◆集落から積み上げ
富山県北東部の入善町は黒部川によって形成された扇状地。水田面積は3700haある。
コシヒカリの作付けが圧倒的に多いが、最近では大豆も600haまで増やしている。そのほかチューリップ球根、高級品の入善ジャンボ西瓜、種籾、ハウス白ネギなどの特産物もある。
前稿で紹介したような若い担い手たちも育っており、認定農業者は現在84。そのうち法人が24ある。ただし、昭和40年代から兼業化が急速に進み兼業農家率は94%だ。そのため担い手の育成では、102ある集落での営農組織化がやはり大きな課題で、町では組織されたらただちに法人化することを基本方針にしている。
◆認定農家も協議に参加
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農事組合法人「島」の林吉朗代表(右)と
藤田鍵一事務局長 |
そのひとつ、農事組合法人「島」は今年1月に発足した。
集落は57戸で農地面積は90ha。1戸あたり平均1.5haの作付け面積だという。
集落営農の組織化に向けて話し合いが始まったのは16年の1月。米政策の改革で担い手中心の支援に変わることが見込まれるなか、一部の生産者だけ集落の農業を担うよう農作業を任せる人が増えれば、顔を合わせる機会も減る。そうでなくても、景気の悪化から勤め先の勤務も厳しくなり、とても兼業はできないと作業委託する農家も増える事態も出てきていた。その一方で米づくりへの意欲は強い土地柄、採算を度外視して自分でつくることにこだわる人も多い。
集落の区長で生産組合長でもあった林吉朗代表は「このままでは集落のまとまりが悪くなる」と考え勉強会をつくることを正月の総会で提案。米改革と水田農業ビジョンについて、今後の地域農業のリーダーやオペレーター的な役割を担うような人で議論を始めた。
勉強会で参加者が感じたのは、「国の政策はこれまではコロコロ変わったものだが、今度は大きく変わりそうだ」という危機感だった。ただし、集落の住民たちの意向や実態は必ずしも分かっていない。
そこで翌17年の総会では、集落営農組織づくりに向けた準備委員会の設置を林さんたちは提案する。もう1年、準備期間にあてることにしたのである。
住民からは、集落営農組織の良さは理解するが「先が見えない」という声や農機具などフル装備したばかりでしばらくは個人で経営していきたいといった声が出た。ただ、こうした話し合いには集落で14haを経営する認定農業者にも加わってもらっており、これが後に活きてくる。
組織立ち上げの際の対象農地面積は、集落の農地90haのうち70haだった。残りは集落内外の担い手に委託されていたからだ。そして2年間の話し合いの結果、米生産農家37戸が合意、46haを集積して1月に法人となったのである。 ◆生産意欲の維持が重要
18年産では米は30haを作付けした。しかもすべてを減農薬栽培とした。農地集積によって一気に環境に配慮した農業への転換を図ったのだ。また、コストダウンのために直播きも一部に導入した。
一方、大麦生産では8haの団地化作付けを計画している。団地化した農地の一部には認定農業者の農地も含まれている。こうした作付け計画は3年計画で立て、認定農業者とも協議したことから効率的農地利用が実現した。事務局長として法人の専従となった藤田鍵一さんは「組織づくりの話し合いから認定農業者の方に加わってもらったからこそできたこと。個別経営と集落営農は背中合わせの関係ではなく、まさに一緒になって生産する、ということです」と話す。
農作業は藤田さんを中心に5名程度のオペレーターで行っているが、参加した農家の希望によっていくつかの農作業を委託する仕組みにした。水管理や草刈りなどは農家に任せるほか、手持ちの機械で全面的に栽培したいという人には委託している。ただし、減農薬栽培など統一した基準は守ってもらう。
◆JAの支援も課題
集落営農組織ができたことによって、集落の住民には「安心感が出てきた」という。体調を壊し今年の農作業はできるのかという不安を抱えていたり、農機具も古くなり更新するかどうか悩んでいたり、あるいは勤務先の転勤などがあった場合の対応など「みんな共通の悩みを持っていることが分かって、かえって人が参加したのだと思う」という。
ただし、藤田さんはもう少し厳しく見ていた。元JA職員として、その後は農地流動化促進のために設立された農業公社で仕事をしてきた経験から、場当たり的な農地集積では長期的な経営安定につながらないという課題を感じていた。こうしたことから、実はこの集落営農の立ち上げも藤田さんとしては「最低35haの集積に合意できなければ採算がとれない」と試算していたという。支払い地代、作業委託料などを考えると利益配当ができるためにはさらに40haが最低ラインになるいうことも見込んでいた。結果的に46haを集積できたわけだが、組織立ち上げの仕掛け人でありながらも、「もし話し合いの結果、目標面積に達しなかったら組織化は見合わせようと考えていた」というほどだ。
それだけに今後は経営が課題になる。生産資材の調達、米の販売方法など「やはり後ろ立てはJAしかない。現場の意見をいち早く聞いて話し合いを続け、ともに課題解決にあたってほしい」と期待を寄せている。
◆女性の活力が切りひらく
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玉女の会会長の
柳原悦子さん |
一方、個別の認定農業者をパートナーの女性たちが支えたきたこともこの地域では見逃せないことだ。
そのひとつが女性農業機械士会アムロンである。経営規模が小さかった時代にはまさに二人三脚で農業ができたが、規模拡大で大型機械が導入されると夫しかできない作業が増えていく。そこで、なんとか農業を一緒にやりたい、という思いを持つ女性にも大型トラクターなどの免許を取得する取組みが地域では促進された。同会はそれに参加し免許をとった女性たちで平成4年につくったものだ。
会長の北川和子さんは(有)北斗農産の副社長だ。夫が社長で水稲と大豆で36haを作付けている。冬はハウスねぎを栽培。娘さん夫妻がともに農業をするようになったときに法人化した。今は大型機械を当たり前のように乗りこなすが、元は「農の字も知らない」非農家の出身。
「規模拡大にともなって女性も専業者としてレベルアップしなければならなかった。今、会員の女性たちはみな、夫とどう農業をするか熱心な討論もするというし、役割分担もある。経営に参画しているということですね」と話す。
若島せつ子さんと青木ゆりこさんも設立以来のメンバー。「夕食後には翌日の作業をどうするか、議論はつきません」。また、この会ができたことによって、農業専業女性の友達ができたことが支えになったという。
女性にも大型機械の扱いができるようにしようという取り組みは、機械の大型化・高度化で農作業事故が多発したという背景もある。「農作業中に何か指示されても知識がないときにはウロウロしたもの。今では夫とツーカーです。技術も安全も夫婦ともに研鑽して高めていると思う」と口をそろえる。若島さんは「お互いが分かっているから無理せず農業ができる。ともに60歳を超えたけれど、これからが底力を出すときだと思っています」と話した。
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左から女性農業機械士会アムロンの北川和子会長、
青木ゆりこさん、若島せつ子さん |
◆次世代育てる粘りの活動
入善町では学校給食に安全な農産物を供給しようという活動をもう15年近く続けている女性農業者グループもある。転作田を活用して減農薬栽培でつくった枝豆、タマネギ、ニンジン、ジャガイモを町の小中学校に供給しているほか、生協との契約栽培や直売所での販売にまで活動を広げてきた。
この「玉女(たまめ)の会」の会員は現在26名。給食への野菜供給は当初は学校からの反発もあった。虫がついていたり穴があいたりした野菜に抵抗があるといったのは実は栄養士や調理士などの大人たち。子どもたちに地元の安全な野菜をという思いを実現するには、まずは大人の理解が鍵だった。「やはり話し合いと農業体験が大事ですね」と柳原悦子会長は話す。
最初はメンバーが交代で学校が必要とする量を届けていたが、今ではJAの販売課が担当している。
学校側も子どもたちに柳原さんたちの野菜づくりを見学する機会をつくるようになった。そのときは虫を手で取っていく姿も見せ、天候によって出来が違うことも教えた。そう話しながら柳原さんが大事そうに見せたくれたのは子どもたちの作文だ。そこには「おいしくて栄養があるものを食べられるのは、農業という仕事があるからです」と書かれていた。
毎月、学校ごとに必要な数量の注文が柳原さんのところに届く。それを会員の出荷が公平になるように配分して連絡する仕事を77歳の今も続けている。「こういう活動は販路を決め腰を据えて取組むことが大事。気力で続けていますが、子どもたちの声が励ましになってます」。
若者から高齢者までそれぞれの農への思い、明日への願いが重なり合ってこそ地域の底力となる――。入善町がそれを示していた。
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