農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 生産者と消費者の架け橋を築くために(2)

シリーズ どっこい生きてる日本の農人(5)−4

水田の生きもの増やしてコウノトリとの共生図る

兵庫県・JAたじま 組合員 上山茂さん


◆稲作と餌場の両立を

JAたじま 組合員 上山茂さん

 豊岡盆地には稲刈後に水をはる田がある。コウノトリがそこに舞い降りてきてモロコやフナなどを食べている。水張り田は餌場なのだ。豊岡ではコウノトリを育む餌場水田づくりと、安全安心なコメ作りを両立させようとする農業者が増えている。
 上山茂さん(61)もその一人だ。コウノトリと共生するためには餌場となる水田の生き物を増やす必要がある。そこで無農薬・減化学肥料に加えて▽春は田植えの一か月前から水を張る▽夏場の中干しも遅くする、などの特別な農法も導入した。結果は絶滅に近かったメダカが蘇り、ドジョウやカエルなどコウノトリの好物が増えた。
 こうした農法はJAたじま、市と普及センターがまとめた「コウノトリ育む農法」と呼び、栽培面積は管内全体で約40ヘクタール。できたおコメのうち23ヘクタール分はJAが集荷し、特別栽培米の「コウノトリの郷米」と銘打って直接販売をしている。品種はコシヒカリ。
 JA扱いの推移は、初年度の平成15年度が栽培面積2.5ヘクタールで集荷230袋だったのに比べ17年度は23ヘクタールで2300袋と10倍に飛躍した。出荷者は上山さんら個人が15人、集落営農が2となっている。

◆微生物の研究なども

 上山さんは今は専業だが、もとは兼業だ。おいしくて安全なコメを作ることにこだわり続けた。しかも手間と経費をかけずに、それを実現しようとし、収量も高めたいと追求した。
 そのためには栽培技術を勉強しなければと研修会や講習会にも通い、今は微生物の研究なども進めている。名刺にはちょっと風変わりな「農を楽しんでいます。EM栽培に挑戦中です」との書き込みがある。
 経営面積規模は1.1ヘクタールだが、来年は1.6ヘクタールに拡大する予定だという。コウノトリ育む農法の栽培面積は30アール1区画だが、これも来年はもっと増やしたいとのことだ。
 「コウノトリ育む農法」の効果については「水田の生き物がこんなに増えるとは思わなかった。生き物がコメ作りの環境を良くしてくれるということをつくづく考えさせられた」と語る。
 JAや生協の組合員らが参加した「田んぼの生き物調査」では慣行栽培田に比べ、上山さんの特別栽培田には、土を豊かにして、雑草を抑えるイトミミズも特に多かった。
 上山さんが環境にやさしい農業に積極的に取り組むきっかけになったのは、地元の豊岡市福田で、減反の強化による各農家の耕作放棄地が広がり、整備を迫られた時だった。上山さんの田15アールも含まれていた。

◆ビオトープ転作田

 そこは円山川西側の支流に沿った湿田地帯だ。放置された転作田にアシなどが生い茂り「このまま荒れ果てたら復元できなくなる。なんとかしなければ」との声が挙がった。上山さんも福田地区の農会役員として「環境悪化を防ごう」と対策案を提案したりした。
 ちょうどそのころ、市から「コウノトリの餌場となる生物の生息空間(ビオトープ)にしてはどうか」との提案があった。3年前のことだった。
 豊岡はコウノトリの国内最後の生息地だったが、昭和46年に絶滅した。このため市は人工飼育を開始。平成元年には繁殖に成功し、以後、毎年の増殖で今は110羽を超え、兵庫県立コウノトリの郷公園で飼育中だ。
 この野生復帰という世界でも珍しい試みを成功させるための放鳥に向けて市はビオトープ化を提案したのだった。
 福田地区は野生最後のコウノトリが巣立った所という縁もあって市の提案を受け、地区民は15年度から「コウノトリと共生する水田自然再生事業」という補助事業に取り組み、まとまったビオトープ転作田をつくった。
 面積は約25ヘクタール。耕作地も1部あったが、餌場の効果を挙げるため、すべて3年間は田植えしないことにした。地権者は20人。うち12人は他地区農家の出作地だったので上山さんら農会役員が同意の取り付けに回った。難航もあったが、補助金の中から地代を支払うことにしてまとめた。

◆循環型社会に向けて

コウノトリ

 アシや雑草を焼き、トラクターで耕運し、代かきのあと水を張るという大変な作業に総出で取り組んだ。それが終わって10日目くらいに野生のコウノトリ1羽が舞い降りた。効果はてき面とみんなは目を見張った。
 近くの山にねぐらを定めたのか以後毎日のように飛来するよようになった。またサギもくる。カメラマンや見物客が押しかけるため農会では、そっと見守って下さいとの看板を立てた。コウノトリは敏感で、人が近づくと、すぐ逃げるのだ。
 こうしたことから上山さんは豊かな環境づくりに熱心になった。時間があれば双眼鏡を持って野鳥を観察。共生の農業の楽しみを味わっている。ビオトープを見回って、夏場の草取りを提案するなど管理も怠りない。
 しかし、このビオトープ転作田は地権者との契約が来年3月末までの3年間だ。その後をどうするかは農会で検討する。上山さんは継続させたいというが、市の補助が地方財政改革で打ち切られたら、それは難しい。
 管理にはカネがかかる。とくに除草が大変で機械を買うとなれば個人負担が必要となる。19年度に国が実施予定の環境支払いが期待されるが、これも対象要件がどうなるか、ビオトープ存続の行方は不透明だ。
 しかしコウノトリ育む農法のとりくみは「営農組合などの組織的な取り組みもあるし、拡大が確実視される」と上山さんの顔は明るい。「環境にやさしい農業で作った安全なコメが健康を増進させれば医療費も少なくてすむ。そうした循環型社会に向けた営農を推進していきたい」と強調した。

◆特別栽培米大当たり

 JAたじま営農生産部米穀課の堀田和則さんは「コウノトリの郷米は集荷までに販売先を確保したため、新規の注文には『来年まで待って下さい』と断っている」という。付加価値分だけ生産者手取りを上げ、しかも委託販売でなく買い取りにしたが、すでに完売の見込みだ。
 この特殊な銘柄米は必ず売れると見込んだJAの商品化企画は見事的中したといえる。とはいえ昨年は10月の台風で半分以上が冠水する災害に遭った。
 福田の農会は会員59戸。耕作規模は平均50アールほどの兼業がほとんど。役員も8人のうち兼業が7人。専業は上山さんだけだ。このため環境と農業を語る全国的なシンポジウムや会合に呼ばれた際に代表の形で上山さんが出席することが多い。
 そうした場では「豊かな環境づくりに取り組む生産者をもっと増やしたいと考えて報告や討論をしている」との思いを語る。
 一方、コウノトリは野生復帰の訓練を受け、すでに計5羽が自然放鳥された。それらは豊岡の空を飛び、各ビオトープで餌を食べている。県が人工的な巣も設けている。
 野生の1羽も住み着いている。これは14年8月5日に初めて飛来したためハチゴロウと名付けられ、福田のビオトープをお気に入りとしている。
 なおJAたじま管内のコメ生産量は約100万袋。うち集荷量は40万袋となっている。

(2006.1.11)



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