農業協同組合新聞 JACOM
   

特集 「食と農を結ぶ活力あるJAづくりのために2008」


提言

どうするこれからの日本農業

―新たなビジネスモデルを求めて―

東京大学大学院農学生命科学研究科教授 本間正義


本間正義
ほんま・まさよし
昭和26年生まれ。49年帯広畜産大学卒業後、51年東京大学大学院修士課程修了、57年米国アイオワ州立大学大学院博士課程修了。58年東京都立大学助手、60年小樽商科大学助教授、平成3年同教授、8年成蹊大学教授を経て、15年1月から東京大学教授(大学院農学生命科学研究科)。著書に『農業問題の政治経済学』、『農業問題の経済分析』(共編著)等がある。

 日本農業を取り巻く環境が厳しい。昨年来、バイオ燃料の増産による穀物価格・飼料価格の高騰や、生産調整の見通しの甘さによるコメ価格の急落といった変化が日本農業を襲った。一方、WTO農業交渉は打開に向けた水面下の動きが活発化しており、また豪州とのFTA交渉も農業問題の扱いでヤマ場を迎える。日本農業はこれまで以上に大きなリスクにさらされつつ、同時に改革を迫られているのである。
 こうした変化への対応とリスク管理は喫緊の課題ではあるが、経済活動にリスクは付き物であり、これをどのように乗り切るか、経営者としての能力と才覚が問われている。
 しばらくの間は穀物価格の高値は続くであろうし、グローバル化の進展も止められない。コメの消費の減退も歯止めがかからず、生産調整も限界に達している。日本農業は表面的には四面楚歌の状態にあるといってよい。しかし、そこにこそ変革のエネルギーと新たなビジネスモデルを求める力が潜んでいる。これらをいかに引き出すかがこれからの日本農業と農政の課題であり、以下ではその条件を考察してみたい。

◆農業の魅力をビジネスチャンスに

 日本農業のこれからを考える際に、まず問われなければならないのは、我々は国内農業に何を求めるのかである。食料・農業・農村基本法は食料の安定供給と国内生産の増大を謳っているが、その基本法に基づく農政の結果が39%の食料自給率である。現在の食生活を前提にした食料自給率の向上が食料の安全保障に直結するわけではないし、国産麦や大豆の自給率を上げたところで消費者が喜ぶわけでもない。数値だけを目標に国税を用いて自給率向上を唱えるのはもうやめたほうがいい。
 一方で、食料消費の4割しか満たしていなくても農業に魅力を感じている国民は多い。農場で働くことにロマンや生き甲斐を感じたり、農場・農村風景に魅せられたり、共同して行なう農作業にコミュニティのよさを発見したりすることもあろう。農業の魅力が単に食料を生産することだけでなく、むしろ、そのプロセスや副産物にもあるとするならば、そこに新たなビジネスモデルを構築することも可能である。
 農業は多様な産業である。その多様性をどう活用し我々の生活を豊かなものにしていくのか。これからの農業を考える上で重要なのは国民的視座である。食料生産という役割を超えた農業の魅力をどう活用していくのか、耕地や牧草地といった限られた農業資源を国民全体で利用するためにはどうしたらいいのか。もちろん、農業の多様性は農業の産業としての自立なしには構築しえない。産業政策としての農政を基本としつつ、農業に対して国民が求める要求をいかに満たしていくのか、日本の農政・農業が今日の難局を打開し、将来を展望する上で重要な論点である。
 国民のニーズはマーケットを形成する。多様な農業の展開のためには農業の内部が元気でなければならない。個人と地域の農業の特徴をいかにアピールするか。自らの農業の魅力を語れなければビジネスチャンスなど有り得ない。個人でも地域でも自分達の誇る農業や農的サービスを、いかに売り込むか。その努力や工夫なしに地域の活性化はない。インターネットをはじめとして情報化社会である。しかし、最も有効な情報は口コミであろう。
 例えば、棚田のような景観であれ、村祭りを含む特徴ある地域の農業活動であれ、ビジネスになる。そうしたものに支払い意思をもつ国民は多い。また、ナショナルトラストファンドの設立でもいいし、ボランティア活動による労働奉仕でも、一株運動のようなオーナー制度でもいい。かかわる人が農業に帰属意識をもつことが大事であり、それが個別の農業活動や農業資源への新たな付加価値となり、やがてマーケットが生まれる。

◆経営は市場が決める

 こうしたビジネスは政府や補助金に頼る従来の農業者からは生まれてこない。自由な発想で消費者ニーズや将来の可能性を探り、様々なアンテナを張り巡らしてこそビジネスチャンスはやってくる。農業はこれまで「経営者」を育ててこなかったし、必要でもなかった。多くの生産者が価格政策で守られ、マーケティングは政府への販売か共販体制で、農産物が庭先を離れればその先には責任も関心もなかった。交渉も決裁もすべて他人の仕事であり、遅れて記帳される預金通帳でさえ確認せずに済んだ。
 生産者が悪いと言うのではない。それで通ってきたのであり、政府が価格を決める以上、市場を見るよりは政治家に圧力をかける方が生活を守る上で効果的だったのである。しかし、それが今は通用しない。
 価格政策の転換・廃止に伴い、農家経営は多くの経営リスクにさらされている。価格変動への対処はもとより、マーケティング能力や販売・購買ノウハウと交渉力が要求され、農家は商人の才覚を併せ持つことが必要になっている。さらには事業主としての経営判断や会計管理など、真の意味での経営者としての能力なしにはこれからの農業を生き抜くことは困難であろう。
 一方で、政府は日本農業の担い手を、主に規模要件で固定し、農業政策の集中化を図ろうとしている。「品目横断的経営安定対策」に見るように、規模と一定の条件を満たす経営体に焦点を絞って所得補償政策やその他の農業政策を集中させようというものである。対策の名称や参加資格要件の見直しが言われているが基本的な方向は変わらない。
 さらに、担い手になるためには、経営改善計画を作成し、市町村のお墨付きをもらった「認定農業者」であることが条件である。そもそも市場経済では自らの才覚によって生き残る経営者が担い手であり、このように行政主導で産業の担い手を選別するなど資本主義経済では通常ありえない。
 本来経営の良し悪しは、優勝劣敗を基本とする市場が決めることであり、市場が成熟しておれば行政が関与する余地は無い。行政が行うべきことは必要があれば社会的弱者に対してセーフティネットを用意することである。しかし、農業においては市場が成熟しておらず、真の意味での経営者が育っていないし、育っていたとしてもそれを正当に評価する仕組みがない。他産業であれば、大企業なら格付け機関による評価があり、中小企業なら主力銀行による経営判断を活用できる。農業経営もこうした第三者機関や金融機関によって経営能力の評価が出来るような体制を整えることが必要であろう。

◆活性化に不可欠な農地制度改革

 自由闊達な農業経営を展開するための必要条件の一つは、農業で最も重要な生産資源である農地の有効利用である。転用期待や情報不足による農地市場の不完全性を取り除くとともに、今日的な農地利用の理念から乖離した農地法をはじめとする農地制度の抜本的見直しが必要である。農地は国民全体で活用すべき共有財産的一面を有しており、特に農地の集積や集団的利用のためには個人の権利を超えた利用調整が不可欠である。理念の異なる複数の法律が錯綜している農地制度を根本的に変えることなしには真の農業の活性化は見えてこない。
 農地制度改革の基本は、農地利用の厳格化を前提に参入規制の緩和を追及し、農地を農地として利用する限り経営形態の如何を問わず、農地を効率的に利用する農業経営に長けた者に農地を委ねることである。また、他産業・異分野から農業への参入を促し、多様な農業を展開しなければ若者を農業ビジネスに呼び込むことはできない。
 一国であれ、一地域であれ、そこで閉じた経済活動で甘んじていては展望は開けない。高い関税で自国産業を保護する輸入代替政策を採用した多くの開発途上国が失敗しているように、市場を限定して行なう経済活動はいずれ破綻する。国内でも地産地消のような運動は先が見えている。差別化と品質で顧客を掴んでいるなら地産地消などと叫ぶ必要もなく、良い商品は市場が評価し、市場を広げてこそ高い値がつく。
 同じ事は中間山地農業でも当てはまる。自分が出て行かなくても、都市住民を呼べれば市場は広がる。多様な農業の展開は中間山地にこそ必要である。生産物ではなくそのプロセスを売る農業や、地域挙げての農業のサービス産業化など、アグリカルチャーのカルチャーは文化であり、それを活かした農業のあり方がもっと工夫されていい。
 とはいえ、全ての中間山地でそのような対応が可能なわけではない。関税削減や米価の引下げが不可避な中で、現在の全ての農業者が生き残れる方策はないし、そうすることが望ましいわけでもない。そもそも構造改革とは生産性の低い部門から生産資源を引き上げて生産性の高い部門に移すことに他ならない。市場が完全に機能していれば、労働であれ農地であれ、価格メカニズムがそれを達成する。
 しかし、農業資源の市場は不完全であり、特に農業労働の移動・転業には多くの困難が伴う。従って農業者の撤退・転職には支援が必要であろう。今日の農業者は高齢化が進んでおり、彼らに対しては産業政策だけではなく社会政策としての対応が求められる。離農脱農だけではなく、転居を含めた政策が必要かもしれない。一方で、高齢者だけでなく、小規模農家の早期撤退を促すためには、期限付きで慰労金を用意し構造調整を図る政策が議論されてもいい。会社でいうところの早期退職金である。これは期限を決めて一定期間に集中的に行なう事が望ましい。

― ◇ ―

 農業改革は叫ばれて久しい。しかし、求められている改革に比べて現実の農政の変化はあまりに遅い。危機感の欠如と認識の甘さがそこにある。このままで行けば日本農業は確実に衰退する。一連の保護政策の復活はそれを助長するだけだ。
 国民は農業に何を求めているのかを見極め、多様な国民のニーズに応えうる農業の自立化を果たさなければ、やがて国民は日本農業を見放すであろう。農業への参入自由化や経営能力の発揮、市場に対する農家の意識改革など、国内のグローバル化さえおぼつかない中、日本農業に残された時間は極めて少ない。

(2008.1.7)

社団法人 農協協会
 
〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町3-1-15 藤野ビル Tel. 03-3639-1121 Fax. 03-3639-1120 info@jacom.or.jp
Copyright ( C ) 2000-2004 Nokyokyokai All Rights Reserved. 当サイト上のすべてのコンテンツの無断転載を禁じます。