全国各地のJA青年組織が今、熱心に取り組んでいるのが「食農教育」活動だ。食育基本法が制定・施行されて国民にも「食育」への関心が高まり学校でも実践が始まっている。だが、「ちょっと待てよ。食の根っこには農があるんじゃないのかい?」というのが盟友たちのこだわり。「土の力、作物の芽吹きや命の誕生の瞬間を知ってる俺たちには食農教育ができるはず――」、そんな思いが広がって活動も活発になってきた。もちろん、きっかけは教育という堅苦しいものではなく、仲間づくりだったり、地域のイベントとしてのスタートだったりとさまざま。でも、気がつくと自分たちの農業のまわりに、子どもから大人、学校など地域を巻き込んだ輪が広がっていたりする。食農教育といいながらも、取り組んでみれば実は「自分たちが元気をもらっているのだ」という声もある。
今年のJA全国青年大会の活動発表でも食農教育をテーマにした事例が多かった。今、食農教育をはじめJA青年組織だからこそできる農と地域の未来づくり活動に期待が高まっている。 |
◆新しい農業の可能性を開く
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JA菊池青壮年部
佐々和宣氏 |
恒例の「JA青年の主張全国大会」で今年、JA全中会長賞を受賞したJA菊池青壮年部の佐々和宣さんは両親と夫婦で養豚経営をしている。兄は農場で育った豚をこわだわりのハムやウインナーに加工して販売。安全安心に育てたものを食卓に責任を持って届ける本当の一貫経営を兄弟で実現した。
そんな佐々さんは2歳の息子に「安心して食べられる物を食べさせたい」と一人の親として思うようになった。
きっかけは七城青年部(支部)が9年前から実施している農業・農家体験の取り組み「七城ファーム・スカウト学校」に関わるようになったこと。参加する子どもたちの農家民泊の受け入れをして、ともに食事をしてみると「食の乱れに驚いた」。朝食バイキングでフライドポテトしか食べない子、残し放題の子、まったく食べない子など、それは目を覆いたくなるばかりだったという。「それほど食事について真剣に考えたことはなかったが自分の子どもを育てていくなかで食の大切さ、有難さが少しづつ見えてきた」。
そこで、ファームスカウト学校で受け入れた子どもたちには農業の話ではなく「毎日の食事」をテーマに話をすることにした。その経験から農家では当たり前の食事のリズムや家族団欒に恵まれていない子どもたちが多いことに気づく。
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ファームスカウト学校の参加者たち |
◆青年部で「食農指導士」育成を
こうした活動から最近では青年部メンバーが小中学校に出かけて食と農について話す活動にも広がってきたが、佐々さんは食についての専門知識がないという壁を感じ、食事について幅広い知識を得て「食育指導士」という民間資格をとった。ところが資格取得のための勉強中にさらに問題を痛感する。今度は、この資格では「農業との結びつきが希薄」だということが分かった。
こうした体験を通じて大会で佐々さんはこう提言した。「私たち青壮年部が農と食をつなぐ架け橋となる取り組み、『食農指導士』の育成に取り組んでほしい」。
農業の現場にいる自分たちだからこそ農業のもつ真の教育力を引き出せる。確信を持った佐々さんは、JAの組織力と「食農指導士」を核にした盟友が連携すれば、新しい地域貢献ができるし、それは未来を担う子どもたちへの最高のプレゼントではないか、と訴えた。
子どもたちとの交流を通じて、食と農という人間社会の基礎が抱えている課題に気づき自らがやれることを真剣に考え抜く、力強い盟友の姿があった。
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イチゴのほ場で栽培体験 |
産まれたばかりの子牛と触れあう子どもたち
(JA菊池青壮年部) |
◆地域を巻き込む都市農業
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JA東京むさし青壮年部の活動 |
JA青年組織の活動実績発表でも食農教育活動がいくつも報告された。
JA東京むさし武蔵野地区青壮年部は、武蔵野市内6か所にある市民農園での栽培指導活動や、地域内の生ゴミのコンポストたい肥を使った野菜の直売など地産地消と循環型農業の推進活動に取り組んでいる。
しかし、市民には地元の農産物が身近に手に入ることは意外に知られていないことから、食農教育もめざして行政との連携で「武蔵野野菜・たんけん隊」の取り組みを始めた。
野菜たんけん隊は、市内の畑を見学し生産者から農業のやりがいなどを聞きながら収穫も体験。生産者は生産履歴記帳の取り組みなども説明したという。
昼食時には収穫した野菜を生産者宅の庭で食べてもらうと、参加者からは「市内でこんなにいろいろな野菜が作れられているなんて」、「採れたてはおいしく野菜が苦手な子どもも喜んだ」などの声が届いた。同青壮年部では、たんけん隊活動を通じて「食と農と地域」の関わりを市民に理解してもらい、地産地消、食農、そして防災という点からも都市の農地は欠かせないという認識を持ってもらう活動を続けている。
また、同JAの三鷹地区青壮年部は昨年12月25日、地元小学校の終了式に「朝ごはん集会」を開いた。食農教育活動として児童たちと沢庵づくりを一緒に行い、この日はその沢庵をみんなで食べた。米は北海道のJAあさひかわが提供、千葉県漁連からは海苔が提供され児童たちがおにぎりに。地元野菜を使った味噌汁もつくり、おいしい朝ごはんは児童たちに大好評だったという。他のJAなどの協力も得た取り組みとしても注目される。
◆次世代育てる体験活動
JA高知市青壮年部は新しく設置した後継者育成事業部が取り組んでいる親子農業体験活動などを発表した。
後継者育成事業部は、「後継者がおらんなったら先祖から受け継いだ農地、技術、文化はどうなってしまうがやろ」、「仕事ばかりで女の人との出会いもないきに嫁に来てくれる人もおらん」、「えらい異常な事件が多いが、今の人らは命をなんと思うちゅうやろうねぇ」といった仲間の声から設立された。「後継者の育成」と「子どもたちに命の大切さを分かってもらう」のが活動の狙いだ。
具体的な活動のひとつが結婚支援活動。その活動の重要な柱に収穫体験など食農教育活動を位置づけ、農業と自分たち農業者の魅力をアピールしようというのである。企画した出会い系イベントも、その名は「収穫体験&舌鼓うちまくり会」。青年部員のほ場をバスで回って、参加した女性たちと一緒に収穫、その後はバーベキューをした。
現在は、農業体験型サークル「ベジクラブ」を発足させ、野菜の生育と収穫まで単発的なイベントではなく一定期間参加する仕掛けとした。作物の成長をともに見守ることで互いの理解と農業への理解が深めると考えた。同青壮年部がこの活動で食農教育活動に取り組むのも、農業に理解のある女性とともに人生を歩むことができれば、農業の継承と地域を守ることにつながると考えているからだ。
もうひとつの活動の親子農業体験ではサツマイモの栽培と収穫を実施した。参加した親子はほとんどが農業体験はなかったが、真剣な表情で黙々と作業。休憩時間には部員たちが田んぼや山をみながら農業や自然のことについて話した。また、植え付け後も日曜日には親子揃って雑草とりにきてほしいと言った。そこには農業の大変さに気づいてもらうだけでなく、いい親子関係を築く場になればとの部員たちの願いが込められている。
農作業体験のほかに自分たちのハウスで農産物栽培について説明すると「子どもたちの目も親の目もきらきら輝いていた」。未来の担い手を育てるためにこうした活動を通じて「農業や自然を大切にする心を耕していきたい」。
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JA高知市青壮年部 |
JA高知市青壮部の
親子農業体験 |
◆産地意識を育てる活動も
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JA東京みなみ青壮年部の活動 |
そのほかにも地域特性を生かしたさまざまな食農教育活動が行われている。
たとえばJA金沢市青壮年部小坂支部は、特産品の「小坂レンコン」の栽培体験などの食農教育に取り組んでいる。スタートは平成7年だからもう10年以上の取り組みだ。実はレンコンの栽培は難しく農業体験にはあまり向かず、収穫はできても管理にはプロの技がいる。それでも特産品で農業体験をしてほしいと青壮年部のメンバーたちが小学校にかけあって総合的な学習の時間の一環として行われるようになったという。
種植えやレンコン掘りでは「レンコン名人」の部員たちが子どもたちに、レンコンはどうして育つのかなど説明しているが、そのなかで改めて土づくりの大切さを考えたという。また、子どもたちに自分たちの暮らす地域がレンコンの産地であることを理解させることにつながり、給食にも地元レンコンが使われるようになった。そのほか地元の料理名人のお年寄りが講師として学校に招かれレンコンパーティも。その技を知ろうと若い母親たちが参加するという世代を超えた交流も生まれている。青壮年部の活動がきっかけになって地域に輪が広がっている。
このような地域に根ざした食農教育活動が大きく評価される例も生まれてきている。
JA東京みなみの青壮年部顧問の小林和男さんは、18年に日本農業賞特別部門・第2回食の架け橋賞で優秀賞を受賞した。評価されたのは大都市東京のなかで農業を理解してもらうにはどうすればいいかと考えるなかから作り出した「農の応援団」活動。
昨年秋に開かれた第24回JA全国大会の実践交流集会「JAだからできる本物の食農教育」のパネラーとして出席した小林さんによると、地元の日野市は地元野菜を20年以上前から学校給食に使っており、活動は栄養士が泥や葉や根のついた野菜を子どもたちに見せたいという依頼への協力で始まったという。それが次には畑を見せてほしい、という話になっていく。
そのなかで黒米や国産のゴマが手に入らなくなったという話から、小林さんたちは古代米づくりに取り組むことにするが、せっかく子どもたちの学校給食のために作るのなら、農業体験もしてもらおうと考えた。それも播種から最後の脱穀とわらを使う一連の作業をすべて体験するという活動にした。同じ農家になったつもりで作物を育て、楽しさも苦しさも知り、自然や環境にも目を向けてもらうという取り組みが生まれた。そうした活動は学校や子どもにとどまらず、親や地域、消費者団体へと広がって多彩な取り組みになった。
たとえば、遺伝子組み換えではない大豆で豆腐を作って子どもたちに食べさせられないかという声から、小林さんたちは日野産大豆を作り始める。実は日野市は統計上の大豆作付はまったくなし。それが最近では500kgを収穫するようになり市内のすべての学校に日野産大豆使用の豆腐を供給するまでになり、一般の消費者にも販売しているという。食農教育活動によってできた地域のネットワークに支えられて、地域から生産が消えていた品目が復活したともいえる。
小林さんたちは現在、市内に3校ある小学校すべてで学農農園の指導をしている。子どもだけではなく教員や親の農業体験も重視し、たとえばわらぞうり作りはまず親に来てもらってお年寄りから技術を教わったうえで、子どもと一緒に体験するという工夫をしている。また、学童農園の担当の先生には、夏休み農業体験をしてもらうようにしているという。
こういう活動をしていると地域からはもちろん、他の地域や消費者団体からも農業体験に参加したいという声がかかるようになる。他の地域へは食農教育の出前も行うようになった。しかし、きっかけは泥つき、葉つきの野菜を子どもたちに見せてほしいという、そのときに自分たちができることをする、ということだった。
活動は広がっていったが小林さんが一貫して追求しているのは「いいとこ取りだけする体験農業ではなく種まきから収穫まで一連の体験をしてもらう」ということだ。また、子どもたちの目線に立って農と食を伝えること。「まず食があるから今があるんだよ、何をするにも食べられるから今があるんだよ」と語りかけている。
「私たち農家は食農教育にこだわっていかなければならない。
食育というが、食は農がなければはじまらない。僕らがやっていることは、子どもたちに種を播いて未来の花を咲かせ実をつけること。今すぐ結果を求めようとは思っていない。これからどういう花が咲くか実がなるか、そこがいちばん重要だと思う」と小林さんは話していた。
今年のJA全国青年大会のサブスローガンは「耕そう、盟友たちよ! 大地を、心を、日本を〜我らがやらねば誰がやる〜」だ。JA青年組織だからこそできる食農教育活動に、このスローガン実現の期待もかかっている。
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