◆廃業した農場から新たな動き ―都市が支える農業の再生
鈴木(宣) ここまで米国農業の問題点を話し合ってきましたが、今度は有機農業の広がりなど最近の新しい動きについても紹介してもらいたいと思います。佐藤先生、いかがですか。
佐藤 慣行栽培の農産物価格が低迷しているので、付加価値をつけようという発想かもしれませんが、有機認証制度も整備され、それ以降、市場としてはまだ小さいですが、有機栽培農産物は急激に伸びています。また、酪農経営でも小規模経営の生き残り策として有機生乳の販売に取り組む動きも目立ってきたと思います。
それからコミュニティー・サポーテッド・アグリカルチャー(CSA:シー・エス・エー)という動きもあります。日本語では「地域が支える農業」と訳されています。野菜を中心とした多品目の少量生産をする農家が直接消費者と年間契約して、週1回ぐらいのペースで契約期間中にお野菜ボックスを供給するものです。
これは先ほど話しました都市近郊の農場の廃業ともかかわっています。東海岸や中西部のCSAは、地域から農業生産がなくなってしまっていいのかという考えから、もともとは農家でない人が、廃業した農場跡地へ新規参入して有機農業をはじめるわけですが、そのときに最初から都市部の住民と産消提携して農業を持続しようとしています。連携しているのは都市の消費者ですが、単に安全でおいしい農産物がほしいというだけではなく、何か新しい社会的なつながりをつくりたいという気持ちがある人たちが多く結集しているようにみえます。
つまり、都市のなかから出てきたといいますか、都市によって成立が求められた農業であり都市の力で動いている農業という印象を受ける動きですね。
鈴木(宣) それは日本にもヒントになるようなネットワークづくりですね。
私が訪米のたびに感じるのはファーマーズ・マーケットが非常に伸びていることです。年に1度滞在する大学のある町では、毎週ダウンタウンでファーマーズ・マーケットが開かれるんですが、そこの野菜や卵が非常に品質がいいんですね。値段は3、4倍して日本よりも高いぐらいですが、一度そこで買うと、もうふつうのスーパーでは買えなくなってしまいました。日本にいるときよりも食費が高くつくほどです。開催回数も増え賑わっていますが、米国の消費者もいいものを求めて集まっている。日本の農産物は高いというけれども、実は米国でも高品質のものは高いということです。
◆「良いものは高い」は米国でも
鈴木(昭) 高度経済成長をとげた国での食料供給で共通しているのは、完成された消費者とでもいうのでしょうか、本当の食料を求める消費者層といいますか、その人たちに供給できる体制を徐々に整えつつあるのかなという気がします。
日本でもそうですが、値段で買う人、健康で買う人、味で買う人などいろいろだと思いますが、その消費者を狙うというのではなくて、こちらからニーズを掘り起こして提供していくことが今後は求められていくと思いますね。
これまではリサーチしてニーズを探し当てるというのがマーケティングだと考えていましたが、これからは米国でも日本でも、こういうものなら消費者はほしいのではないか、と新たなニーズを提供していき、その人口をいかに多くするかということが光の部分であり、それは経済成長と並行してうまく育っていく分野ではないかと思います。
◆日本農業の進むべき道 ―高品質生産だけで守れるのか
鈴木(宣) 今の鈴木組合長のお話に今後の日本農業へのヒントがすでに十分含まれていると思いますが、一方ではいわゆる米国型の大規模農業に向けて構造改革を進めなければいけないという議論を日本ではしています。しかし、今日話し合った米国の実態をふまえて日本はどういう点を米国から学び、あるいは学ばずに、日本の農業を日本らしく発展させていくべきか最後に議論できれば思います。佐藤先生はどうでしょうか。
佐藤 ひとつ考えなければならないのは農業というと食料生産だとすぐに考えてしまうわけですが、今、エタノール生産が非常に脚光を浴びていますね。そのために米国のトウモロコシの輸出仕向け分が近い将来なくなりそうだという報告もあります。今後もエタノール工場の建設が各地で予定されていますが、それは農村地域の産業づくりとして進められているようです。また、昨年はオーストラリアが大干ばつで大変なことになっていますね。
そこで問題は世界の農業生産が安定して推移すると見ていいのかということと、一方、日本の場合は自給率も非常に低いなか、これ以上農地面積を減らすといざというときに困るということです。
ただ、そのときに高品質生産だけで国民の心をつかむことには立ちゆかない部分があるのではないか。日本社会では格差が広がり低所得者層が増えていくとすれば、やはり食費にあまりお金は使えないという人が出てくるわけです。それは逆に単に高品質生産だけでは一部の農家しか生き残れないという問題にもなると思います。もちろん農家の経営改善の努力として高品質化は今までもめざしてきたことですが、今後の議論では片手落ちではないかということです。
鈴木(宣) 重要な指摘だと思いますが、実は私の意見と少し異なります。私は米国や豪州のような新大陸型の農業といくらコスト競争をしても土台話にならないので、小規模でも本当にいい農産物をみなさんに届けるんだという原点に返って消費者と結びつくという、高品質化をめざすしか道はないのではないかというのがひとつの考えです。
佐藤 もちろんそれは賛成ですが、問題なのは残念ながらコメの消費が減退していくなかでは、いくら高品質のコメを作っていても、やはりコメを作れない地域が出てくるだろうと思います。そこをどうするか。低コスト競争では生き残れないというのはその通りだと思いますが、だからといって高品質生産だけでも今の日本農業は守れない、というのが現実ではないかと思います。そして今の農政の方向は、生き残れない部分に対して、もうついてこれなければそれでいいだろうということになっているのではないでしょうか。
◆農業生産基盤の維持こそ課題 ―政策のあり方を問う
鈴木(昭) 佐藤先生のご指摘を一農家として考えると、実は食料の生産基地というのは地球上で絶対的に決まっているということだと思います。それは面積も含めてそれ以上いくら生産しようとしてもできない。農業生産ができるところは限定されているわけですね。
それを経済の効率性だけで荒らしてしまっていいのか、ということです。ここがいちばんの基本的なところではないかと思います。しかも世界の人口は増大しているわけですから。このことをふまえると農業生産ができる土地で農産物を作らないというのは基本的に間違っていると思います。
しかし、今の政策は、米を作らないためにおおざっぱにいえば3000億円使っているわけですね。ところがその額で1俵1万2000円の米が150万トン買える。だとしたら作らないために3000億円を使うのではなく作ったものを買い上げればいいのではないか。それは先ほど指摘のあったバイオエネルギーに使えば何百万klものエタノール混合ガソリンが製造できるはずですし、あるいは飼料向けでもいい。
こういうことであれば農地は守れるし農家もやる気が出ると思います。
一方で高品質のものを作るということももちろん大事です。
これはひとつの例ですが、私は今、韓国農協中央会と業務提携してキムチを作っています。本場の韓国から薬味を持ってきて白菜はわれわれが作り、職員を派遣して技術を教わって加工するというものですが、製品を見た韓国の関係者は、このキムチを韓国に売り込まれたらどうしようと言っていました。こっちも真剣に考えなければいけないと。
そういう意味で私たちの生産技術は高いと思う。私が組合員や営農指導員に言っているのは、この国で農業をするということは金庫のなかで農業をするということだ、手を伸ばせばどこにも札束がある、と。なのに手を出しもしないで、だめだ、困ったと言っているんじゃないかということです。たとえば、1反分の白菜をキムチにすると最終売り上げはいくらになると思いますか? 700万円ですよ。1町歩なら7000万円です。
ですから、これからの光ということでいえば、やろうと思えばチャンスはゴロゴロあるということです。
佐藤 そのときにアジアの市場が日本に開けてくるのが先なのか、それとも日本農業の生産力が落ちてくるのが先なのか、という点は心配ではないですか。
鈴木(昭) 心配ということよりも政策の問題だと思います。いろいろな専門家が言っておられますが、大切なのは当面の自給率というよりも最低カロリーで1億2000万人の食料を生産できる農地を確保しておくことだということでしょう。それが基本ではないかという気がします。
◆地域支える小規模農家を保護 ―米国の酪農政策
鈴木(宣) そういう意味で言うと米国の補助金は手厚いですね。まさに鈴木組合長が言われたように、ある農地を全部使えるようにしているわけです。そして農産物が余れば安い価格で輸出できるような実質的な輸出補助金で余剰生産物をはき出している。一方、日本は非常に閉塞的なかたちになっていて、余ると、今後は作らないようにしなければならないという選択肢しかないような政策体系になっています。
鈴木(昭) 今度の品目横断的政策で日本は対象となる要件を決めていますが、こういう枠をはめているのは日本だけだそうですね。
鈴木(宣) その点で言いますと、米国の酪農政策はバーモント州などでは小規模の酪農が地域を支えているから、小規模の酪農に対してだけ支払う補助金を新設したりしています。日本とまったく逆の動きがある。米国のほうが農業を守る、農地を維持することについてよく考えているのではないかと思います。米国から学ぶとすれば重要な点です。
佐藤 一方で米国は加工段階や流通段階では大企業が大きなシェアを占めているので、食に対する情報が限られていると思いますね。たとえば、遺伝子組み換え農産物(GMO)でも、表示が義務づけられていないので、自分はGMOからできた食品を食べていないと多くの人が思っています。しかし、トウモロコシで60%以上、大豆で90%以上がGMOですから、飼料用・加工用仕向けが大半であっても、何らかの形で消費者の口に入らざるを得ないはずなんです。
そういう点でいえば、消費者の心をつかむために単に高品質というだけでなく、地球環境問題や世界的な食料確保の状況などを伝えていくことも大事になると思います。
◆農業者が元気になれる 課題を掲げて
鈴木(昭) やはりまともな政策とは何かということですね。私は今回の農政転換の議論で、4haや10haで国際競争力は付くのか? と言ってきました。300haあれば競争力がつくとしても、それはこの国の農地の条件ではできっこないですよ。
鈴木(宣) 規制緩和さえすれば強くなるんだというわけですね。それは暴論です。大規模効率一辺倒の農業を日本でしようと思っても無理だし、財界が考えているように規制緩和をすれば米国や豪州に近づけるというのは幻想だということです。また、それだけがんばっても米国農業は多くが赤字だから政府が補てんしながら農地を守っているということです。
ただし、農業の方向としては米国でも新しい有機農業やCSAといった動きが出てきているように、その点では日本農業はすでに強い面も発揮しているわけですから、それをさらに評価していくことが結果的に農業を維持、発展させていくことになると思います。
ありがとうございました。
座談会を終えて
「米国農業の光と陰」という両面の議論を展開する予定であったが、売上げの非常に少ない農家が大きなシェアを占め、そういう農家の廃業も多く、一方、最も優良な大規模経営層でも、政府の補填で何とか赤字を免れている現実が生々しい具体事例で語られ、陰の部分が際立つ展開となった。規制緩和し、規模拡大さえ進めば、すべてうまく行くという発想が日本にはあるが、あれだけ土地条件に恵まれた米国でさえ、それは幻想に近く、現実は厳しい。あえていえば、酪農では小規模層に絞った補填策も導入するなど、全体として、我が国より手厚い農業支援体系が、かろうじて米国農業を支える光の部分といえなくもない。もちろん、環境にやさしく地域の消費者と密着したオルタナティブ・ファーミング(代替農業)の動きが米国でも目立ってきていることは新しい光明の一つであろう。我々は、農業大国、米国の現実を直視したい。
(鈴木宣弘) |
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