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梶井功氏・利谷信義氏・上村協子氏 |
豊かな発想をもつ女性の発言を活かすために
◆女性の貢献を正確に認識し評価すること
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としたに・のぶよし
昭和7年生まれ。東京大学大学院修了。東京大学教授、お茶の水女子大学教授、東京経済大学教授を経て現職。主な著書に「家族の法」(有斐閣、1996年)、「現代家族法学」(編著、法律文化社、1999年)など。 |
梶井 農業・農村における女性の地位について利谷先生はどうみていますか。
利谷 農業・農村における女性の地位は上がってきているとみています。非常に進んだ経営主と話をするとそのことを認めています。そして「家の財産はみんな母ちゃんのものみたいなものだ」といわれる。「みたいなもの」なら全部奥さんの名義にしたらというと、「それはちょっと具合が悪い」といいます。つまり「ものみたい」とか女性の力は強いといいながら、その裏づけとなるものを与えていないのが現実ではないでしょうか。その事実から出発をして、女性も自分の働いたものを取得することができるというのが、正しい方向だと思います。家族経営協定のめざしていることの1つでもあると思います。
梶井 農協の理事は法定上は有限責任です。しかし、事実上は無限責任を問われることが多いので、農協で女性が理事になりにくいというのが現実です。その現実のどこをどう変えれば、女性理事としてきちんとやれるのか。その条件を詰めないといけないと思います。
利谷 女性が果たしている役割を正確にみんなが認識することが必要です。農業就業人口の6割弱が女性です。そして農畜産物の生産・加工・流通で大きな役割を果たしているのは女性です。そういうことをはっきりと評価しているのでしょうか。
梶井 役割は評価し、認めてはいるもののそれに伴ってどのような権利を与えるかとなると、そこに断層があるんですかね。
◆個人の発言や活動を保障する仕組みをつくること
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うえむら・きょうこ
昭和30年生まれ。お茶の水女子大学大学院修了。東京家政学院大学専任講師、同大学助教授を経て現職。主な著書に「財産・共同性・ジェンダー」(東京女性財団、1998)、「現代社会の生活経営」(光生館、2001)、「相続に見る女性と財産」(科学研究費報告書、2004)など。 |
利谷 男女共同参画社会というのは、意思決定過程に参画することが中心です。その1つの表れとして役職への登用の道を開くわけです。そういう点では農業は参画度が低いといわれてもしかたがない状況にあり、現実の寄与とそれに対する評価との間にギャップがあります。
梶井 制度的に塞いでいるわけではないんですがね。
上村 運用面で問題があるのですか。
梶井 農協組合員は制度上は「農業者」ですから世帯が加入単位じゃない。しかし、実際に夫婦が一緒に組合員になっているケースは非常に少ないですし、青年部でも同じですね。だから役員になるベースがないと思います。そのベースのところから変えていく必要がありますね。
上村 認定農業者の場合は、家族経営協定を結べば、1戸の農家から2人の認定農業者をだすことができるように、運用で変えましたね。
梶井 1歩前進だとは思いますが、運用で変えることでいいのかどうか。フランスでは、世帯として農業団体に入っていても夫婦で1つの議決権を持っています。夫婦が平等な経営者として認められ、共同で働いたものは共有の財産になっています。日本はそうはなっていない。
上村 日本では、個人名義の財産を、家族全体のものと捉える意識が強いですね。「夫のものは家のもの」「夫のものは妻のもの」と勝手に思っていることが、女性と財産の距離を遠くしていると思います。農業を生産から消費までの全体の流れでみて、消費者に受け入れられるものをつくるかとか、都市の人も一緒になって農山漁村でよい環境をつくるとか、女性は生活に根付いた面で良いセンスをもっています。彼女たちが提案をすれば、新しいタイプのライフスタイルが生まれると思うので発想の大転換をして、農家としてではなく個人として農業を職業として選択してやる時代だから、その人の資産を認め、豊かな発想を持つ女性の発言を保障するような仕組みをつくることが大事なのではないでしょうか。
梶井 仕事の面ではバリバリやっている人が発言でき注文をつけられるような場をつくることが大事だということですね。
上村 役がつかないと発言はできないし、ある程度の財産をもっていなければ責任をもって発言ができないという大前提があると思います。仕事でも生活でも目標をもって達成しようとすると、基盤となる資産が必要です。だから、女性が自分の貢献に見合った資産を形成し、発言ができるようにする。そのことを保障する組織の仕組みに変えていかなければいけないと思います。
◆自分たちで運動しネットワーク化していく力を
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かじい・いそし
大正15年生まれ。東京大学農学部卒。鹿児島大学教授、東京農工大学教授を経て、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に「小泉「構造改革農政」への危惧―続々・もう一つの農政論」(農林統計協会、2006年)など。 |
利谷 女性の活動が社会的に認められる過程をみると、若嫁さんの時代にはあまり発言力がないですね。いま活動の中心になっているのは、経営主の配偶者です。家族経営協定でも、経営主の妻が主導して夫と家族経営協定を結ぶケースが圧倒的に多いんです。それを基盤にして親の世代を引き入れる。そして後継者も当事者にする。そうして経営に透明性をもたせないと後継者にお嫁さんがこないんです。お嫁さんがこれるような経営にしておかなければというのが、経営主の妻の思いなんです。こうして経営の中で力をつけ、起業活動とか社会参画していく基盤ができるわけです。経営参画と社会参画とがいい関係にあると思います。
梶井 そういう方向へ行かせる支援組織が必要だと思いますが…。
利谷 改良普及センターの人員が削減され、行政のバックアップが弱くなることを危惧しています。女性参画を促進しながら一方で支援を弱くしているわけですから矛盾していますね。
上村 いままでは行政主導で生活改善が進められてきましたが、行政主導ではできなくなった。自分たちで組織化して運動をし、それをネットワーク化していくという力をいまつけなければいけないわけです。それをサポートすることを農協が担っていくといいと思いますね。
利谷 生活改善から始まった運動が経営体の推進とか女性の活動組織そして地産地消にまで進んできており、これは高く評価すべきだと思いますし、女性農業者の原動力になっています。いま「食育」がいわれていますが、これもそういった人びとが担っています。
◆今年を農村女性資産形成のスタート年に
梶井 農村女性の地位を強化していくうえで、上村先生は右手に家族経営協定、左手に経営改善計画をもち「2007年を女性農業者の資産形成元年に」にといっておられますね。
上村 具体的な資産形成の方法はそれぞれの経営で違うとは思いますが、それぞれの農業者に資産が与えられて初めてその地域の活性化ができるし、農業の活性化ができます。このことは、日本だけではなく世界各国に共通していえることです。まず農業を担う人たちが力をつけることで、はじめて農業が外に展開ができると思います。閉じ込められてなにも評価されず力を発揮する場がないところでいくらがんばっても大きく羽ばたいていくことはできません。資産を活用しいろいろなところに貢献できる力をもっている人たちに、いままでは資産を与えてこなかったと思います。能力を開発するためには何らかの力を与えなければいけない。いまの女性農業者に必要なものは資産だし、それを運用していこうという意欲や技術だと思います。
梶井 15年前、ご主人が資産を相続する前に亡くなってしまうとお嫁さんは無権利状態になってしまうので「嫁養子」にし、相続権を主張できるようにしてはどうかと考えアンケートをしたことがあります。
上村 結果はどうでしたか。
梶井 男女を問わず60歳以上の人は概ね賛成で、若い人ほど関心がありませんでしたね。
利谷 千葉・埼玉・神奈川あたりでは現実に行われた例がありますし、最近でもそういう例を聞きます。それは信頼関係がある場合ですね。それと相続権を認めることで相続控除を増やすことができるという税金対策という側面がありますね。
梶井 家族経営協定を結んでいる場合には相続権が発生するようにできませんか。
上村 相続まで待たされるよりは、そのたびに貢献評価されることの方が望ましいと私は思いますが。
利谷 働いた分をきちんと寄与分として資産にしていくことができればいいのですが…。
梶井 女性の地位と権利を強めていく意味で、資産形成を進めていくことは大事ですね。
利谷 実態調査をすると資産を欲しいとはいわない人もいます。それはその人が現状に満足し、自分の思い通りのことができているので、なにも“いえ”の資産を自分名義にしなくても支障がないと思っているからです。しかし、実家の両親が病気などになったときに仕送りできますか? といわれると、自分に処分できるお金がないことに気が付くわけです。もう1つは、資産のことを口にすると「うちの嫁は資産を狙っている」と思われ、人間関係が難しくなることを恐れる気持ちがあり、表面化しにくい面がありますね。
梶井 家族経営協定もいいんですが、経営のパートナーとして認めるような制度的な枠組みづくりを考えなければいけない時期ではないかと思いますね。
利谷 その点はこれからの課題ですね。
◆協力しあう関係づくりも契約、「冷たい関係」は間違い
上村 世代によって状況が違います。いまの70歳以上の人は、自分の労働が評価されてこなかったわけですが、この人たちに対してもきちんと評価をしたいと思います。50歳代60歳代の方は30歳代40歳代のときに力をつけ、経営能力をもっている人が多いわけです。その人たちが、消費者と直結した、今までとは違う農業を展開していくには、資産形成をする必要があると思います。もっと若い人には、職業として農業を選択することでも、資産が形成され夢を実現できるということを示すことが必要だと思います。
利谷 家族経営協定がだいぶ普及し、締結農家数は全国で3万4521戸となっていますが、その内容は労働報酬と休日が主流で、経営資産のところまでは踏み込んでいません。そこへどう踏み込むかが日本農業の将来にとって大きな問題になるのではないかと思いますね。
上村 都市部で家族がバラバラになり、個食が進んできている背景に、日本では契約概念が入りにくいことがあるのではないかと感じますね。農家で家族経営協定を結ぶのは、仕事を家族の中でどう助け合って進めるかを確かめ合う見本であり、都市部の人にもヒントになるのではないかと思いますね。
利谷 契約といっても、売買契約のように個別的な関係を契約するものと、協力関係をつくる組合契約のように一定の人間関係をつくる契約もあります。これは日本でも江戸時代の譲り状など例のあることで、契約は「冷たい関係」というのはおかしいですよ。
◆個人名義の口座を増やす仕組みの提案を
梶井 農村女性の地位を強化するために資産形成をということですが、そのとっかかりとしてはなにがありますか。
上村 中核となって農業をやりたい人には固定資産をきちんと保障する制度を考えていくべきだと思います。内閣府の男女共同参画社会基本計画(第2次)では「固定資産を含めた女性名義の資産形成にも配慮する必要がある」と書かれています。銀行とか保険など金融の仕組みが大幅に変わってきていますから、それをうまく使いこなして消費者とどうつながっていくことができるのかを考え、金融資産を自分なりの工夫でつくっていく方法論を学ぶ機会を提示する組織が必要だと思います。
利谷 普及センターの力もそこまでいかないといけないですし、JA女性組織もそこまでの力をつけた方がいいですね。いまだに自分名義の預金口座を持っていない女性もいますからね。
梶井 ファーマーズマーケットに参加しているおばあちゃんに聞くと、孫へ何かを買ってやることを自前の財布でできるお金が欲しいから、目標は60万円だというんですね。それが励みの源になっているんですよ。
利谷 個人名義の貯金通帳を増やしていくことが大事ですね。
上村 個人農家ではなかなかできませんが、ファーマーズマーケットという仕組みが提案されると、おばあちゃん名義の口座ができるわけです。市場という仕組みは、個人を社会に参加させる仕組みにもなります。
梶井 参加することで社会的に評価される、そういうチャンスをつくっていくことが必要ですね。
ありがとうございました。
鼎談を終えて
05年の自営農業従事者556万人の46.5%が女性だが、農業就業者となると335万人のうちの179万人、53.4%を女性が占める。特に働き盛りの30〜59歳層になると84万人のうちの59.5%、50万人が女性になっている。農業はまさに女性に担われているというべきだろう。
しかし、JA正組合員のなかに占める女性の割合は15.6%でしかなく、役員に至っては1.5%しかいない(いずれも04年の数字)。1.5%というこの数字は農業委員の女性委員の割合が4.2%になっているのとくらべても、農業の働き手としての女性の地位からいって低過ぎるといえよう。
農村女性の社会参画が遅れていることを如実に示す数字だが、女性の地位向上のためにまずはJA女性役員の割合を、せめて女性農業委員割合なみに高めることから始めなければならない。
そのためにも“女性が自分の貢献に見合った資産を形成”することが大事と上村教授は指摘する。同感である。(梶井) |
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