何をしなければならないか。それは田や畑に落ちている。明日からそれを拾ってこい――。9年前、JAトップの一言で走り出した農家対策特別班(TAF)。JAそお鹿児島が地域農業の担い手への徹底した訪問活動を通じて、悩みやJAへの要望を聞き取り、そこから解決策を作り出して実践するスタッフのことである。白紙の状態から担い手の声にしっかりと耳を傾け、経営支援策などを練り出すという極めてクリエイティブな仕事だ。それは21世紀型JAの「かたち」でもある。 |
農家対策特別班「トータル・アドバイザー・ふれあい」(TAF)
◆とにかく苦情を聞いてこい
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(左)末廣正仁組合長
(右)川井田幸一JA鹿児島県中央会会長 |
平成10年のある日、JAそお鹿児島の末廣正仁代表理事組合長の自宅に30代のJA職員がふらりとやってきた。当時はJAの理事でもなく、お茶と米づくり、牛の繁殖をする1人の農業者である。
最初に思ったのは「農協の職員にはヒマなやつが多いもんだ」。
聞けば、今度から農家宅を回っていろいろ話を聞かせてもらう担当になったのだという。末廣組合長は言った。
「苦情処理係だな。ほめられることはない。負けないようにしっかりやれよ」。
集落内の訪問すべき農家を教え応対の仕方もアドバイスした。
その職員がこの年、JAが設置した農家対策特別班8人のメンバーの1人だった。特別班の名前はTAF(タフ)。トータル、アドバイザー、ふれあいの意味である。
JAそお鹿児島は平成5年、曽於郡内8町のうち7町7JAが合併して発足した。現在、正組合員1万2800名、准組合員3400名で農産物販売額は290億円を超える。そのうち畜産が203億円で耕種部門では野菜、お茶が中心だ。購買事業は126億円である。
今でこそ、これだけの実績をあげているが合併から5年経った平成10年当時は、事業収益は県下で最低の実績だったという。なぜ、JAが利用されないのか、なぜ、合併の効果が出ないのか……、と重い空気があった。
当時組合長に就任した現JA鹿児島県中央会の川井田幸一会長は集落座談会に出席すると「組合長になったら全然回ってこないじゃないか。職員も顔を出さん」という不満をぶつけられた。
「結局、農家の思いをJAが知らなさすぎたということです。生産資材などの推進ばかりではだめ。何が不満でJAにどうしてもらいたいのか、悩み、苦情、要望を農家にきちんと聞け、と。それがTAFのきっかけです。JAがあってよかったな、と思ってもらえるJAのかたちをつくろうということです」。 ◆先進的な担い手育成支援部隊
TAFの初代責任者に指名されたのは、伊集院正美現参事だ。TAFのメンバーは営農指導員ではなく一般職員とした。基準は30歳代で小回りがきくこと。8つの支所に1人づつ配置することにした。訪問する担い手農家を支所単位で選び約1000戸をリストアップ。1人が100〜150戸を担当することにした。
当初、伊集院参事はTAFメンバーに購買品の推進など何らかのノルマを課すべきではないかと考えたが、川井田会長は頑として認めず「何をやる必要があるかは田んぼや畑、畜舎に落ちている。それを拾ってこい。そのなかから自分たちで仕事を見つけ出せ」と徹底した訪問だけを求めた。
「訪問先で重視したのはJAをあまり利用していない農家。なぜ、利用されないかを探る、といっても最初は何から話していいかも分からず手探り状態でした。問題点を探るのに半年から1年かかった」と伊集院参事は振り返る。
実際、訪問先からは苦情ばかり。生産資材の価格や職員の対応への不満などが次々と出てきた。たとえば、この地域は茶の生産が盛んで250軒ほどの大規模生産者がいるが、肥料・農薬を大量に仕入れても「年間に50袋しか買わない人と価格が同じなのはおかしい。なんとかならないのか」という意見が出てきた。また、「推進のときにしか顔を出さないJA職員」のイメージが強いことも分かった。
これらは今でこそ、全国のJAの課題となっているが、平成10年の時点でこうしたナマの声を聞く体制をつくったことは先進的な取組みといえるだろう。
TAF発足にあたって伊集院参事はその必要性を文書でまとめている。
そこでは農業構造、地域経済が予想を超えるスピードで変化しておりJAの事業基盤である農業そのものを脅かす問題が起きつつあること、また、一方で政策支援は今後、農業法人や大規模経営に集中化することを想定しなければならず、JAの事業体制の変革も課題になるなどの認識が示され、まさに今で言う「担い手支援」の必要性が説かれている。とくにJAの事業方式として「平等」から「公平」への見直しを明記した。
◆苦情から提案が生まれはじめた
TAFのメンバーが聞いてきた農家の要望はすべてJAトップ層に報告することにしたほか、月1回の部長級以上が参加する会議にも出席、「農家のナマの声をぶつけた」。TAFに寄せられた組合員の声は説得力があり、役職員の意識改革も促した。それがたとえば生産資材の傾斜価格体系実現につながっている。
一方、TAFとしても生産者とこまめにつながりをつけるためには、何かしら具体的な提案を持ちかけなければならないことに気づく。それが軽油免税の手続きだった。法人や大規模生産者は農場内だけで利用し、公道を走らない車両もある。手続きをすれば軽油取引税は返還されるが多くの生産者は手続きが面倒という理由で申告していない。それをTAFが代行することにした。その節税効果はTAFが対応した300軒で合計3000万円にもなるという。
こうした接触の機会を持つうちに、経営改善に役立つポイントも発見されてきた。
たとえば、中規模の畜産農家では飼料タンクを備えていないところも多かったがバラタンク設置でコスト低減できることを示し急速に転換を進めた。また、はくさい部会への訪問からは数種類もの肥料を散布する負担が大きいことが分かり、県経済連などとも協議して一発肥料を開発、同時に配送も集配センターを保管場所としたドライブスルー方式として生産者自身が持ち帰ることで価格の低下につなげている。
大規模法人など「個」の対応のほか、はくさい部会への対応にみられるように「全体」のメリットを生み出すこともTAFの仕事になっている。
◆「平等」から「公平」へ
TAFは発足から8年間で6万8000件の訪問実績をあげた。徹底訪問から分かったことのひとつは「JAが嫌いだから利用しないんじゃない」ということだ。問題はJAが組合員の悩み、要望のなかからその解決策を示す提案ができるかどうか、だということである。
たとえば、お茶の大規模生産者たちは当初は資材について大口利用に対する公平な価格設定ができないかと要望したが、その後は施肥設計をしたうえでの肥料の提案はないのかという声が出てきたという。JAはそれに応えると同時に、この生産者からの声をきっかけにして事業体制も改め、「施肥設計を提案するなら責任を持って肥料も提供すべき」と営農指導員が購買品も扱う指導購買体制に切り換えた。
そして、TAFには次第に営農資金の相談、税務申告など経営コンサルタント業務への要望が強くなっていった。
◆販売支援と経営管理支援を
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(上)水元幸都さん。昨年末にも自ら市場へ出向き商談した。家族4人で法人化した。
(下)繁殖牛を育てる上岡義孝さん。法人化が目標だ。 |
大崎町の農業生産法人水幸農園は大規模な野菜づくりを展開している。借地を含めて28haほどで大根、馬鈴薯、サトイモ、キャベツ、レタスなどを周年栽培。代表の水元幸都さん(56)によると平成14年に法人化して以来、外食産業や量販店などとの契約栽培の依頼が増えたという。
大根は品質の良さが評価されサラダ大根として契約栽培しているほか、馬鈴薯はポテトチップスメーカーと契約、また、いくつかの野菜で外食産業との取引も始まった。
「自分で市場に足を運びどんなものが求められているか話を聞いています。契約栽培も中部地方の仲卸からの提案で始まった。売り先を見つけてから作る、というスタイルに変わってきている」と話す。取引価格が決まっている契約は経営の安定に役立っているため、契約品目や数量がさらに増えることを見越して小松菜、はくさいなどの試作も始めている。「話を持ちかけられたときにすぐに返事ができるように」とビジネスチャンスへの対応も怠らない。
経済連、JA経由での販売が多いが販売手数料について水元さんは「有利な販売のための努力がされているかどうか、それが問われるのではないか」と話す。
一方、取引先の広がりと品目の増加で営農と労務体系が複雑になってきた。そこでTAFが労務管理も含めた営農体系をシミュレーションして、経営支援策を検討して提案する方針だ。水元さんもTAFの機能に期待する。
末吉町で繁殖牛200頭を育てる上岡義孝さん(37)。黒牛は決して強い牛ではなく病気の発生に神経を使うし、出産から9か月と短期間で出荷するため、飼料は「より信頼できるもの」が必要になる。JAの飼料にもその信頼に応えるものが大事だという。
また、法人化も目標にしているが畜産経営のことを分かる税理士がなかなかいないことが課題だと話した。
今、TAFではこうした法人化へのニーズに対応するため、今年から記帳代行システムを開発し、定期的な経営状態のチェックから青色申告までJAが代行するという取組みを始めている。
TAFに求められる水準は次第に高度なものになってきた。とくに経営分析に通じた人材育成が課題だ。法人化の進展で地元金融機関なども融資や経営支援などを働きかけている。そのためJAでは「経営も分かり畜舎のなかで生産者の抱えている課題も見つけられる」のが今後のTAFの農業支援、担い手支援だと考えている。 ◆地域づくりへ結集度を高めて
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新規就農研修中の3組の夫婦 |
また、曽於郡内には町とJAで設立した3つの農業公社がある。いずれも新規就農者の受け入れを促進しており、志布志町ではこの10年間で24戸が都会から就農、人口で68人増えた。今では同町のピーマン部会の部会員の半数以上が新規就農者になった。TAFはこうした新規就農者にも足を運んできた。意欲ある人々だとはいえ見知らぬ土地では営農から生活まで不安も多い。JAへの理解促進とともに地域住民、農業者として自立できるよう支援をしている。
TAFは、農家対策「特別」班としてスタートしたが、今や特別な存在ではない。その必要性が理解されメンバーも増えている。悩みや夢に耳を傾け、時代にあったJAの事業方式を模索し、解決策として示す。
「組合員の悩みを解決していると自ずと結集度が高まってくる」(伊集院参事)
21世紀型JAづくりの具体的な実践がここにある。
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