飼料価格の高騰が酪農経営を直撃し、また、飲用向け生乳の消費減も続くなか、日本の酪農が危機に立たされている。こうしたなか行政や農業団体、さらに消費者団体も加わって日本の酪農を取り巻く情勢と、生産基盤維持のための支援の必要性などについての理解醸成活動が展開されている。
JA全農酪農部も今年度はこうした厳しい状況なかでも、安全・安心な牛乳・乳製品を安定して供給するためには、生産基盤を確実に維持していくことの必要性を広くPRする活動に力を入れている。現在の酪農をめぐる情勢と今後の同部の取り組み方向について白川彰酪農部長に聞いた。
(図1、2は(社)中央酪農会議提供)。 |
今こそ、安全・安心で安定供給できる生産基盤の確保が重要
◆牛乳消費の減少とコスト急騰で苦しむ酪農家
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JA全農酪農部 白川彰部長 |
――最初に酪農をめぐる最近の情勢についてお聞かせください。
まず生乳の消費動向ですが、生産量の6割弱を占める牛乳など飲用向け生乳の消費が、37か月連続して前年比を下回っています。これには少子高齢化の影響もありますが、われわれの立場、日本の酪農、農家を守ろうとする立場からすれば牛乳の消費が再びプラスになるか、あるいはせめてマイナス幅が前年比と同程度になるよう消費拡大のための取り組みがいちばんの課題だと思います。
一方、生産面では酪農家の戸数はピーク時の1963年には41万7600戸でしたが、06年では約2万6000戸と16分の1に減っています。最近は年4%程度の減少率ですが今年度に入ってからは増加し7月には前年同月にくらべて5%も減っています。
酪農家を直撃しているのは飼料価格の高騰です。周知のように配合飼料主原料のトウモロコシは米国でバイオエタノール需要が急増し、輸入価格はこの1年で1.5倍近くになりました。乾牧草の輸入価格も1割以上も上昇しています。(図1)
生乳生産コストのうち飼料費は4割を占めますから、こうした飼料価格の急騰は経営に大きな影響を与えています。一方で総合乳価指数をみると低迷が続き17年度までは1キロ80円台(全国)でしたが、18年度は79.7円(同)とさらに低迷しています。当然、酪農経営の収益は悪化し、すでに全国の酪農家の所得は急激に減少している状況です。
◆需要構造の変化への対応も課題
――厳しい状況のなか生産面ではどんな対応が課題でしょうか。
酪農の手取り確保のためには飲用向けの消費を増やすことが大切ではありますが、それだけではなく食べる牛乳といいますか、ひとつは北海道に特化してはいるもののチーズ需要に応えるということです。この分野はパイそのものが増えており、やはり安定的な生産と消費のひとつの切り口として拡大していこうということです。それからもうひとつの切り口が発酵乳や生クリームの拡大です。発酵乳需要も拡大しています。
これも生乳の消費の一環ではありますが、ただ、乳価の点では飲用がいちばん高く、チーズ向けなどではキロ40円程度ですからやはり飲用で飲んでもらって酪農家の手取りを増やしてもらうという基本は変わらないわけです。しかし、消費全体がコンパクトになるなか、チーズなど含めたなかで生乳需要全体を増やしていくことが求められていると思っています。
――需要構造の変化への対応も必要だということですか。
酪農家の立場に立つと、飲用の低迷が手取り乳価の減少につながるわけです。ただ、液状乳製品は海外との競争に十分に耐えられ、また、日本で消費してもらうものは国内で搾ったものからということを量販店や生協にもきちんと理解をいただいています。そこは他の品目とは違う点で、自分たちの生産基盤を確保していくためにも、需要に応じた生産を進めるための全体のパイの拡大に取り組まなければならないと考えています。
◆世界的な食料供給の不安定さに目を向ける
――一方、世界に目を向けると欧米では飼料価格高騰にともなって乳製品価格も上がっていますね。
世界的な情勢からすると、ブラジルやインド、中国などでは経済成長にともなって、価格が高くても輸入するという面もありますからその影響もあって飼料価格が上昇しているということですし、2つめはオーストリアやニュージーランドなどオセアニアで干ばつにともなって小麦の生産量が激減をしています。それらの国では、たとえばオーストラリア国内でも十分な生乳確保ができていないなど、食料の安定供給という点に世界中で懸念が出ているということだと思います。
また、EUでも域内需給を考えると多くは輸出できないということから域外に出る穀物の量もコンパクトになりやはり小麦、トウモロコシの上昇につながっています。
日本では国際分業論を唱える方が、電話一本で海外から安い農産物を買えるのだから何も日本で作らなくてもいいではないか、と主張してきましたが、今回の事態でお金さえ出せば何でも買えるということではないことがはっきりしてきたということだと思いますね。
しかも欧米ではコスト上昇にともなって製品価格を値上げして酪農家の手取り乳価も上げています。(表)一方、日本の価格を見ていただければ分かるようにむしろ少しづつ下がってきており、今は日本よりも海外のほうが乳製品価格が高いという状況も出てきます。(図2)
安全で安心、なおかつ安定供給できるような牛乳・乳製品の生産基盤維持のためにわれわれもこうした情報提供をきちんとすべきだと思っています。
――今後の取り組み課題についてお聞かせください。
飼料価格高騰は日本でも酪農家の責任ではありません。配合飼料価格が1年半前からすると150%以上にも上昇していてそれを自分の経営努力でクリアしろというのは無理であって、酪農の生産基盤を守っていこうとすれば、やはりコスト上昇分については、消費者にとって安定生産を確保するということからも一定程度、製品価格で負担をしてもらうしかない、と考えています。
そこで今は20年度4月に向けて地域差はありますがキロ6円から10円程度の乳価値上げをお願いをするということになりました。
ただし、今回の取り組みの特徴は生産者と乳業メーカーが一緒になって、量販店など販売先のほうにコストアップの一部についてはお願いするということです。そこは長い目でみれば日本で搾った新鮮でなおかつ安全で安心な生乳が供給できなくなる懸念があるということ理解してもらって協力していただくということがこれまでとの大きな違いです。
酪農生産の基盤が一旦縮小すると新たな立ち上げというのは新たな費用もかかりますから、非常に困難なことだと思います。しかも海外の乳製品価格が高騰していることを考えると、日本の酪農生産基盤がなくなれば最終的には割高なものを食べる、飲むということになってしまう。
そこで消費者の理解醸成のために全農としては生産者の立場に立ち、酪農家が安全で安心な牛乳を毎日生産していることを訴える新聞の全面広告を出しました。これは酪農部としては初めてのことです。
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◆牛乳消費拡大と酪農への理解醸成に取り組む
――牛乳消費拡大と酪農への理解醸成のため新聞広告に18年度下期から取り組んでいるなかで、今年度の広告では「牛乳は飲み物である前に生き物と考える」、「いい牛乳はいい土から、つくる」といったコピーによって牛乳というよりも酪農、さらには日本農業への理解を深めてもらうおうというメッセージが強調されているようですが?
そうですね。単に牛乳・乳製品ということよりも幅広く農業の持っている多面性といいますか、酪農の生産現場やまたは農業が国土を守っていること、あるいは安全・安心な食品のための生産者の努力などのメッセージを込めました。
たとえば、毎日毎日ミルクローリーは洗浄しているということも、われわれにとっては当たり前ですね。ところがある消費者から、毎日洗っているんですか? という反応が返ってきた。灯油のタンクローリーと同じだと思っていたようで、毎日同じ牛乳を入れるのだから同じことではないかと。もちろん食品として体に入るものだからきちんと毎日洗っているし、決められた時間に農家に集乳に行って製造に間に合わせるようにきちんと運搬しているわけで、そうした知られていないことも多いと思いました。そこを伝えると、コストがかかるのは分かります、といった理解も生まれます。
――そのほか一般紙では記事で牛乳・乳製品に関するコラムも連載もしていますね。
やはり牛乳、乳製品についてまずは身近に感じてもらうことが大事だと思うんです。
家族そろって朝ごはんを食べることが少なくなったという人が多くなったようですが、牛乳が食卓にあることによって家族そろって朝食をとるようになったという話を聞きました。ごはんを推進したいところですが、それでも牛乳とパンというかたちで食習慣を取り戻していくとうこともあるようで、お父さん、お母さんと話ができるようになりました、牛乳のおかげです、という話です。ごく少ない事例かもしれませんが朝、家族みんなで食卓を囲むきかっけをつくってくれたという投書もあって非常に心強い思いをしました。
生産者自身は苦労を苦労と思っていないのかもしれないけれども、ここまで毎日きちんと生産を続けているということを正しく伝えるということは大事ですね。
それによって生産コストが上がっていることについての理解にもつながると思います。われわれの活動もそうした理解醸成の一環になればと思っています。
――ありがとうございました。
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