◆農山村で進む空洞化
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おだぎり・とくみ
1959年神奈川県生まれ。東京大学大学院博士課程修了、(財)農政調査委員会専門調査員、東京大学農学部助手、高崎経済大学経済学部助教授、東京大学大学院助教授を経て、2006年より現職(農学博士)。専門は農政学・農村政策論(農村ガバナンス論)。地域リーダー養成塾(地域活性化センター)主任講師を兼任。著書に、『日本農業の中山間地帯問題』、『中山間地域農業の共生システム』(共著)、『自立と協働によるまちづくり読本』(共著)など多数。 |
いま農山村では、地域社会の空洞化が進行している。
筆者は中山間地域を対象として「人・土地・ムラの3つの空洞化」を指摘した。しかし、世紀の変わり目あたりから、これらの現象の一部は、農山村一般にも拡がり始めている。「空洞化の里下り現象」である。いまや、地域社会の空洞化は中山間地域の専売特許とは言えない状況となっている。さらに、空洞化の出発点となった中山間地域では、「限界集落化」が進んでいる。集落機能が決定的に後退するこうした現象は、近年ではマスコミでも頻繁に取り上げられている。
しかしながら、こうした変動さえも事態の表層にすぎず、その深層にはより本質的な空洞化が進んでいる。それは、地域住民がそこに住み続ける意味や誇りを喪失しつつある「誇りの空洞化」である。
◆地域再生の現場力
農山村はこうして著しく困難な状況にある。しかし、にもかかわらず、それに抗する途は、やはり現場から示されている。「地域再生の現場力」は、農山村でも確かに見られる。
今回の特集でまとめた6つの地域もそうした現場力にあふれる地域である。これらの地域を訪ねると、共通して、地域再生の目標が、「所得増大」や「若者定住」だけでなく、それらを含みつつも、より幅広い課題、すなわち「安心して、楽しく、少し豊かに、そして誇りを持ってくらす」という点にあることに気がつく。
この点は、事例のひとつである鳥取県智頭町の「ゼロ分のイチ村おこし運動」が典型的である。そこでは、「地域を丸ごと再評価し、自らの一歩で外との交流や絆の再構築を図り、心豊かで誇り高い智頭町を創造する」という目標が、スタート時点から位置付いている。
このように、「誇りの空洞化」に対抗する「誇りの再建」をも含む幅広い課題に対応するプロセスが、「地域づくり」(地域再生)と考えられる。したがって、それに取り組む視点は、より奥深いものでなくてはならない。思いつきや一時しのぎの対応、さらに「言葉の遊び」では歯が立たない。いま必要なのは、有名なコンサルが得意とする「語呂合わせ」や「キャッチコピー」ではなく、再生の糸口の立体的な組み立てである。
その点も、智頭町の「ゼロ分のイチ村おこし運動」をはじめとして、この6つの地域では、かなり考え抜かれた対応がなされている。それらをまとめると、次の3つの柱に分解することができそうである。
◆参加の場づくり ―地域づくりの 第1の柱―
第1に、「参加の場づくり」である。いうまでもなく、地域づくりは地域住民の参加によって成り立っている。しかし、地域の中で住民の参加は自然に実現するものではなく、その仕組みを意識的にセットする必要がある。特に農山村では、地域の意思決定の場から女性や若者が排除される傾向が強い。集落の寄合などで「一戸一票」制を原則とするからである。そこで、地域内に暮らす人々が、個人単位で、地域と関わりを持つような仕組みや、地域を支援しようとする都市住民やNPO等も参加できる仕組みへの再編が求められている。
熊本県旧三加和町(和水町)の十町地区の地域組織である「夢ランド十町」で、その発足にあたり、「役員は男女同数とする」としたのは、そうした点を意識したためである。筆者をはじめこの地区を訪れる者が必ず圧倒される女性パワーの源は、このような仕組みを突破口としている。そして、その女性パワーはいまや「ちびっ子夢ランド」という地域での自主的な子育て支援にもつながっている。手作り版「教育再生」であろう。
また山形県西川町の大井沢地区で、「地域づくり計画」の原案づくりを45歳以下の地域住民で構成する「大井沢元気を創る会」に委託したのも、参加の場づくりの工夫であろう。それ以降、地域の若者達は、地域づくりに本気になり、「学生助っ人隊」という外部の支援組織づくりなどの成果を生み出している。参加の場の革新が新たな参加を生み出している好例であろう。
◆カネとその循環づくり ―地域づくりの第2の柱―
第2の柱は、「カネとその循環づくり」である。世帯所得の急落が進む中で、公共事業に依存しない農業を含む地域産業の育成が改めて地域課題となっている。さらにその所得が地域内で再投資され、新たな経済循環が形成されることが重要であろう。
その具体的イメージは、新潟県山北町山熊田集落の「さんぽく生業の里企業組合」が示している。それは、次の4つの要素に分解できよう。
第1に、当然のことながら「第6次産業型経済」である。第2は「交流産業型経済」。山熊田集落の体験ツアーの多くはリピーターである。こうしたことから、実は交流は産業としての成立可能性も小さくない。第3には、「地域資源保全型経済」の実践である。地域に固有の地域資源を利活用するだけではなく、その地域資源を地域が保全し、磨き上げる過程を担っている点を外部にアピールすることが必要である。こうした地域資源の形成―磨き上げ―利用―保全というプロセスが、ひとつのストーリーとなって、商品に埋め込まれた時に、都市の消費者の強い共感が生まれる。10数に及ぶ行程を丸1年かける「しな織り」にはそうしたストーリー性があり、来訪者の共感が「しな織り」製品の購入につながっている。
そして、第4に「小さな経済」の構築である。農村経済の縮小は引き続いているが、しかし地域住民が現状の所得に追加して、期待するものは必ずしも大きな金額ではない。それは、性別、年齢別に差違はあるものの、月単位で見ればおおよそ5万〜10万円が多数を占める。また高齢者層では3万〜5万円というレベルである。つまり、年収に換算すれば、それぞれ60万〜120万円、36万〜60万円に過ぎず、このような小さな所得形成機会を確実に地域内に作り出していくことが重要となっている。
◆暮らしの「ものさしづくり」 ―地域づくりの 第3の柱―
そして第3の柱は、暮らしの「ものさしづくり」である。地域に暮らし続けることを支える価値観は、なにもせずに身に付くものではない。特に、画一的な都市的価値観が深く拡がっている日本では重要な課題である。そうした中で、自らの暮らしをめぐる「ものさし」の確立のためには、かなり意識的な取組みが必要である。近年各地で実践されている「地元学」の試みは、それを十分に意識したものであろう。
その点で、山口県山口市仁保地域における取組みは先発事例であろう。「列島改造」ブームが席巻した高度成長期末期に、「近代的いなか社会」の建設を地域のスローガンとして掲げ、「人情があること」と「農業を大切とすること」を地域のものさしとして位置づけている。その後の展開はレポートにある通りだが、本事例で一番注目していただきたいのはこの点である。
また同じ山口県の旧錦町(岩国市)三分一集落の事例では、現在ではわずか4戸の小さな集落ではあるが、都市部に他出した子世代を含めた地域の「ものさし」を構築しようとしている事例である。中山間地域等直接支払制度の2期対策における集落協定の締結を契機として、他出した者を含めた地域ビジョンの検討が行われた。
子世代として休日には集落に戻り営農組織のオペレーターを勤めるNさん(44歳)は、筆者らのヒヤリングに対して次のようにいう。「その地方にしかできないことをしっかり守っていくことが、町のためだったり、岩国市のためだったり、ひいては国のためになるんじゃないかと思う。この一つのこの地域を見捨ててしまったら、それはもう国を見捨てるようなことだと思うんですよ。僕らにも小さいけども何かできることがまだ地域であるのではないか。一生懸命出身地の方に愛情を持って、接していくことで、何かできることはないかなと思ってるんです」。
◆農山村の再生を支援する政策課題
しかしながら、こうした「地域再生の現場力」だけでは、現在の格差社会における農山村の再生は困難であろう。
以上の取組みが「地域の自立(自律)に向けた内発的発展」だとすれば、そうした活動の基盤を支える「国土の均衡ある発展(都市と農村の格差是正)」も重要となる。しばしば、国土計画の場面では、後者から前者への課題の転換が指摘されているが、そうではなく「自立と均衡」の「二兎」を追うことが必要である。現在検討中の国土形成計画(ポスト全総ー全国総合開発計画)をめぐる大きな論点であろう。
そこでは、ともすれば「小さな政府」の流れに押されて、議論が「自立」論へ流れやすい中で、国土における都市と農村のあり方から論じる骨太の議論が欠かせない。
その具体的な政策領域は、(1)地方交付税(2007年度新型交付税導入)、(2)過疎対策(2010年過疎法期限切れ)、(3)食料・農業・農村基本計画(2010年に新計画策定)、(4)中山間地域等直接支払制度(2010年第3期対策)という広がりを持ち、かつ重要課題がここ2〜3年で目白押しとなる。
限界集落の消滅集落への転化、「誇りの空洞化」が加速化することが予想される中で、「自立と均衡」の「二兎」追求の具体化は急がなくてはならない。
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