岩手県は温泉の多い所だが、花巻(はなまき)地区にも温泉が集中している。
今回紹介するJAいわて花巻の農作業体験と農家宿泊を中心としたグリーン・ツーリズムも、この温泉の豊富さと関連がある。温泉には以前から小中高の生徒が東京方面などから修学旅行で訪れていた。
平成18年1月1日に1市(旧花巻)と3町(石鳥谷=いしどりや、東和=とうわ、大迫=おおはさま)が合併し、現在は花巻市となっているが、受け入れの先鞭をつけていたのは石鳥谷町である。2泊のうち1泊を農家に宿泊して、農作業や伝統食の体験をしてもらうことを始めた。主導したのは町役場だった。
一方、JAいわて花巻の合併は、前述の花巻市合併と同じ地域内で、平成10年に既に達成されていた。合併を契機にして、JAはこうした活動を管内全体での取り組みに広げた、というのがこれまでの経緯である。グリーン・ツーリズムという呼び方が一般的になる前から活動の実態があったわけだ。
受け入れ農家数は全体で約250戸、1回につき原則1戸に4人ずつが分宿する。
修学旅行まるごと受け入れ
◆5月は毎週旅行生を受け入れ
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左は齊藤和子さん、右は菊池房子さん |
今年、市とJA、観光協会による「はなまきグリーン・ツーリズム推進協議会」がスタートした。JAの営農生活部地域活性課グリーンツーリズム係が宿泊先の割り振り、学校との連絡など一切の連絡調整を引き受けている。
話を伺ったのは、受け入れ農家の齊藤和子さんと菊池房子さん。齊藤さんの家族構成は、父、和子さん夫婦、息子さん夫婦の5人家族。息子さん夫婦は県内の他地域に住んでいるので、実質3名だ。菊池さんは夫婦、娘さん夫婦、お孫さん2人の6人家族。
営農作目は、齊藤さんは田と、畑のアスパラ、小麦、大豆。菊池さんは田と、畑のハウスピーマン、ネギ。ほかにそれぞれ家庭用菜園がある。
受け入れのきっかけについて菊池さんは「平成14年に農協から照会がありました。どんな食事を作ればいいのか不安があり、その年は踏み切れませんでした。体験者に聞くと、普段食べているものでいいとのことで気が楽になり、15年から引き受けました。事実、「ひっつみ」や餅など昔なじみの味が子供たちに大変よろこばれました」と振り返る。
齊藤さんは「平成16年に農協から声がかかりました。15年までの5年間、県の農業者大学校生の宿泊研修を引き受けた経験で、若い子供たちと接するのは、お互いに勉強になると思い、引き受けました」ときっかけを語る。
昨年の受け入れ実績は、齊藤さんが6回、菊池さんは8回。
受け入れ時期は修学旅行時期と重なるので、春は4月末から6月までと、秋は10月。5月はほぼ毎週だ。農作業体験は春の田植えと秋の稲刈りで2人とも共通である。田植機に生徒を乗せたり、田の端の部分に手植えさせるなど、実体験の機会を増やす。秋は刈り取りを一緒に。コンバインにも同乗させる。通常の農作業の時期とずれる場合には、田1枚を刈り残して待っているというきめ細かい配慮も。
齊藤さんのりんごは5月上旬から脚立に乗っての花摘み、摘果、秋の収穫など。アスパラは網張り、草取りなど。菊池さんはハウスピーマンの床づくり、苗植え、支柱の糸張り、ネギの土寄せなど。郷土食「ひっつみ」用の大根、人参を畑から抜いたり、さつまいもの収穫なども。
◆伝統食『ひっつみ』生徒も一緒に作る
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ひっつみの具にする
ダイコン、ニンジンを収穫する子供たち |
食事は1泊分、昼、夕、朝の3食とおやつで、郷土食が登場するのが餅と「ひっつみ」。おやつには「がんづき」(薄力粉、牛乳、くるみ、ごま、砂糖、しょうゆなどで作る。)、「きりせんしょ」(うるち粉、大豆、くるみ、ごま、砂糖、しょうゆなどで作る)など、この地方の昔ながらのお菓子が出る。餅は家でついて、つきたてをきなこ、あんこ、クルミ、納豆などで。クルミの実はすり鉢ですったり、味付けは生徒に手伝わせ、調理を体験させる。「ひっつみ」はちぎったり、具の野菜を切ったりを、やはり生徒に体験してもらう。2人ともほぼ同じやり方をしている。
「ひっつみ」という名の由来は引っ摘むという意味の方言。岩手県の代表的な郷土食の一つで、地域の四季折々の食材を活用するなど、気候風土に根ざしている。中力粉に水と食塩を加えて良く練り、数時間ねかせたものを一口程度の大きさに平たく、手でちぎって鍋にいれる。
◆生徒の学校も訪問し、広がるさまざまな交流
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JAいわて花巻
伊藤牧子調査役 |
合併後、平成12年から修学旅行生を受け入れてきた。最近の実績は、15年度=1486人(13校)、16年度=1802人(17校)、17年度=2936人(31校)、18年度(途中)=2332人と、毎年増えている。
こんな実績をもとに、花巻のグリーン・ツーリズムは横への広がりを始めている。受け入れ農家どうしが連絡を取り合い、状況確認、相談などをしあっているほか、自主的な反省会などもしている。農協主催で地元の食材を使って受け入れ農家が作ったアイディア料理の試食会も。
また菊池さんは他の受け入れ仲間とともに、受け入れをした学校との交流のため、訪問もした。一昨年は札幌の女子高校、昨年は東京・練馬区や大田区の中学など。「大田区の中学には学校側の依頼で、文化祭の時にそれぞれが自家野菜を持って行ってバザーに出品しました。『やわらかい餅が食べたい』との希望を受けて、学校の給食施設で餅をつきました。先生も一緒に、大にぎわいで食べてもらいました」。
文化祭に出席した生徒の父兄も、子供たちの体験ぶりを目の当たりにしたわけだ。
地元の小学校と東京の小学校との交流も始まった。昨年は海岸に出かけ、地引き網を一緒に引いた。農家が東京の学校に出向いて、バケツ苗を作ったり、豆腐作りを実演したりも。来年は県北の牧場に一緒に行く。子供たちは短期間で仲良くなり、別れの時は涙、涙だとか。
JAのグリーンツーリズム係の伊藤牧子調査役は、今後のさらなる広がりをめざして、親の参加も考えたいという。親子での体験や、親だけの農家体験など、方法はいろいろありそうと夢をふくらませている。
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ネギの土寄せを手伝う中学生=菊池さん宅で |
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