農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 「第24回JA全国大会」記念特集 食と農を結ぶ活力あるJAづくりのために

インタビュー:日本の食と農業を守るために

JAが自給率を向上させる取り組みの先頭に

明治製菓 株式会社 代表取締役副社長 橋昭男氏に聞く
聞き手:北出俊昭 前明治大学教授

 創業90周年を迎える明治製菓は、チョコレートやお菓子類だけではなく、医薬品や農薬、動物用医薬品分野でも日本のトップメーカーの一つだ。その両分野で蓄積されてきたノウハウを活かし、最近は「健康」をキーワードとした領域で新たなビジネスモデルを構築しようとしている。そこで同社の橋昭男副社長に、現在の食と健康の問題、食品加工メーカーとしての国内農業との関わりや日本農業に望むことなどを聞いた。聞き手は北出俊昭前明治大学教授。


北出俊昭氏・橋昭男氏
北出俊昭氏・橋昭男氏

日本の食文化の良さを見直し伝えることが重要

◆食文化がその民族の精神的土壌のベースに

明治製菓(株)代表取締役副社長 橋昭男氏
明治製菓(株)
代表取締役副社長 橋昭男氏

 ――食と健康に関わるライフサイエンス事業に携わっている視点から、最近の食のあり方についてどのように見ておられますか。

  食をめぐる動向で、私が一番いま感じていることは、日本の食文化はかなり変わってきていますが、そのことが最近起きている悲惨な事件・事故などに見られる世相の乱れに影響しているのではないかということです。
 人間の生活の基盤である食べ物とか食文化は、それぞれの国で営々と築かれてきたものだと思います。日本はお米を中心に野菜や魚類をバランスよく摂取してきたおかげで、世界に冠たる長寿国になったわけです。そのことが、物理的な面だけではなく、日本人の精神面にも大きく作用しているのではないかと思います。極端な言い方をすれば、農耕主体の民族と狩猟民族を比較すると、農耕民族の方が穏やかですし、それが日本人の精神的な土壌のベースにあると思います。
 現在の殺伐とした世相を見ますと、一家団欒の場としての楽しさとか夢や心の癒し、そして子どものしつけなどに大きな役割を果たしている日本のすばらしい食文化をもう一度、見直していく必要があるのではないかと思いますね。
 世界を回りますと食の違いを考えさせられる機会が多々あります。そこへいくと日本食は、季節の旬の素材を食べられるとか、バリエーションがたくさんあって選択肢の幅が広くておいしいし、食事を楽しめますね。
 そうした日本の食や食文化の良さをもう一度見直すような取組みとして「食育」が進められていますが、行政も含めてさらに積極的にやっていただきたいなと思います。それがひいては、ベースとしての経済活動の発展につながっていくと考えています。

◆品質管理とコンプライアンスの徹底で安全・安心な商品提供

北出俊昭氏
北出俊昭氏

 ――食をめぐってはいろいろな問題も指摘されていますね。

  さまざまな危なっかしい事例も出ていますね。BSEや鳥インフルエンザの問題、輸入農産物の残留農薬、そして私どもも大きな被害を蒙った食品添加物の問題もあります。また、中国とかインドなどの経済活動が進展し、食生活の変化による肉類消費量が急ピッチで増大しています。
 そういうことを考え合わせますと、長期的なレンジで世界的に食をどうするのかを見直していく必要があると思います。
 もう一つは、水資源の問題です。従来、日本人はお金を出して水を買うという発想はありませんでした。それがいまはペットボトルに入った水がどこでも売っていて手軽に買われている状況です。そういうことを考えると、質と量という観点から世界的に水が不足し、水資源そのものがどうなっていくのかと心配になります。

 ――そうした状況のなかで御社は事業を進められているわけですが、もっとも重視されている理念はなんでしょうか。

  弊社は、食料と動物用医薬品・農薬を含めた薬品という二つの大きな事業で企業活動を行っています。食と薬というまさに消費者にフェイス・ツウ・フェイスで、しかも生命あるいは健康に直結する商品を扱っていますので、当然のことですが、商品の品質については細心の注意を払いますし、最先端の技術を駆使して、いかに安全で安心できる商品をお届けするかに腐心しております。これからもこの一点で事業を運営していきたいと考えています。

 ――具体的にはどのようなことに重点をおいていますか。

  経営方針でCSR(企業の社会的責任)の徹底を掲げています。第一点は、品質管理の徹底です。二つ目は、コンプライアンスです。これは法令順守だけではなくて、社会の常識と私どもの常識がかけ離れていては存立しえないわけですから、倫理的な側面を含めています。そして、リスクマネジメント、個人情報保護や情報開示を含めた情報管理、環境、社会貢献の6分野をとくに重点分野と位置づけて委員会を設置し、その6委員会の上にCSR委員会をおき、私がその責任者となり、これらの活動を徹底して社会的な貢献をしていこうとしています。
 食をめぐる動向は、心配な部分が多いといわれています。だからこそ私どもの商品は、より安全・安心なものでありたいという強い思いでいま取り組んでいるわけです。

 ――食の問題としては、表示偽装という問題もありますが、こうしたことについてはどうお考えですか。

  論外ですね。弊社では、すべての事業活動にコンプライアンスが優先することを徹底しています。偽装行為そのものは、企業にとって命取りになります。

◆「健康」領域で新たなビジネスモデルを構築

 ――明治製菓というと「チョコレートは明治」というイメージが強いんですが、医薬品とか動物用医薬品・農薬と多角化された理由は、消費者の食や健康に関わる分野を大事にしていこうという考えからですか。

  そのとおりです。私どもは今年で創業90周年を迎えます。その間、お菓子から薬へ事業を広げたのは、昭和21年にペニシリンの製造を開始したときですから、これも60年の歴史があります。昭和25年にはストレプトマイシンを発売し、結核の減少に大きく寄与しました。
 それ以来、食品と医薬品を二本柱とし「医食同源」を企業理念として取り組んできています。

 ――今後もそうした考えでいかれるわけですか。

  3年ほど前にこれからの方向を検討し「チャレンジ2005」という中期経計画を策定し、当社の主戦場は健康を中心としたフィールドだと宣言しました。それ以前から健康という領域が大きくなってきていることを感じていましたので、弊社には食も薬もありますから、両方によるシナジーを結集すれば、大きくなっていく健康という領域で貢献できるのではないかと、ヘルスケア事業を立ち上げていました。これをさらに進めて、健康という事業分野を明確に打ち出したわけです。
 健康領域という中にお菓子や機能性食品があり、医薬品や動物用医薬品・農薬などをもって総合的な観点から健康をサポートするものだと位置づけました。そして今年「ダッシュ08」という中期経営計画を策定し、健康という領域を主戦場とするビジネスモデルを作り上げていきたいと考えています。そのために、食料とヘルスケアを一本化して、フード&ヘルスケア事業としました。この事業が大きくなるときに薬品をもっていることは、強みだと考えています。また、食とスポーツの融合も弊社のスポーツ事業の大きな特徴です。スポーツ施設も7か所もっており、そこで食事やサプリメントのメニュー提案をするなど、健康促進に力を入れています。

◆基本的には国内農産物は個人消費につなげるべき

 ――農産物のユーザーとしての立場から国内産農産物についてどのようにお考えですか。

  自給率が低いことのほかに、お菓子では砂糖を使いますが、価格が海外に比べると大変に高いとか、コストの問題はありますね。
 また、輸入農産物についても、トウモロコシや砂糖がバイオエタノールに使用され、その需要が増えると、私どもの原料として安定供給できるのかという問題が出てきます。中国やインドが成長過程で需要が増えると、弊社として必要量を確保できなくなります。さらに地球環境が変化しており天候不順などで生産量そのものが安定的に確保することが難しくなる問題も生じます。
 だから、日本でできるだけ自給できるものをつくり、国内産と輸入ものをうまく組み合わせて量を確保することが重要だと思いますね。私は、神奈川県の小田原に住んでいますが、周囲を見ると休耕田がたくさんあります。食料自給率がこんなに低いのにこれでいいのかと心配になりますね。

 ――国内産の原料を使われているものもあるわけですね。

  北海道のジャガイモとか、青森のカシス、乳製品とかたくさんありますよ。

 ――冒頭で「食文化は民族のもの」というご発言がありましたが、国内産優先でお菓子などをつくっていくという考えをお持ちでしょうか。そのために農業側は何をしたらいいと思いますか。

  「基本計画」で食品産業と農業の連携ということがいわれていますが、国産農産物は基本的には、個人消費につなげていくべきだと思います。
 日本は、先進国の中でも低位にある食料自給率の向上をはかることが大切だと思います。世界的にも人口が増加傾向にある中で、『日本の食料をどうするのか』そういうことも、考えなければいけませんね。また、企業が原料として使うものは、国産と輸入をバランスをとっていくことが必要だと思いますね。

◆自分たちで日本の食・農業を守るという自信を

 ――農業やJAに対するご意見とかメッセージがありましたら、お願いします。

  かつて農薬などを扱う仕事をしたことから、JAには親しみを感じています。個人的にも木や花や植物が大好きです。いまのJAに期待するのは、もっと元気を出して、自信をもって日本の食は自分たちで守るという意識をより強くもっていただきたいと思います。日本の食生活、日本の農産物の良さをいろいろな場面で常に宣伝して欲しいですね。そして、自給率を上げる努力をするその先頭にJAが立ってがんばって欲しいですね。
 それから、一方的に日本の食を守るだけではなく、自由な貿易を進めて、お互いに食料・農産物をバランスよく確保できるようなことを、政治的な側面からもぜひやっていただきたいと思います。
 最後に、農業を通じて生み出される生産物は、生命の源泉です。その自然の恵みである農産物を通じて環境意識改革醸成につなげる先導役としてJAが活躍されるようお願いします。

 ――今日は大変にお忙しいなかありがとうございました。

インタビューを終えて

 明治製菓は「食と健康」にかかわるライフサイエンス事業を行っている企業である。そうであるにしても、最初に食文化はその国の精神的基礎であり、最近多く見られる悲惨な事件・事故は、日本の食文化の乱れにも原因があるのではないか、と述べられたことに強い感銘を受けた。明治製菓ではこうした理念のもとに、経営方針としてCSR(企業の社会的責任)を徹底し、品質管理とコンプライアンスが重視されている。そして今後は、フード&ヘルスケア事業として「食と健康」を一本化した新しいビジネスモデルの構築が目指されているのである。もちろん、食品の偽装表示を強く否定されたことも印象的であった。
 同時に企業としては、原料農産物の量的供給安定と価格が重要なことも強調された。そうした観点から、国内農産物は基本的に個人消費につなげていくべきではないか、との見解を表明されたが、農業生産と食品産業との共存関係が重要なだけに、農業・農協陣営としてもこうした意見に如何に対処するか、が課題となろう。(北出)

(2006.10.6)



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