作物も変わってくるといった変化も考えられます。
ローエ 難しい提起ですね。温暖化といっても地球上のすべてが暖かくなっているわけではありません。北のほうの温度が上がって、南のほうが、もっと寒くなる可能性もあります。
例えば、暖かくなった場合、ロシアのシベリアでは耕地がもっと広がり、中国の砂漠化が進めば耕地が少なくなります。
地球の温暖化に関しては、BASFの場合、例えば製造過程で排出されるガスを二酸化炭素として大気中に排出せずに済むような技術を開発するなどして、この問題に取り組んでいます。環境にやさしい製品をつくるだけでなく、製造工程でも環境を汚染しない技術を研究・開発しています。
京都議定書については、多くの企業や社会も、その目標を達成しなければならないという重要性を理解し始めたようです。われわれも、もっと勉強します。
北出 では次に、日本の農業と農政について、日本の食料自給率は40%ですが、ドイツは91%です。ともに先進国でありながら食料自給率では非常に大きな差があります。ご感想はいかがですか。
ローエ 日本には何千年もの農業の歴史があります。アグリカルチュアは農業の文化です。それが今も受け継がれ、将来も続くでしょう。40%をあまり心配されることはないように思います。作物によって自給率が違う点も挙げられます。コメは95%ですか。高いですね。
ただ昔はもっとコメを食べていたのに今は減っており、野菜や魚の消費も減りました。一方では例えばマンゴーなどのトロピカルフルーツが店頭に並んだりして、食生活がものすごく多様化しました。東京には6000店ものイタリアンレストランがあると聞いています。
それから日本人は食の安全性に関心が高く、品質と供給、そして、おいしさを大切にしていると感じました。
◆食料が買えなくなる
北出 日本は技術力を活かした工業製品を輸出し、そうしてかせいだカネで世界から食料を輸入しています。だから食生活が多様化しているわけですが、世界の食料需給が将来、必ずしも明るくないと見通した場合、今のような需給構造のままなら、カネがあっても食料を買えなくなるのではないかとの意見があります。どう思いますか。
ローエ その心配はあります。人口が増え、耕地が減ったら、単収を上げなければなりません。昔から農家が豊作を祈ったために日本には神社がたくさんあります。技術的には稲作に鯨油を使ったりもしました。
1950年からは食料増産のために化学肥料と農薬が次々に開発され、それが繁用されるようになりました。
北出 そこで農薬の安全性ですが、農薬は確かに生産性を上げ、労働力を軽減するために大きく貢献していますが、一面では環境汚染につながるとの意見があります。すでに環境にやさしい技術が開発されているわけですが、問題はクリアされてきているのかどうか、農薬に対する批判をどう受け止めておられますか。
ローエ この25年間に、農薬では新技術が次々に開発され、散布量が減り効率化が進んだだけでなく、安全性も確保されるようになりました。また作物別に病害虫を駆除できるようにして、世界各国・各地域で、いろいろな作物の収穫量を上げています。
品質と味にこだわる 意欲をもっと前面に
◆技術革新受け入れを
北出 さて日本の農政では、農業の担い手を育てるために経営規模を大きくする政策を強化しています。ドイツでは東西ドイツの統合以来、1農場当たりの平均規模が約40ヘクタールほどに拡大したと聞きます。生産性を上げるために大規模化するという政策をどう思いますか。
ローエ 日本の場合は味を優先させた特別な作物をそれぞれ少しずつ作っており、よその国のように畑を広げるのは難しく、地理的な条件もあると思います。点在している畑を統合するアイデアもありますが、それが可能なら、ずっと前にやっていたはずだと思います。
北出 やはりそう思いますか。ヨーロッパはドイツにしても畑ばかりで、それに平地が多い。
ローエ 北海道に似ています。
北出 ところが本州では水田が中心で、水の管理があるし、それに山国だから傾斜地が多く、農地を集積しようとしても限界があります。
ローエ 人口増大と耕地減少の問題を解決する一つの方策としては、技術革新をどんどん導入できるような体制を整えることがあります。例えば技術革新がなければ1年を通して高い品質の野菜や果物などを食べることは出来なくなってしまいます。
◆顧客の夢までつかむ
北出 ドイツの協同組合と日本の農協を比べて感じていることがあれば聞かせて下さい。
ローエ JAは日本の農業の発展に重要な位置を占めてきた組織です。生産資材を農家に提供するだけでなく、技術面のサポートなどもしています。
北出 BASF社とJAのつながりはいかがですか。
ローエ 日本の農薬市場の中でJAのシェアは大きく、JAを流通チャネルの一つとして農家に製品を販売しています。
BASFアグロのことをいいますと、今、注目される新製品としては、散布量が少なくてすむ水稲用殺菌剤の「嵐」があります。ADI(一日許容摂取量)が確認されたので農薬登録のあと来年から発売します。JAにも「嵐」のことを説明しています。
北出 日本語ずばりの商品名というのは珍しいですね。ところでJAのビジネス姿勢については何か感じておられますか。
ローエ 北海道から九州まで全国の経済連やJAの方々にお会いしましたが、農薬の専門的知識や市場のことをよく知っておられる優秀な人たちがそろっているという印象を受けました。
今後の市場競争の中では、顧客のニーズをよく知り、汲み上げることに加えて、顧客の夢や希望を予測することも大事です。JAは農家の要望を掘り出し、うちのほうはJAを顧客として、そこから農家の要望を汲み上げていきたいと思います。
BASFは戦略の一つに「顧客の成功を助ける」ことを掲げています。これにのっとって、また新製品の上市をひかえていることでもありますから、全国7ヵ所の営業所スタッフがJAの方々との話し合いを深めます。
◆顧客の成功を助ける
北出 JAの活動について優れた点や改善点を挙げて下さい。
ローエ 地域に根ざした活動をしていますね。それは今後も続いていくと見ています。
北出 JAに対しては、もう少しグローバルな視点に立つ必要がある、長い経験の垢が染み付いている、システムが官僚化している、などの批判がありますが、そうした意見もにらみながら最後にJAへのメッセージをお寄せ下さい。
ローエ どの組織にもそうした批判はありますが、市場で活動していくには変化に柔軟に対応していく必要があります。また顧客の成功を助けなくてはなりません。
日本の農作物は多種多様で品質が良く、味も良い。こうした現状を維持し、農家をサポートしていくことが大事です。
味の良いものを作るという特殊な分野が日本の農業にはあります。例えば柿です。これはドイツのスーパーでも見かけるようになりました。それから青森のリンゴ、こうした特殊な作物をもっと積極的に海外へ売り込むべきです。私は日本農業の将来を心配することはないと思います。
北出 長時間ありがとうございました。
【会社概要】
BASFアグロ株式会社(東京・六本木)▽1950年10月設立▽資本金2140万円▽工場1、研究所1、営業拠点7▽従業員数160人。新製品には野菜・果樹・豆用殺菌剤「カンタス」(既登録)、水稲殺菌剤「嵐」(未登録)、果樹用殺菌剤「ナリア」(同上)がある。うち「嵐」は葉イモチ、穂イモチ、紋枯病まで活性がある。「嵐プリンス」などの箱剤として期待されている。 |