わが国のカロリーベースの食料自給率は8年連続で40%にとどまっている。17年3月に決定した新たな基本計画では平成27年度に45%にまで引き上げることを目標にしている。食料・農業・農村基本法では、食料自給率は向上させる目標として定めることになっていて、それはわが国の食料・農業政策の根幹をなすものである。世界的な食料不足の懸念が決してなくならないなか、自国で生産できるものはできる限り自国でつくるという、いわば食料自給の論理と倫理は多くの国民が共有しているだろう。
しかし、最近では一部のメディアで食料自給率向上を政策目標とすべきではないとの主張や輸入によって国民の食料を確保するほうが現実的だとする指摘もみられる。では一体、日本と世界の食料事情はどうなっているのか、改めて冷静に考えてみるべきだろう。今回の特集はそうした観点から(株)農林中金総合研究所基礎研究部に寄稿してもらった。
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海外依存度を強める日本の食料
◆日本の食料自給率の現状
食料自給率とは、消費される食料のうち国内生産によって供給されている割合であり、日本では一般にはカロリーベースの自給率(供給熱量総合食料自給率)が使われている。ただし、国際的には計算が容易な穀物自給率が用いられることが多く、また、カロリーベースの自給率ではカロリーの低い野菜や飼料自給率の低い畜産物が十分反映されないなどの理由から、日本では生産額ベースの自給率も算出し公表している。
日本の食料自給率は戦後大きく低下し、カロリーベースの自給率は1960年には79%であったが、04年では40%に低下した。また、同時期に穀物自給率は80%から28%に、生産額ベースの自給率は93%から70%に、それぞれ低下している。(図1)
◆野菜の自給率も低下傾向
日本の食料自給率を品目別に見ると、1.自給率が高い品目〈米(95)、鶏卵(95)、いも類(83)、野菜(80)〉、2.自給率が中程度の品目〈牛肉(44)、豚肉(51)、鶏肉(69)、牛乳・乳製品(67)、果実(39)、水産物(55)〉、3.自給率が非常に低い品目〈小麦(14)、トウモロコシ(0)、大豆(3)〉、の3つに分類することができる。
米は、基礎的食料(主食)として日本が国境措置、財政支援により守ってきた品目であるため、ウルグアイラウンド合意までは輸入はほとんどなく、現在でもミニマムアクセスによる輸入や米粉としての輸入があるのみである。野菜は鮮度が重視されるため、かつては冷凍、塩蔵等の加工野菜が輸入されていただけで80年の自給率は97%であったが、80年代後半以降中国などから生鮮野菜の輸入が増大し、04年の自給率は80%に低下している。(図2)
一方、小麦、トウモロコシ、大豆は、土地利用型の農産物であり、農地面積が狭い日本では生産コストが高いため、大部分を輸入に依存している。また、牛肉、果実、乳製品などについては、輸入自由化、関税率低下などにより自給率が低下してきた。
◆なぜこれほど低下したのか?
それでは、日本の食料自給率はなぜこれほど低下したのであろうか。その要因を整理すると、以下の通りである。
(1)米の消費量減少
戦後の経済成長、国民所得の増大に伴って日本人の食生活は大きく変化したが、その中で、日本で自給できる米の消費量が大きく減少する一方で、パン食の普及により輸入依存度が高い麦類の消費量が増大し、このことが食料自給率を下げる大きな要因となった。
(2)輸入飼料に依存した畜産・酪農の発達
所得増大に伴って肉類、牛乳・乳製品の消費量が大きく増大し、肉類の消費量は60年に比べて5倍になり、牛乳の消費量も4倍になった。こうした変化に対応して日本の畜産業は大きく発展したが、それに伴ってトウモロコシをはじめとする飼料穀物の輸入が増大した。(図3)
(3)油脂類の消費量増大
油脂類の消費量も大きく増大し、04年の消費量は60年に比べて3倍以上になり、それに伴って油脂原料(大豆、菜種)の輸入が増大した。(図4)
(4)円高・輸入自由化と商社・食品企業の海外事業展開
日本は戦後「貿易立国」を志向し、貿易・資本の自由化を進めたが、農産物の輸入自由化も行われ、それに伴って商社等による農産物輸入が増大した。また、貿易黒字を背景に70年代以降円高が進行し、特に1985年のプラザ合意以降に急速な円高が進んだが、これに対応して日本の食品企業がASEAN、中国に進出しアジア地域からの食品輸入が増大した。
(5)食の外部化と食品産業の発展
女性の社会進出、都市化の進展等により「食の外部化」(外食・中食の普及)が進み、ファミリーレストラン、コンビニなどが普及した。食の外部化は価格競争を激化させ、食品加工工程のアジアシフトをもたらした。
(6)農家戸数の減少と農家の消費行動の変化
農家戸数が減少し、農家人口(農家の世帯員数)も、60年には3441万人で当時の日本の人口の36%を占めていたが、05年には833万人になり総人口の7%に減少した。また、かつては農家は自家で食べる食料の多くを自給していたが、兼業化の進展等によって農家自体も食品を購入する生活に変化した。
(7)日本農業の脆弱化
こうした食料需要の構造変化や円高、輸入自由化に日本農業は十分対応しきれず、農地の転用増大、耕作放棄の増大によって耕地面積が減少し、裏作の減少によって耕地利用率も低下した。また、農業の担い手の高齢化が進み、日本農業の生産基盤が弱体化した。(図5)
◆食料不足の懸念、消えず食料安保は日本の重要課題
食料安全保障の意義
現在の日本では日常生活において食料不足を感じることはほとんどなく、日本は世界中から食料を輸入し「飽食」の状態にある。しかし、江戸時代の飢饉を想起すればわかるように、日本にとって食料の安定的確保は重要な政策課題であり続けてきたし、明治期以降の農業技術の発達、水利施設の発達が食料不足の懸念を解決したということができよう。また、戦後の日本経済の発達によって、日本は世界中から必要な食料を購入することができた。
しかし、世界には、サハラ以南のアフリカ、アフガニスタン、北朝鮮など、今なお食料不足の危機に直面している国があり、日本でも、終戦直後の食糧難、1973年の米国の大豆禁輸措置、1994年の米不足などにみられるように、食料不足の懸念はなくなったわけではない。
特に、今後、世界的な人口増加、地球環境の悪化、中国・インドの経済成長に伴う食料需要の増大など、世界の食料需給の不安定性が増大していく可能性が高く、日本にとって食料安全保障が重要な課題であることには変わらない。また、近年、石油をめぐる世界的な資源争奪戦が激しくなっており、農産物からのエタノール生産の増大など、エネルギー問題が今後の食料需給に影響を与えていく可能性が高い。
日本は、WTO交渉において食料安全保障を含む農業の多面的価値を主張してきたが、今後の国際貿易交渉においても食料安全保障の重要性を引き続き主張していくべきであろう。
◆少なくない食料不足のリスク
飽食の状態にある日本であるが、今後、食料が不足する事態として以下のようなことが考えられる(農林水産省「不測時の食料安全保障マニュアル」における整理)。
国内要因として考えられるのは、以下の3つの場合である。
(1)異常気象等による大不作:1994年の米の大凶作のような場合であり、今後も冷夏、水不足、豪雨などの異常気象によって不作が起きる可能性は十分あろう。
(2)突発的な事件・事故等による農業生産や流通の混乱:地震、エネルギー供給難などが考えられ、また紛争、テロ事件なども可能性がないわけではない。
(3)安全性の観点から行う食品の販売等の規制:BSE・鳥インフルエンザ等による規制や農薬、汚染物質等による規制が考えられる。
海外の要因として指摘されているのは、以下の4つの場合である。
(1)生産国・輸出国等における異常気象等による大不作:今後、地球環境の悪化によって世界の各地で不作が多発する可能性があり、米国に多くの食料を依存している日本にとっては、米国の不作の影響が大きいであろう。
(2)主要輸出国における港湾ストライキ等による輸送障害:日本の輸入穀物は米国西海岸のポートランドとミシシッピ川河口からの輸送が多いが、こうした輸送ルートが港湾ストライキ等によって障害が起きるリスクが考えられる。また、昨年のハリケーンによる影響は小さくて済んだが、パナマ運河の運航不能等の可能性もあり、輸送障害が長期化すると日本の畜産業に大きな影響が出るであろう。
(3)地域紛争や突発的な事件・事故等による農業生産や貿易の混乱:今後、世界が第二次世界大戦のような状況に陥る可能性は少なくなったが、地域的な紛争やテロ事件は絶えず起きており、今後もそのリスクはあるであろう。
(4)主要輸出国における輸出規制:米国の大豆禁輸措置(1973年)、米国の対ソ連穀物禁輸措置(80年)などの例があり、最近では中国によるトウモロコシ輸出停止などの例がある。
(5)安全性の観点から行う食品に対するわが国の輸入規制:BSE、鳥インフルエンザ、遺伝子組換え農産物、違法農薬混入などの例があり、今後も新たな問題が発生して規制が強化される可能性があろう。
なお、こうした不測の事態以外に、地球環境の悪化、水資源の制約、農地拡大の限界、単収増加の制約、エネルギー向け農産物の需要増大、石油資源の枯渇など、中長期的な食料供給の制約があり、食料需給の逼迫による食料価格の上昇が見込まれる。
◆東アジア圏での協力体制づくりも課題
食料安全保障のための取組み
食料の安定供給を確保するためには、以下のような取組みが必要である。既に農林水産省はこれらの政策を実施しているが、今後、いっそうの充実が求められる。
(1)国内農業生産の維持・増大
食料供給を安定的に確保するためには、まず日本国内の農業生産を維持・増大させる必要があるが、そのためには、優良農地・農業用水の確保、農業を担う人材の育成・確保、農業技術の開発・普及が必要である。また、水産業においては、水産資源の維持・管理が必要である。
(2)適切な国境措置と農業経営安定政策
日本の農業経営を維持・発展させるためには、適切な国境措置と農業経営を安定させる政策が不可欠であり、WTO交渉、FTA交渉では関税率等の国境措置を維持することが必要である。
(3)安定的な輸入の確保
食料を安定的に輸入するためには、平素から食料輸出国との間で良好な関係を維持することが必要であり、紛争等を起こさないような外交努力が不可欠であり、また輸入先を多元化するなどのリスク分散が必要である。さらに、海外の食料需給動向について情報を収集し分析するとともに、こうした情報を国民、食品産業関係者に提供して理解を促進することも重要である。
(4)適切な食料備蓄
一時的な不作や輸送障害等によって生じる食料供給不足に対処するため、主食である米や飼料穀物等については一定の備蓄を行う必要があり、日本では、米100万トン、食料用小麦1.8ヶ月分、食品用大豆2週間分(3.9万トン)、飼料穀物1ヶ月分(95万トン)の備蓄を行っている。
(5)食品の安全性の確保
近年、重要性を増してきた問題として、食品の安全性の確保の問題がある。国産農産物については、農薬・食品添加物等の適切な使用、検査体制の整備が必要であり、輸入農産物・食品については、生産段階での管理と水際での検査体制の充実が求められる。
(6)不測時の対応
農林水産省が策定している「不測時の食料安全保障マニュアル」では、食料供給不足のリスクの程度に応じて、不測の事態を、レベル0(食生活に重大な影響が生じる可能性がある)、レベル1(特定の品目の供給が2割以上減少するおそれがある)、レベル2(1人1日当たり供給熱量が2000kcalを下回るおそれがある)の3段階に分けて対策を整理しており、例えば、レベル2においては、原野等の農地への転換、食料の割当・配給、価格統制を行うこととしている。
なお、近年、東アジア地域の経済連携が進展し「東アジア共同体」が提唱されているが、食料安全保障についても東アジア地域の協力体制を構築していくことが必要であろう。
(清水徹朗)
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