JAグループは6月11、12日を「統一行動の日」として街頭宣伝活動や3000人規模の全国大会を開くなど、重大な局面を迎えているWTO交渉での公正な貿易ルールの確立と国内農業への理解、支持を広げる運動を展開している。
全国大会では消費者団体から農業者との連携で国内農業、農村を守っていく取り組みの大切さがアピールされた。まさに今こそ生産者と消費者が情報や課題を共有した国民的な運動が求められている。今回は地域農業の実態と現場での取り組みなどをふまえて今後の課題などを話し合ってもらった。 |
生産者と消費者の垣根を越えた国民視点で農業を見つめよう ◆国内農業の存亡の危機
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坂元 芳郎氏 |
小林 今日の座談会の中心的な課題は2つあります。ひとつはWTO交渉、もうひとつは2国間の経済連携協定であるEPAです。
まず私から現状と課題を整理しますと、WTO交渉は03年にメキシコのカンクンで閣僚会議が開催された際、ブラジルとインドが中心となって途上国の意見が十分に反映されていないと合意に反対して決裂、2年後の05年香港閣僚会議でも困難を極めモダリティの確立をその後の交渉に委ねることになりました。
そして昨年の7月末にかけて主要国間でかなり詰めた交渉が行われましたが、米国が国内補助金の削減について方向を打ち出せず交渉が凍結。
今年の1月から再び交渉が動きだしたわけですが、問題なのは米国、EU、ブラジル、インドというG4の枠組みで議論されていることです。この4か国を中心に話し合いが継続しているなか、ファルコナー農業交渉議長が現状報告として、新文書を4月末に提示しました。
この新文書に対してわれわれが非常に問題だと思っている一つは「重要品目」についてです。われわれとしては、関税品目の10%から15%程度は重要品目に位置づけるべきだと主張しておりスイスやノルウェー、韓国などG10諸国共通の主張として出していますが、新文書では重要品目は1%から5%程度を認めるのが合意の幅だろうと書いており、この内容ではG10諸国の農業に大きな影響を及ぼすことになります。
6月18日からの週にはG4の閣僚会合が改めて開催されることになっていて、日本政府はG6の会議とするよう強く働きかけを行っています。月末にファルコナー議長がモダリティの案を出したいといっていますが、G10は17日にジュネーブで閣僚級会合をし「G4での協議結果がそのまま議長モダリティ案に反映されるようなことがあれば絶対に受け入れられない」とのメッセージを出しました。われわれもまさに全体を見渡した公平でバランスのある文書をつくってほしいと強く思っているところです。
他方、日本と豪州とのEPAは今年の4月に第1回の交渉が立ち上がり、7月末に第2回目を行うことになっています。日本は牛肉、乳製品、小麦、砂糖といった品目を相当程度豪州から輸入しています。EPAは基本的に関税を撤廃する交渉ですから、仮に撤廃されれば間違いなく国内農業生産に大きな影響を与えます。しかも米も含めてこれらの品目は、地域の農業、経済、雇用に非常に大きな役割を果たしていますが、両国の平均農業経営規模を比べると1800倍の開きがある。こうしたどうしても解消できない生産条件の格差があるため、そこを調整する手段として関税を残しておかないと日本の農業が崩壊の危機に陥りかねない。この問題についてもWTOと同じように非常に大きな課題であると考えています。
また、EPA全般ということについて経済財政諮問会議のもとに設置されたEPA・農業ワークキンググループが、5月中旬にWGの見解として取りまとめを行い、そこでは日米EPA、日EUのEPAも課題だと報告しています。その理由は、わが国に立地した産業、企業の成長を促進するためということであり、EPAを検討するために農業の構造改革をさらに進めるべきというトーンで書かれています。農業の構造改革自体はわれわれも担い手づくりや消費者の期待に応える安全で安心な農産物の供給に全力をあげて取り組んでいるわけですが、米国等とEPAを結ぶたために改革をしろというのは、農業者の立場からすると本末転倒の話です。
今日の座談会は「未来の食と農を守るために」というテーマです。それぞれのお立場からお話をいただければと思います。まず坂元会長から地域農業が今どんな状況にあるのかといったことからお話いただけますか。
◆国内政策に整合性はあるか
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加藤さゆり氏 |
坂元 私自身は野菜と果樹を中心とした施設園芸を行っています。地域の農業者は担い手としていろいろ試行錯誤しながら経営をしているわけですが、野菜にしても果樹にしても安値安定という傾向が続き、コスト割れもするような状況でなにかと節約するなどいろいろ工夫をしています。
また、宮崎は畜産の大産地でもありますが、子牛生産が少なくなっています。それは農家の高齢化が大きな要因ですが、今は若手の生産者が増頭をして産地を守ろうと一生懸命取り組んでいます。投資をして畜舎を建てたり、畜舎のための土地を買い求めたりと将来の畜産を守るために経営努力をしているところです。
もうひとつは安全・安心な農畜産物づくりですが、ポジティブリストへの対応やトレーサビリティの確立など消費者に対して安心・安全でおいしい農畜産物を提供しようじゃないかとみんながんばっています。
小林 加藤事務局長には組織の紹介も含めて、食と農をめぐって最近考えておられることをお話いただけますか。
加藤 全地婦連は1952年に設立された全国各地にある地域婦人会の全国組織です。WTOやEPAの交渉を注視しています。今年度の事業計画でも、環境・食生活の分野で国際貿易が食料自給率や地域経済に与える影響についてふれています。機関紙でも会員に情報提供しています。
全地婦連は、都市部だけではなく離島や中山間地域を含めて北海道から沖縄まで組織があります。会員の中には、消費者も生産者もおり、さまざまな地域でくらしの活動をしております。
ゆえに、国の政策も、地域にくらす人々全体の視点で整合性のとれたものであってほしいとかねてから考えているところです。
たとえば、ここのところずっと食育だとか、地産地消などが大きな広がりのあるテーマとなっています。しかし、その一方で諸外国から農産物を大量に輸入して、国内農業がどういう影響を受けるのか、社会全体にどのような影響を及ぼすのかもう少し冷静且つ客観的に私たちは知る必要があるだろうと思っています。貿易の自由化が環境や社会に与える影響評価というようなことを丁寧にやっていただきたいと願っています。
会員たちは、全国各地で、誰もが安心して暮らせる地域社会の形成をめざして活動しています。持続可能な社会を形成するために政策はどうあらねばならないかバランスのとれた議論が不可欠だと考えています。
先ほどもお話しに出ました経済財政諮問会議のWGがまとめた文書ですが、このなかに農業の構造改革は喫緊の課題なのだとありますが、たとえば、高関税というのは納税者の負担によって確保されていると記述されていて、それは消費者から見れば「その通り」と思うわけです。政策担当者や生産者団体の方たちからもっと情報提供をいただきたいと考えています。
それから生産者はさまざまなご努力をされていて、いつも感謝しているところです。ただ、急に農業の多面的機能とか持ち出されても、一般消費者がどれだけ理解し共感し、そのことを通して日本の農業に理解と共感を寄せるのかは疑問です。農業者自身からももっと多面的機能という言葉を含めて発信されることが大事なのかもしれません。
経済界の方たちは、食料の安定供給のためにやはりEPAの交渉を加速させなければいけないと言っていますが、豪州が大干ばつで穀物生産が大幅に低下しているときに、安定的な食料供給ということをどのようにお考えなのかうかがってみたいと思います。
また消費者は環境問題にも取り組んでいます。地産地消と言う一方で、遠いところから膨大なエネルギーを使って農産物を運んでくることを、CO2の削減問題とも関連させて私たちは関心を寄せています。
◆自由化が変貌させた農村
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神田 健策氏 |
小林 神田先生からは青森県の農業の現状も含めてお願いします。
神田 私が弘前大学に赴任したのは1984年で、ガット・ウルグアイラウンドの直前でした。当時の東北6県の農業産出額は2兆1000億円でしたが、2005年には1兆3800億円まで下がり3分の1減少しています。特に、米の産出額は半分を割っています。
この数字に象徴的に現れているように、この20年間、農村地域はどんどん疲弊し、高齢化して担い手がいなくなっている、ということです。
今日の社会の特徴は格差ということですが、中央と地方の格差、あるいはワーキングプアの問題も指摘されていますが、地方の商店街のシャッター通り化や、大規模量販店の地方進出の一方で撤退していくという状況です。東北地方の大半である農村部を抱える地域は依然として不況の中にあります。
そういうなかでWTO、EPAの問題が進んでいるわけです。現在でも日本の食料自給率は40%ですが、関税が撤廃されると12%まで低下するという農水省の試算も出ています。しかし、国内的には先ほども指摘があったWG報告に見られるように、農政が完全に財界主導となり、さらに日本はニッチ農業や有機農業だけをやり穀物の大規模生産は米国に任せるべきだという内容の新「アーミテージ報告」に代表されるように、日本農業の切り捨てが進みつつあります。
これに対してどのように対応していくかですが、私がいちばん強調したいことは、農業というのは国民の食料生産を確保するということ、そのことにともなって地域の環境や自然などを維持していくうえで、極めて重要な産業であり、基幹的な産業だということです。単に自給率が40%か、30%かといった数値だけを議論するのではなくて、一国のなかにきちんと農業生産を位置づける。そこに十分な配慮をした政策の選択をしなければならないと思います。
◆基本は食料安保の確保
小林 みなさんから重要な点をいくつも指摘していただきました。とくに農業の多面的機能に限らず食料安全保障をどう考えるのかということは重要な問題だと思いますね。
神田 この数年間、国内の農政改革は急速に進められていますが、そのなかでいちばん懸念することはこのWTO、EPAの結果次第では、食料自給率を45%に引き上げるという国の目標が投げ捨てられてしまわないかということです。
食料自給率が40%というこの低い現状を冷静に考えてみた場合に、果たして本当に大丈夫なのか。たとえば、中国の食料事情を考えてみると、数年前から小麦、大豆を輸入しはじめた。それから加藤さんも指摘した豪州の干ばつですね。また、バイオ燃料の拡大で大豆、トウモロコシの価格が上昇するというように世界的に食料事情は安定なんかしていないわけです。そこをまず前提にして国内農業のあり方を考えなければならない。
ところが、諮問会議のWG報告など最近の政府の報告をみると、日本は他国と自由に農産物を輸入できる関係をつくっておけば大丈夫だ、という考え方に基本的に立っているわけです。それが持続的なことなのかと考えると、私は未来永劫続くとは思えない。やはり食料自給率をいかに上げていくか、そのために国内農業が必要であるという視点が大事だと思いますね。
小林 坂元さんからみて地域ではどうこの問題に取り組むべきだと考えていますか。
坂元 農業はやはり地域、地方の基幹産業ですね。シャッター通りの話がありますが、やはり農業が活性化しないとなかなか地域経済も浮上してこないということだと思います。地域があって都市があるんだと思いますし、地域がなくなれば都市もない、ということじゃないか。そういうなかで自分たちとしては、地域経済は農業なんだという意識づけのもとに、やはり地域から農業の大事さを都会に発信していかなければいけないと思っています。
そのためにはまず地域の人たちに地元の農業を支持してもらわなければいけないし、信頼される農業にしていかなければいけないと思っています。地域のなかでのネットワークづくりというか、農業を中心にしたコミュニティづくりといったものも考えながら、自分たちが自信の持てる農業を構築していかなければいけないんじゃないかと思っています。
小林 先ほど加藤さんからは地産地消の話がありました。そのような関心や要求にどう生産者は応えていけばいいでしょうか。
坂元 私は宮崎県の綾町で農業をやっているわけですが、昔から環境保全型農業に力を入れていて、安全で安心な農畜産物を提供しようと取り組んでいます。それは生産者の役割なんだという運動を地域のなかで続けています。やはり消費者の食卓に並ぶ農産物について、生産履歴記帳などを通じて信頼されるものを作っていかないと、自分たちの生活の基でもある農業は今後、難しくなってくるだろうということです。やはり消費者は自分たちにとって大事な人たちなんだということから、農産物をつくるだけではなく、都市との交流にもいろいろ取り組んでいて、農業体験をしてもらうなど信頼関係を深めているところです。(「座談会2」へ)
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