◆基本は地域の食材、季節の食
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渡辺勇さんと広子さん |
秋田県仁賀保町(現にかほ市)に17年4月、食育工房「農土香(のどか)」と名づけられた農村レストランがオープンした。旧仁賀保町農協の生活指導員だった渡辺広子さんと、同じく農協職員だったご主人の勇さんが始めた。
この時期の「農土香定食」のおもなメニューを紹介すると、古代米を材料にした紫の甘酒に続き、昔の蒔絵の吸物椀に盛りつけた太い大きな大根、ニンジン、里芋、筍、山菜や青菜、厚揚げやさつま揚げ、こんぶなど実に盛りだくさんの煮物と、女性に人気の古代米のエゴマボタモチ、マイタケやサツマイモ、カボチャやゴボウなどの天ぷらが出てくる。そして朝打ちのそばをとろろそば、あるいはかき揚げや鶏肉入りの温かいそばなどで食べる。漬け物は、いぶり大根のきざみ漬けなど季節の漬け物。食後には大豆コーヒーと米粉ケーキも。
大根は仁賀保高原で自ら栽培した「おでん大根」でほかにも、秋田名物「山内芋の子」、エゴマ、カブや漬け菜などすべて栽培している。
県産あきたこまちを粉にしたパンケーキ、米粉ケーキなど渡辺さんの考案したメニューもあってそれはそれで好評だが、煮物、天ぷら、そば、甘酒、ボタモチなど基本的な料理そのものはまさにニッポンの食。
「地域の土から穫れた季節のものを食べていただく。この工房は私たちが取り組んできた自給運動を私なりに実践したいという思いの延長線にある場です」と渡辺さんは話す。
農村レストランで「自給運動」を実践
◆自給運動こそ食農教育の原点
旧仁賀保町農協の自給運動は1970年代から取組みが始まった。20万円自給、50万円自給などとスローガンを掲げ、年間にその目標分程度は自分たちで作った農産物で食をまかなおうということだった。当時、農村部でも食材を購入するといった母親たちの行動が目立つようになっていた。自給金額は必ずしも運動の目標ではなく、農業に携わっている女性たちが食と健康の大切さ、それを育む農村の良さをもう一度しっかり見つめ、農業人としての自信と誇りをとりもどしていこうというものだった。
渡辺さん自身も、そのころ小学生だった娘の教諭から父兄懇談会で「子どもたちに季節ごとの野菜や果物を書かせたら、トマト、キュウリなどは一年中通して書いた。さらに4本足のニワトリの絵を書く子もいました」という話を聞いてショックを受けた。昭和40年代の農村部で、すでに「旬」が忘れかけられ、食の常識も狂っているのではないかと感じる事態があったのである。そこで渡辺さんは、自給運動に「旬のものを食べよう」という目標を提唱した。しかし、「今、世の中で流行っているじゃないの」、「毒を売っているはずがない」などの反発がわき上がったという。
「田舎のほうがずっと流行、情報が伝わるのが早かった」と渡辺さんは振り返る。こうした運動のなかから農協の女性部を中心に話し合いを続けた結果、「お母さんの免許証」も作り出した。それは春夏秋冬、それぞれの農産物とそれを人間がその時期に食材とする意味について簡潔にまとめ、母として、子どもに生命の基である食の基本を説き、同時に「旬」とは何か、農産物を作るとはどういうことか、食の「常識」を記したものである。
これは今、「農土香」にも掲げられているが、当時の運動に携わった母親たちは代々継続することにして今に至っているという。
「自給運動とは結局、地域の農産物や旬のものが大事だということを肌で分かってもらうための運動。それを作り出す手段を持つ農家でよかったな、この村に住んできてよかったなとお年寄りも思えるようになろうということでした。自給運動とはあくまで目的ではなく手段です」。
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子どもたちへの農業体験や大人も参加する
食話会などの活動にも熱心に取り組んでいる |
◆地域農業と離れた食文化はない
自給運動はかつて「農の生け花」をキーワードに食以外への活動も広げていった。今、「農土香」内には、醤油や酒の瓶をいれたかごや、ザル、カメといった農村の生活用具に、稲穂やアケビ、菊やトマトの枝、花など古いカスリの作業衣や着物で作ったパッチワークのタペストリーを飾って店内を彩っているが、生活や生産に使われていた農具や生活用品も、新たな豊かさを考えてもらう大切な情報になると考えている。
オープン以来、各地のJA女性部も「農土香」を研修の場として訪れているというが、「なつかしい」との声が出ると、渡辺さんは「みなさんの地域の古い道具こそ、土の恵みを一層輝かせてくれるもの。それを生かすも殺すもあなたたち次第。土を持った幸せを感じてほしい」と訴えている。食育といっても、農村女性が取り組むなら、農村文化の創造と継承も大切だとの考えからだ。
また、JA関係者や地元住民に限らず、さまざまな消費者もここの食を楽しみにして訪れ、料理の作り方を聞く人もいるが、「作り方は、みんな教えます」が基本だ。「企業秘密じゃないんですか」とも言われるが、「そこが食育工房の理由。食事工房ではないんです」。
ただし、渡辺さんのこだわりは、日本の農業の現状と決して離れて食があるわけではないという点だ。
たとえば、減反した田んぼで栽培したブルーベリーでジャムを、という発想はない。それを象徴するのが人気の米粉パンと季節の野菜をふんだんに使った米粉ピザ、ケーキ。
「米は健康にいいからとか、米の消費拡大をという理由だけではなく、やはり日本の食文化の中心は米であることを考えてもらいたい。米をないがしろにすれば食文化もだめになる。今、いかにそこを掘り起こしておくか、です」。
◆「懐かしむ」ではなく「生(活)かす」
もうひとつの大人気なのが勇さんのが朝早くから打つそばである。農協職員時代からそば打ちを始めて12年後に「農土香」で出すようになった。別に特別な修業をしたわけではない。あちらこちらの高齢者に習いに行き試作を続け、そのうち畑を借りてそばの栽培にも乗りだし、地元だけでなく信州にも教えを請いに出かけたという。しかし評判になっても「そば屋」と言われるのが嫌いだ。広子さんによれば、農家と一緒の自給運動、なのが信条だという。実際、勇さんが各地のおじいちゃん、おばあちゃんに習ったことから始めたということ自体、それが特別な修業ではなく「伝統を受け継ぐ」ことだと感じられる。
改めて、伝統食とは何だろうか?
「やはり食は命の基。それをつなぐためには、米を主食にとりもどし本来の日本の食生活を基本に地域・日本の農業が大事だということを伝えること。伝統食とは決して懐かしむためではなく今の生活の中に自然に息づかせることだと思う。米・雑穀を中心とした地域の農産物からきちんとした食文化を伝えるには、真の食育活動のできるJA女性部が今こそ出番ではないでしょうか」と渡辺さんは話している。
(農土香 (電)0184−36−2509)
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