◆“手前味噌”日本の食の伝統
徳川 ニッチな話ではなく、本場ものとして、あそこへ行けば、あれが食べられるというような品目を作れないかと考えています。
江戸時代に2、3万石の小藩は飢饉や寒波などに襲われると大変でした。幕府から少しの援助は出ますが、今のように地方交付金などはありません。
だから各藩は必死で特産品を開発して全国へ移出できるものを作り、ちょっと挙げても納豆、干瓢、高野豆腐とか食品以外では蚕、木綿、ろうそくなど今も各地で生産されています。
私は60年代に英国にいましたが、当時の英国では日本の自動車が世界に輸出できるなんて誰も予想できませんでした。日本農業についても今後、予想外のことができるかも知れません。
今の農業は高コストとか高齢化などの状況から防御体制にあり、だから米に関税障壁を設けているのも当然ですけど、どこかで攻めに出るにはどうしたらよいかの考えも必要です。
だって世界の人口はあと30年か40年で90億人になってしまいます。また水不足も豪州などで深刻です。世界の食料生産が落ち込み始める時に人口が増大するという状況になっても日本の農産物は競争に負け続けるのか、その辺はどうですか。
加藤 非常に重要なご指摘ですが、輸出振興の前に、国民が「日本の食」をどう考えているのかという点が重要だと思います。
「江戸の遺伝子」にはお伊勢参りという江戸の旅行ブームの話があります。庶民は道中で各地の特産物を味わいますが、土地によって料理の「味」も違います。それが日本の食の伝統だと思います。そしてそれが駅弁文化になりました。お味噌にしても産地ごとの“手前味噌”があります。
米国の場合は、例えばマクドナルドみたいに、どこへ行っても同じ味が食べられるという大量生産の画一的な食文化で日本とは全く違います。そこのところ、つまり地産地消の重要性を問い直す必要があります。
徳川 一例を挙げると、旧庄内藩の鶴岡地方では地産地消の割合が90%です。また、100%を地元産食材でまかなうイタリア料理店もあります。一方では全国で日夜、食料が長距離輸送され、エネルギーを消費しています。
加藤 経済性や市場原理主義からは地域の伝統文化や日本独特の食文化を見直すという発想は出てこないと思います。江戸時代は自然・資源と人間の絶妙なバランスを保った社会といえるのではないでしょうか。
◆勝ち負けを気にせずに
徳川 江戸時代は資源を大切にし、省エネやリサイクルが進んでいました。汚染を防ぐために川のそばにはトイレやゴミ捨て場をつくるなとか、よく管理されていましたから海岸部でも魚がよく獲れました。森がなくては田んぼができないとか、そういう連関をみんなよく知っていたんですね。
日本には森林面積がまだ6割以上ありますから、そういう循環を少しずつでも取り返していければ可能性はあります。私はよく人口減少はベリーハッピーだといって経済界の人たちからバカ呼ばわりされていますが、減少すれば国の負担が減るからいいじゃありませんか。
日本人は武家政権が長かったから、勝った負けたが好きですが、勝っても負けても気にせずに私たちが狙っている良いものに自信を持って進んでいけば世界に貢献できると思っています。
加藤 「江戸の遺伝子」によって“過酷な年貢取り立て”とか“圧政”といった江戸時代の暗いイメージが変わりました。
新田開発には年貢を30年間免除し、野菜や出稼ぎなどには課税しなかったのですね。これに比べて今の税制はどうかといった思いもしました。そして農業はこの時代に飛躍的に向上しましたが、そこには小家族の自己農地保有という最強の体制があったと書かれています。
そこで再び現代の日本農業に目を向けて徳川さんのご意見をうかがいたいと思います。
徳川 石油は2030年に危なくなるという学者が増えています。そこへ人口増大、そして中国、インドに続く国の経済成長が著しいとなると、原油が300ドルになってもおかしくないとの見方があります。エネルギーと地球環境を考えると市場経済、市場主義が違った物差しに変わってきます。そこをうまくつなぐと農業問題も変わってきます。
私の友人は野菜を粉末やエキスにした高品質のスープの素などを大量に輸出しています。納入先は世界の大手です。農産物輸出といっても生鮮と加工品があるわけです。
日本農業というと限界集落みたいな姿をイメージする人もいますが、まだまだ競争力を発揮できるいろんなやり方があるだろうと思います。もう少し希望を大きく持ったらどうですか。
日本でもホワイトアスパラガスの生産が始まりましたが、日本人が手をかけたら欧州産よりおいしくなるはずですから、これなども1つの着目点です。
進んでいた資源リサイクル ◆地域の構造を視野に
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加藤 ミシュランの格付けですが、タイヤ会社がなぜ、そんなことを始めたかというとフランスは日本と似ていて地方に郷土料理のおいしい店があるため、そこへ車で走ってもらおうということからです。我々も郷土料理の見直しの気運を高めたいと思います。
今、「緑提灯応援隊」という地産地消の面白い活動があります。地場産の食材を多く使う店に赤提灯ならぬ「緑提灯」を贈るもので最近これをぶら下げる店がどんどん増えています。ボランタリーグループがつくって提灯を贈呈しているのです。
地場産の食材使用率が50%なら星1つ、率が上がれば星が増えて90%なら5つ星が提灯につきます。星の数より使用率が低いとわかれば店主が「ご免なさい」という鉢巻をして、お客にわびを入れるという遊び心も加えています。
あと、協同組合についてですが、世界中で総合農協があるのは日本くらいになってしまいました。米国はみな株式会社となり、穀物の組合はメジャーに席巻されています。
しかしアジアではインドネシア政府の中に協同組合省があるように、国の発展と協同組合の育成はきってもきれない関係であるとの考え方もあります。経済合理性の中で協同組合は、市場経済の時代にそぐわないのか。協同組合運動と、この時代をどう調和させていくか。この問題に対するご見解はいかがですか。
徳川 難問題ですね。いろんな選択肢があるんだろうと思います。メジャーのアグリビジネスは品種改良から何から、あらゆるものをビジネスとして投資をし、世界的に大組織でやっていますが、利益中心主義は農業にはなじまないと私は思います。
はっきりいって利潤追求でいけば限界集落なんて全部切り捨てです。そうじゃなくて例えば自然保護の面などを取り入れて違うアプローチでやっていく考え方があります。
直感的なものですが、大資本がカネもうけのために農業をやるというのは、それは違うだろうという気がします。
それから農水省が全国一律の政策を実施するよりは、もっと地域性を出す地域主義のほうがいいだろうと思います。何となくそんな感じがします。
加藤 地域の農産品と工芸技術の再評価、あらたな産業育成の視野も重要かと思います。
徳川 農業だけを見るのでなく、その地域全体の産業構造を見る必要があります。例えば漆(うるし)とか和ろうそくとか藩政時代からのいろいろな特産もあるじゃないですか。
余談ですが、今、日本で品質が1番高いのは漆ですよ。中国からの輸入品の品質が落ちたもんですから、日光東照宮では山に植えることも考えたのですが、うまく行かなかったようです。限界集落の山を漆畑にしたら、どうかとも考えたりします。渋柿のシブを使って紙を強くするなんて技術も日本にはありますね。
加藤 柿は日本原産の伝統的な果実ですが、シブには防腐効果や防水性もあったりして、その柿渋の活用法を化学メーカーとタイアップして研究するといったことも今後必要かと思います。
そんな地域に根ざした農産品のあらたな可能性を追求していくことが、地域の活性化や日本農業のあらたな展望を拓くことになれば良いと思います。
本日はお忙しい中をありがとうございました。
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