◆落営農を位置づけたことで多様な営農形態が可能に
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ふじ・しげお
昭和28年東京都生まれ。中央大学法学部卒。52年JA全中入会、農業基本対策部次長、食料農業対策部長、農政部長、基本農政対策部長を経て平成18年より現職。 |
阿部 構造論の捉え方が少し私は違いますね。
30年前の構造改革は、兼業農家から農地をはがして特定の農家に集積して規模拡大をはかるという政策でしたが、30年かかっても、まったく成功していないと思います。私は日本の農業の基本は家族経営農業だと考えています。ところがその家族経営の90%は兼業農家に変化したわけです。これは西も東も同じだと思いますね。その圧倒的な兼業農家から農地をはがして集積することは成功しなかった。そこに構造政策の問題点があったのではなかったと思いますね。
だから今回の政策転換で全中が一所懸命に集落営農を主張し認めさせたことに大きな意義があるわけですし、最大の成果だといえますね。
冨士 西日本では担い手に農地を集積して経営規模で10haとか大きいところでは40haというところもあります。しかし、そうした個別経営の担い手への集積だけではうまくいかないということは明らかなので、今回の政策転換のときに、集落営農を入れ込んだ。そのことで地域の条件にあわせた多様な形態が可能になったわけです。それが今度の政策転換の核心なんです。
もう一つ大事なことは、いままでは農業経営は、農地所有とか利用権設定とか農地上の権限をもっていないと「農業経営」とはいわなかったわけです。しかし今回は、基幹作業の受託で、農地上の権限がなくてもいいと従来の概念を変えて集落営農を政策上位置づけているわけです。そのことで、地域の実態に応じて多様な形態でやれるわけです。
◆“協同のムラづくり”が目的 法人化が目的では集落営農が壊れる
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むらた・たけし
昭和17年福岡県生まれ。京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程中退。金沢大学教授、九州大学農学部教授、同大学大学院農学研究院教授を経て、平成18年より現職。主著に『農政転換と価格・所得政策』(共著、筑波書房、2000年)など。 |
阿部 集落営農は農協運動としても農政運動としても画期的なことだといえます。しかし国は「法人化」といいますね。私は法人化は結果であって目的ではないと思います。法人化を目的にすると画一化され、多様ではなくなり、集落営農は壊れていってしまいます。法人化を否定しませんが、それだけでは私たちが主張した担い手の多様化論は崩れます。
もう一つは、農協運動としてどう集落営農に全面的に取り組むのかです。一つはこれから家族経営で農家がやっていくための条件整備です。もう一つは、協同のムラづくりです。住んでいる集落、住んでいる場を活力あるものにどうつくっていくのか。それが目的であって、法人化は後でいい。
村田 家族農業経営の条件整備についてもう少し具体的にお話いただけますか。
阿部 いまある農機具をみんな持ち寄ると余るわけです。それだけコストがかかっていることを体験すればいい。丼勘定で赤字でもやってきた。それを集落営農でやればそのことが明らかになるわけです。
冨士 集落営農が全国に1万ありますが、その半分は農地を守るとか祭りとかムラの共同作業をやる集落営農なんです。そこから機械の共同利用とかが出てくるわけです。西日本の場合は協同営農から入っていってから祭りとか集落の自治活動をやるようになるなど様々な型があると思います。
村田 そのときに農協が集落営農づくりのサポート役になるかどうかですね。
阿部 行政関係には「選別」が浸透しているから、集落営農なんて頭の中にないんです。
冨士 政府からすれば経営体に直接補助金を渡すわけだから、会計のキチンとした経営体でなければいけない。経営体を突き詰めれば法人だから法人が一番いい形だとなる。しかし、経営体もさまざな形がある、農作業を受託しているだけでも農業経営だと認めさせて位置づけたわけです。いろいろな多様性を包含できる集落営農を位置づけたわけですから、そこをうまく使っていくことだと思います。
阿部 農協運動として集落営農を展開することが農政運動につながるんです。
高田 運動論が本当に希薄になりましたね。
阿部 集落営農を展開していけば必ずそういう問題意識を持つようになりますよ。
村田 問題は集落営農が品目横断対応型でやるからまだ魂が入っていないわけです。阿部組合長のいわれた“協同のムラづくり”が、これからの課題になりますね。 ◆農政転換はWTOを見据えた総仕上げ
村田 品目横断的経営安定対策は、3年持てばいいと現場ではみられています。とくに生産調整を国が手を放して農家に任せるというのは、九州からみれば、東北は米単作で突っ走るだろうから崩壊せざるえないだろうということです。
阿部 全農に半分も米は集まらないんですよ。これで全国的に生産調整を成功させることはできますか。
村田 結果として生産調整が崩壊してわが国農業の生産場面で大激変が起こる。と同時にそれは、日本の農業構造のあるべき方向も、担い手と集落営農一体の多様な担い手で行くしかないということがはっきりしてきたということだと思います。
そういう段階で新たに出てきた日豪FTA問題はやっかいな問題ですね。なぜかというと、財界にとって豪州は何かというということを日経連の「日豪経済連携協定の早期交渉開始を求む提言」では「相互補完的な輸出入関係にあって、とくに豪州は石炭・天然ガス・鉄鉱石・牛肉等のわが国とって不可欠な資源・食料の生産国であり、同国との関係強化はわが国における資源エネルギーおよび食料安全保障上重要といえる」としています。いままでの東南アジア諸国との関係とは全然違うわけです。
高田 中国市場の動向をにらんだ財界の思惑が顕著に表現されていますね。
村田 阿部組合長がいわれた食料自給率の問題の国民的な決着が迫られてきていますね。
高田 先ほど紹介した内閣府の調査などを、もっともっと国民の目線に触れるようにしなければいけないですね。
阿部 財界は今回の農政転換をWTOを見据えた総仕上げと位置づけていると思います。だから、家族経営を基盤とする農協は、自由化路線にとって邪魔なんですよ。農協解体論もポイントはそこにある。全国で営農指導に1000億円投資していますが、これは信用・共済を含む総合農協として出しているわけです。もしこれが解体されたら営農指導資金を出すところがない。徹底的に選別した農家だけでいいという彼らのいう通りになってしまい、地域農業社会の維持など関係ないということになる。
◆農政に目覚めることが「再結集」の鍵
冨士 日豪のFTAでの農業への影響について自民党は3兆円と試算しています。麦とか牛肉・乳製品といった品目に直接与える影響は8000億円くらい、米は約6000億円。あと1兆6000億円は運輸とか製造業はじめさまざな地域経済です。当然、乳業は700社全社に深刻な影響を与え、製粉業は9割が潰れる。砂糖も沖縄などの島は無人島化してしまいますから、単に3兆円ではおさまらない、日本の社会や地域経済全体に大きなデメリットを与える問題です。
一方でどんなメリットがあるのか。鉄鋼はすでに関税ゼロです。中国との競争で安定供給を確保したいといいますが、FTAを結んだからといって確保されませんよ。中国が日本より高く買うといったら中国に行ってしまう。確保するためには高く買うしかないわけです。資源エネルギーの安定供給に資するといったって、豪州が必ず日本に出すという約束はしません。そこのどこに国益があるのかといえますね。
高田 国民全体が、日本の農村社会が崩壊したときに食料安全保障というものが、国民生活の安全性とか、もろもろの安全保障でもあるということを分かっているから、内閣府調査のような結果になるんでしょうね。
私たち農協組織がそれをどうサポートしていくか、リードしていくかですね。なぜ自給率なのかとか「なぜ」を含めた政治活動に結集しきれていないといえますね。
先ほどの「組合員の再結集」も含めていえば「農政に目覚めよ」ということが大切ではなかろうかと私は思います。もう一度、農民に政治に関心をもたせる方法はないかと思いますね。
◆真摯に水田農業に取組む姿に消費者が共感
村田 これまでのお話で、新たな農政に対して、JAグループが多様な担い手論を展開し、集落営農で対応したことは、これからの日本農業にとって重要な提起であり実践であったといえます。そういうなかで自給率についても議論していただきましたが、これからの課題として「食と農を結ぶ活力ある農協づくり」をどれだけやれるかが、70%の人が自給率が低いという声を政治に反映させる声にできるかのポイントだと思います。
高田 私たちは農業団体ですから農業生産を振興し、組合員の所得を確保するためにやってきましたが、食について睨みきれていなかった、やり切れていなかったと思いますね。BSE問題など食の問題が社会的にクローズアップされ、食育基本法が制定されましたが、これに対応していろいろな形で連携をはかっていかなければいけないと考えています。
阿部 「食と農を結ぶ活力ある農協づくり」は、自給率にもつながるし、集落の活性化にも、食の安全性にもつながり消費者とも直接つながっていくわけで、先ほどからいっている集落営農論を農協運動の中心にすえてもっともっと展開していくべきですよ。
村田 その心を環境保全米がつないだと思いますね。
阿部 無登録農薬問題とかBSEとかいろいろな社会問題が起きて食の安全性問題が顕在化しましたね。それと相前後して米政策改革が打ち出され「売れる米づくり」が提起されました。そこで「売れる米づくり」とは何かと考えたら、結局、安全・安心という消費者を意識したものでなければ勝てない。そこで「赤とんぼの乱舞する地域復活」を合言葉に、環境を保全していくことが農業の前提だと考え始めたわけです。そういう姿勢で水田農業に取り組んでいる姿が消費者に認められるという考えですよ。
◆素材から製品まで付加価値の高い事業へ
高田 時代背景から考えてもおしゃる通りでしょうね。私たちも、人と環境に優しいというテーマで米とか野菜に取り組んでいます。特別栽培米についてはずいぶん早くから取り組んできています。
村田 JA糸島では5年もかけてファーマーズマーケット開設に取り組んでいますね。
高田 基本的な考え方は、農業粗生産額が市場流通面からみて落ちているので、地産地消運動の1つとして管内の消費者に地元の農畜産物を提供しよう。そして農畜産物だけではなくて、漁協・酪農協・森林組合の4つの協同組合が一体となった展開ができないかと検討し、最終的には農家レストランまで併設し、素材から製品までにして付加価値の高い世界に近づきたいという思いで取り組んでいます。そして収穫祭とか地産地消フェスティバルなどを単発的に行ってきていますが、恒常的に消費者と農業が向かい合い、経済的なメリットがあがるようにと考えやっと実現できることになりました。
これができれば多くの消費者が来ますから、農業者団体から自給率とか学習のテーマを提供することもできます。要は人が集まらなければビジネスのチャンスもありませんし、アピールもできませんから、人が集まって経済効果がある施設。それが時代の要請にあったファーマーズマーケットというわけです。しかし、小さいものでは効果がありませんから、農業粗生産160億円のうち20億円くらいはここで販売したいと考えています。
野菜ソムリエに4人が受講していますが、ここで働く全員に野菜ソムリエの資格を取得してもらい、どんな相談にも応えられるようにしたいと思います。
供給は管内の専業農家を中心に8割を確保し、足りない部分は協同組合間提携でと考えています。
冨士 お2人のお話を聞いて感じたことは、農協が懸け橋となって生産者と消費者をつなぐわけですが、そのときに事業論と運動論を同時にもってやらないとダメだということです。それを展開するトップマネジメントの力が必要だということですね。
村田 今日は大変貴重なお話をありがとうございました。
座談会を終えて
JAみやぎ登米・阿部組合長とJA糸島・高田専務を中心に全中冨士常務のコメントをはさみ、2時間があっという間の座談会であった。「農協問題は組合員の離反にこそある」とされる阿部組合長、「農業協同組合としての看板に偽りのない事業をやろう」とされる高田専務の確信に満ちた主張をお聞きするなかで、「今、農協に必要なのは、事業と運動を同時に展開するトップマネジメントの力だろう」というご指摘がまさに的を射たものだと納得させられた。
この座談会が提起しているのは、ひとつには、「担い手経営安定新法」農政にJAグループが集落営農を認めさせたことの意義の大きさと、したがって「協同のムラづくり」をめざして農協は集落営農の本格的な推進をリードすべきだということである。いまひとつは、WTOとFTAの自由化圧力がさらに強まるなかで、JAグループは、あるべき食料自給率の議論、したがって健全な農村社会の存在とわが国社会の今後についての議論を、国民に仕掛けるべきではないかということである。「食と農を結ぶ活力ある農協づくり」にとって重要な問題ではなかろうか。(村田) |
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