農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 生産者と消費者の架け橋を築くJA青年部の役割

質も安全性も世界一という
信念をもって農業を
ジョン グレイ バイエルクロップサイエンス(株)社長に聞く
聞き手:北出俊昭 前明治大学教授




 「よりよい暮らしのためのサイエンス」を掲げるバイエルは、ヘルスケア・農薬関連・先端素材などの領域を中核事業とする世界的な企業だ。日本では解熱・鎮痛剤の代名詞ともいえるアスピリンを発明した企業として知られているが、農薬分野では殺虫剤のアドマイヤー、殺菌剤のウィン、除草剤のバスタなどの製品を通じて日本農業と深い関わりを持っている。そこで昨年10月に日本における農薬関連事業を担うバイエルクロップサイエンス社の社長に就任したグレイ氏に、現在の日本農業の課題とこれからのあり方などを語ってもらった。聞き手は北出俊昭前明治大学教授。

 

生産性を高め競争力を強めることが自給率の向上に

 

◆国産のブランド力を高めることで持続可能な農業を

バイエルクロップサイエンス ジョン グレイ 社長
プロフィール
ジョン グレイ (John Gray) 1958年ニュージーランド生まれ。ニュージーランド国リンカーン大学(カンタベリー総合大学)で農業生産技術士の学位を修得、1976年ニュージーランド国農業省、研究技官、1999年ローヌ・プーランアグロ フィリピン社社長、アベンティスクロップサイエンス フィリピン社社長、2002年バイエルクロップサイエンス社(米国)、マーケティングおよびポートフォリオマネージメント担当副社長、2005年バイエルクロップサイエンス株式会社 代表取締役社長。
――まず、世界の農業・食料についてどうお考えですか。

 グレイ 世界の人口が急速に増えていくという予測がされています。それに対して農産物を作る土地は限られているので、世界の食料というのは私たちにとって大きな課題だと考えています。
 食料の需要に応えるためには、グローバルな視点からも生産性を上げることが重要なポイントになると思います。多くの国々で農業は収入の基盤として重要な産業となっていますが、消費者にとっても食料をどこから調達するかは重要なことです。
 海外では生産性を上げるための取り組みとして新しい農業技術の導入とか遺伝子組み換え(GMO)農産物の普及があります。GMOの耕地面積は世界で9000万ヘクタールあると聞いています。その他では種子の分野でもバラエティに富んだ開発が注目されています。これが生産性に大きな影響を与えていると思います。

 ――日本の農業についてはどのように感じていますか。

 グレイ 日本の消費者の需要は他の国と比べるとユニークです。その一つが農産物の質についてです。1日1ドル以下で暮らす発展途上国の人たちが求めるものと、日本の消費者が求めるものはかなり異なります。
 私は日本に来て間もなく、日本の農業への知識も限られていますが、私から見て日本の農産物は質も安全性も世界一ですから、そういうブランド力を高めていけたらと思います。そのことを確実に行なっていくことが持続可能な農業を支援していくために重要だと考えています。

 ――食料自給率40%ということについてはどうですか。

 グレイ 他国と比べて低いと思いますが、日本の農産物の質を高めて競争力をつけることで日本農業を活性化し持続可能なものにしていくことで、食料自給率を上げていくことも可能になるのではないかと思います。そのためには、国をあげてコストを抑え安全性の高い高品質な農産物を生産するための取り組みをしていくべきだと考えます。また、日本の消費者は、日本の農産物が安全だということに自信をもつべきです。コスト面から見ると新しい技術を導入することで、もう少しコストを下げた生産が可能になると思います。

◆コストを抑え生産量をアップすることが重要

北出俊昭 前明治大学教授
北出俊昭 前明治大学教授

 ――昨年の10月に日本に来られるまで、ニュージーランド、オーストラリアそしてアメリカなど大規模農業地域で仕事をされてきました。日本の場合は自然条件もあって規模が小さいですが、こういう日本農業についてどう感じていますか。

 グレイ フィリッピンでも4年間仕事をしていました。フィリッピンは小規模農業で日本と似た形態をとっています。
 ニュージーランドとオーストラリアでは、農家が生産サイクルを見直したことで、生産性が上がり農業が活性化されました。そうしたことを行なうことが、新しい技術の導入とそれに見合った生産を考えるきっかけになると思います。
 フィリッピンが日本と耕作面積が似ているという観点からいうと、フィリッピンでは生産量を増やすことに焦点があてられていました。日本農業は農産物の種類も幅広いですし、ニッチマーケットもあるので、技術的な面だけではなく、コストを抑えて生産量を上げることが注目されてくると思います。技術というよりも、種子とか肥料など農業資材の投入をいかに最適化していくかが重要になってくると思います。農薬関係でいうと、新製品を市場に出すことは、非常にコストがかかりますが、このようにして開発された農薬を環境とか消費者に負担をかけないかたちでコストを抑えるような効率的な使い方を追求することも重要だと考えています。

◆輸出を成功させるには日本産ブランド力を高めること

 ――いま日本では、高品質なものを作って輸出しようという方針をとっていますが、その可能性についてはどうですか。

 グレイ ニュージーランドでは、キューウィフルーツを世界で最高の品質でもっとも新鮮だとマーケティングをし、質・供給量に信頼性があるということでブランド力を維持して他の国との競争に勝つことに成功しました。そうした方法は日本でもとれると思います。

 ――日本がこれから輸出する場合にアドバイスすることがありますか。

 グレイ どこの国の消費者も高品質で手に入りやすい価格の農作物を求めています。日本の農産物はいつでも世界中のお店で高品質だと評価されていますので、こうしたブランド力をさらに強化していくことで輸出を成功させることができると思います。そして、輸出のターゲットを比較的裕福な層にあてていくのが良いと思います。
 日本の農作物の輸出を成功させるかどうかは、輸出関連会社のマーケティング能力にかかっていると思います。ブランドイメージを高めることで、結果的には農産物の価値を高めていくことにもつながります。

◆これからはビジネスとして農業を考える時代に

 ――担い手育成に対する国、農協などに対する要請はありますか。

 グレイ 生産者、そして政府・農協・メーカーにとっても一番重要なことは生産性を高めていくことです。そして技術や教育研修の機会も重要です。そのために幅広いツールを農家に提供していくと同時に、日本の農産物が他国と比べて高品質で安全性も高く設定された基準に見合ったものだという信念をもつことが大切だと思います。
 そして日本の政府は、新技術や登録拡大を行なうための法規制について、一定の配慮が必要になってくると思います。例えばマイナー作物への適用などであまりにも厳しすぎる設定をされるとコストがかさむからです。消費者や環境への安全性とバランスよくアプローチしていくことが新しい技術とともに求められてくると思うからです。

 ――日本の場合は、決まった作物で決まった市場に出荷をしていて、作物選択とか市場選択する企業的センスが低いと思いますが、これをどうやって高めていったらいいと思いますか。

 グレイ 政府や農協、指導機関さらには私たちのようなメーカーなどで、将来に向けていまとは違った形で生産者の育成をサポートする教育研修や支援を行なう必要があると思います。
 例えばリンゴの場合、輸出市場をつくることも必要なことですがそれを維持していくことも大変なことです。台湾の消費者が求めるリンゴとヨーロッパの消費者が求めるものは違いますからそれを知ることと、日本の高品質な農産物という地位を維持していく方策が必要だと思います。

◆農協と協力し生産性の向上を支援していく

 ――貴社は日本農業でどういう役割を果たしていこうと考えていますか。

 グレイ 日本だけではなく世界で、新規な製品とか技術開発に資源を投入しています。日本は世界でも三、四番目に大きな市場ですから、バイエルクロップサイエンスにとっても重要な市場です。日本での私どもの役割は、コストを抑えた形でのソリューションの提供ということで、日本農業の生産性の向上と持続可能なための支援を行なっていくということです。
 私どもはすでに幅広い製品群を持っていますが、今後5年間で7種類の有効成分、40種類の新しい製剤を上市して技術革新に役立っていきたいと考えています。私たちの社内にも数多くのスタッフがいますので、数多くの試験結果やノウハウを農協と協力して、農家の生産性をあげるために支援していきたいと考えています。

 ――農薬について常に問題視されるのは、環境汚染とか人体への影響ですが、これについてはどうお考えですか。

 グレイ 法規制は早いスピードで変化していますので、メーカーとしてはそれに対応する情報を継続的に提供すること。そして農薬の登録拡大を進めて多くの作物に適用が可能にすることが重要な役割だと考えています。
 率直にいわせていただくと、日本では農薬の投入量を減らすことが注目されています。それは消費者の安心観の向上にはつながると思います。しかし、日本の農薬は法規制をシッカリ遵守して使用されており、消費者はそのことをもっと認識すべきだと思いますし、業界も安全な使用方法で使われていることをもっとアピールすべきです。なぜかといえば、生産物の品質を高めたり生産量を増やすという観点からみると、安易な減農薬は生産性を下げることにつながりかねないからです。日本の農産物が高品質で安全なものであるという事を消費者に強く認識してもらうことが重要です。

 ――そういう方向をめざすためにも大事なことは、生産者・担い手育成だと思います。最後に若い担い手に対するメッセージを。

 グレイ 若い担い手の方たちに、日本と世界の両方の農業の問題がどこにあるのか理解してもらうことが大事だと思います。いま起こっている変化が何かということだけではなくて、新しい作物とか、新しい品質基準とか新しいチャンスがどこにあるのかを理解することも大切だと思います。
 今後、青年農業者はすべての農業のシステムを一つの企業のような形でみていくと思います。つまり、投入する資材のコスト、そして農業技術などの知識を活用していかに農産物に付加価値を与えられるか、いかに生産量を増やすことができるか、マーケティングによって農産物の価格を最大限にすることができるかなど、企業が利益を考えるような形になってくると思います。
 多くの国で若い農業者は、農業技術だけではなく農業をビジネスとする視点をもっています。柑橘類等の永年作物では難しいかもしれませんが、野菜などでは柔軟性をもってどういうタイミングがベストなのか、どういう市場をターゲットにすればいいのか、どの作物を選ぶかを、ビジネスの視点から農業を行なっています。

 ――今日は貴重なお話をありがとうございました。

インタビューを終えて

 世界企業のトップリーダーとのインタビューでは、いつも多くの示唆を受ける。今回も同様であった。とくにジョン グレイ社長はニュージーランドご出身で、オーストラリア、フィリピン、アメリカで勤務されていたので、世界市場からみた農業と生産者の在り方について貴重なご意見を聞くことができた。
 例えば、今後日本は高品質で競争力のある農業を目指すことと同時に、ターゲットを高所得者におくことを強調されたが、これは製品差別化で世界の消費者の信頼を得た自国のキューウィフルーツの経験からのご意見であった。また、それには企業者意識を強め、マーケティングによる作物選択や市場選択も大切なことも述べられたが、これは輸出強化を目指す今後のわが国農業にとって重要な課題である。
 このインタビューを通じて、日本農業のとくに若い担い手には、国内はもとより世界市場をも視野に入れた企業者としてのビジネス感覚が重要なことを痛感した。(北出)

(2006.2.28)



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