民主党は参院選で農政を3大政策の1つに掲げ、今国会には農業者に対する戸別所得補償制度を創設する法案を提出する。農政を焦点にした選挙は久し振りであり、国会論戦のテーマとしても農政が大きくクローズアップされることになる。そこで梶井功東京農工大名誉教授との対談として、民主党の前「次の内閣・農水大臣」篠原孝衆議院議員と、自民党の山田俊男参議院議員に、それぞれ両党の政策の考え方などを語ってもらった。篠原議員は農水省出身。また山田議員はJA全中の前専務で今回が初当選だ。両氏は今後、舞台を変えて対じする立場となる。本紙の企画はその前哨戦の様相も帯びた。 |
◆大きな荷物を背負って
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やまだ・としお
昭和21年富山県生まれ。早稲田大学政経学部卒。昭和44年全中入会、昭和60年水田農業課長、平成3年組織整備推進課長、平成5年組織経営対策部長、平成6年農業対策部長を経て、平成8年全国農協中央会常務理事、平成11年専務理事就任。18年8月退任
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梶井 「品目横断的経営安定対策」は大変不評です。参院選での遊説中にはいろいろな意見を聞かれたでしょう。
山田 「農業つぶしの政策でしかない」とか「JA全中の専務として政策づくりにかかわってきたはずだ。責任はお前にもあるぞ」などと厳しくいわれました。
しかし私は余り弁解せず「品目横断的政策は見直しが必要です」と率直に答えました。
政策立案に参画しながら、私の考えを十分に実現できなかったとの思いがあったからです。それで「今後は別の立場でリベンジをやらせて下さい」と、お願いしました。
問題のある政策となった背景には、規制改革推進会議や経済財政諮問会議の議論があります。私たちの目指す方向とは別の農業構造改革の考え方があるのです。特に経済財政諮問会議の中の「EPA・農業の専門調査会」の議論が問題です。
それは競争条件、市場原理の導入が日本農業の構造改革につながる、生産調整なんかいらないんだなどという議論です。
梶井 食料安全保障についても日本国内だけで考える問題じゃなくて……
山田 海外から買えばいいんだといいます。これをそのまま議論させておいたら日本農業はだめになります。だから私は選挙中、みなさんに「議論の方向修正をぜひやらせて下さい」と訴えました。私は大きな荷物と責任を背負って国会へ出てきたことになります。
梶井 品目横断の政策で集落営農を担い手として認めさせたところまでは山田専務を中心とする全中の功績だと思います。
山田 それは私としても主張できるところです。
梶井 しかし5年以内の法人化とかなんとかの規制がいっぱいついているのが問題です。
山田 地域の農業の実情によって集落営農の形も大いに変わってきます。それを1つの形に押し込めるというのは問題です。もっと多様な形態の集落営農をきちんと対象にしていくことが大切ですね。
◆農地制度改革は担い手づくりを念頭に
梶井 農水省の農地制度改革の方向ですが、貸借を全面的に自由化することについては、どうお考えですか。
山田 農地の利用と所有は分けて考え、利用については集落営農を含め地域の中の多様な担い手にできるだけ集積する。そのため農地を農地として利用していく仕組みをつくりあげていくことに賛成です。
梶井 しかし一般株式会社の農業参入を認めるに当たっては特区でも経営基盤強化法でも地域の農業者が活用できないところという条件をつけて、農地法の例外措置として取り扱っていたのに、その規制をはずすとなると、どこへでも一般株式会社が入ってくる形になります。問題でしょう。
山田 確かに経済財政諮問会議や規制改革推進会議の答申に沿って、どう弾力化するかという観点だけで議論を進めているように思います。
大事なことは農地の利用を集積し、担い手をつくって、地域農業をどうつくり上げるかを第1番に念頭に置くべきなのです。
そういう市町村の農業づくりの基本構想を法律の中に位置づけるべきなのに、その辺が明確になっていないと思います。
残念なのは、我々の弱点のひとつでもあるのですが、農地保有合理化法人の半分くらいが休眠しているという実態があります。
そこで面的集積組織をつくって農地の借貸を仲介する権限を与え、借りたい貸したいという動きを地図情報で管理するという話が出ているのです。
梶井 そんなことで担い手育成なんか、できませんよ。面的集積組織は地域の農家の実情をよく把握している人を活用しないとだめです。そうした情報を豊富に持っているのは農協の営農指導員と農業委員です。
山田 そうなんです。それをコーディネーターというらしいのですが、ところが経済財政諮問会議の専門調査会の議論では誰でもがコーディネーターになれるようにするというのですよ。街の不動産屋をコーディネーターにしてもいいんじゃないかというわけです。そして競争させるようにしなければならないというのです。
◆借地の自由は所有の自由につながる
梶井 最初の原案には、みんなに利用権を委任させて図上でもって集団化するような形が示されていました。これでは個々の財産権を無視することになりかねず、憲法違反の恐れがあるんじゃないかとの印象を持ちました。
しかし、その後の案はトーンダウンしてきました。今後どう動くかが問題です。が、強制的組織は拒否すべきです。また、コーディネート役に不動産屋が入るなんて話はおかしい。
再び株式会社参入のことですが、特区が設定されて1年後に一般化の話に進みました。
山田 経験が積まれていないのに、すぐ次のステップへと行ったわけですね。
梶井 だから所有には農地法の規制を残しているといっても、利用を自由にして株式会社がどこにでもいけるようにし、それで例えばトラブルなしに1年が過ぎたとすると、これなら所有のほうもいいんじゃないのという話にすぐ転化する恐れがあります。
利用権を一般化した時に日本経団連の専務は「次は所有権だ」とはっきりいっていました。農地法廃止です。警戒する必要があります。
山田 ところで、10月から、改正まちづくり3法が施行されて、スーパーなどの郊外進出に一定の歯止めがかかります。そういう取り組みとともに、まちづくりと農業づくりを合わせた田園都市づくりの観点も大事だと思います。
◆国会論戦を楽しみに
梶井 さて次に民主党の戸別所得補償法案ですが、どう評価されますか。
山田 直接支払いの仕組みは私も賛成です。品目横断的経営安定対策も、その仕組みを内蔵しています。ところで、地域農業の振興に欠かせない担い手づくりが必要なのに、支払い対象を限定しないという民主党の案では地域に必要な担い手を本当に育てられるのか。国会ではぜひ担い手育成について議論したい。わくわくしながら論戦を待っています。
梶井 民主党の篠原孝衆院議員は農業全体の底上げ政策を進め、意欲的な人々が伸びる条件を与えてやれば競争の中で担い手は育つと強調しています。
私もそれに賛成です。限定すると対象外の人を締め出し、伸びる力を抑えこみます。民主党案は計画に応じた作付けをする人に対する補てんであり、それなりにいいと思います。
山田 私も対象の絞り込みをいいとは思いません。しかし、集落営農の取り組みも含めて農地を集積できるので、その中で合理的な経営をつくれば担い手が残りやすい。地域の誰をどうやって育てていくかという観点で、そこを手厚く応援するということのほうがいいと思います。
民主党案では担い手が育ってくるには時間がかかりすぎます。
◆輸入国の立場を前面に
梶井 農家自身の決断にも時間がかかる。構造政策は短兵急では成果は挙がりません。
それはそれとして民主党案に対する批判の1つに、WTOは直接支払いの導入を認めないのではないかというのがあります。
これに対して篠原議員は食料危機に備えて自給率向上を迫られる輸入国の論理で直接支払いは緑の政策であると強く主張すれば通るのではないかといいます。WTOの枠組みの中で輸入国の立場はほとんど制度化されていません。どうですか。
山田 そういう主張は私も欧米各国の関係者にはっきりいってきました。日本は自給率が低く、農業が果たしている特有の多面的機能があるわけで、これだけのカネがかかってしかるべきだと大いに主張してよいはずです。
ましてや日本は農業保護(AMS)を減らし、補助金を減らしたと自慢していますが、ところが、本当に農業者に必要な欧米なみの直接支払いの仕組みはまだできていないのです。
梶井 緑でなくても青でもよいわけです。
◆「貿易立国」だから農産物も自由化、は問題
山田 ところで、わからないのは小沢一郎民主党代表の「わが国は貿易立国だから農産物も完全自由化すべきだ」という年来の主張です。自由化で国内の農産物価格が輸入価格にまで下がるから戸別所得補償が必要だという主張でした。政策体系として、それでよいのか。
農産物の市場を開放して、振り返ったら戸別所得補償する農家はもう残っていなかったなんていうことになれば、それは政策ではありません。
国会論戦では第1に、市場開放を前提にした戸別補償なのか、第2に全ての農家に差をつけない補償が担い手づくりにつながるのか、という2点で大いに議論したいと思います。
梶井 最後に米価の下落ですが新潟でも仮渡金が1万円を切って大変です。ほかの穀物は値上がりし、原油価格も高騰しているのに米価だけが下がっています。来年産米からは新しい生産調整を打ち出す必要があります。
山田 値下がりすれば生産過剰が改められて需給均衡になるというのが市場原理主義者の主張ですが、米は違う。下がれば、たくさん作って少しでも収入減を補おうとするのが農家の行動です。
そこで何としても米以外のものを作る水田農業へ向けて本格的に踏み出さないといけません。飼料穀物が高騰し米とほかの作物との価格差が縮まっている今がそのチャンスです。バイオマスとか飼料などの穀物需要が増大しており、これらへの転換の仕組みを作りあげる必要があります。
対談を終えて
議員は参院選の遊説中、「品目横断的政策は見直しが必要です」「議論の方向修正をぜひやらせて下さい」と訴えられたという。是非その方向での活動を国会内で展開、今もって「基本方向は変わらない」としている農政のあり方を変えてほしい。
「直接払いの仕組みには私も賛成です」といわれるし、輸入国の行う自給強化施策は“緑の政策”であるという篠原議員の主張についても、議員自らが「そういう議論は欧米各国の関係者にはっきりいってきました。…これだけのカネがかかってしかるべきだと大いに主張してよいはずです」ともいわれる。認識はかなり共通点を持っているように感じた。共通の認識を更にひろげ、本当に農家のためになる農政、日本農業・農村を明るくする農政に、協力してやっていただけることを希望する。自民党農政への批判が強かったなかで、あえて自民党議員として山田さんを国会へ送り込んだ有権者の皆さんの希望もそこにあると思う。(梶井)
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