農業協同組合新聞 JACOM
   

特集 「食と農を結ぶ活力あるJAづくりのために2008」


どうするのか日本の農業―日本農業の基本戦略を考える

図表で見る  先進国はどう自国の農業を守っているか?

米国・EUの手厚い農業保護政策

―欧米の流れは「直接支払い」による
所得補てんと「価格の下支え」の組み合わせ―

監修
村田 武・愛媛大学教授
鈴木宣弘・東京大学教授
磯田 宏・九州大学准教授


 平成19年度は新たな米政策改革や品目横断的経営安定対策など戦後農政の大転換となる政策が実施された初年度となった。しかし、米価の大幅な下落や麦・大豆作に対する一部の不十分な支援措置なども明らかになったことから産地には不安、不満が高まり昨年末には米価下落に対する緊急対策や、品目横断的経営安定対策の要件見直しが行われ、生産調整への行政の関与強化なども盛り込まれた。米価の下落を招かず農業を安定して営むためには生産調整の確実な実行が求められるが、米価の下支え措置の導入などより抜本的な農業政策の検討を望む声も多い。
 一方、WTO農業交渉では「国内支持」、「市場アクセス」、「輸出規制」が焦点で、貿易自由化を前提に「価格は市場で決め所得は政策で補償する」との考え方に立った改革が各国に求められているとされてきた。しかし、米国にしろEUにしろ、単純に価格支持制度を廃止し所得を補償する直接支払い制度に移行しているわけでなく、その組み合わせで農業を保護しているのが実態だ。
 今号では米国とEUの農業保護政策に焦点を当て可能な限りの最新情報をもとに農業経営がどれだけ支援されているかを図表で示すことを試みた。

農業経営の先行きが見通せる政策を実施

◆EU−直接支払いが農業所得の7割

 EU−図1現在、加盟国が27か国となっているEUの共通農業政策(CAP)の価格・所得政策は、「最低価格を下回った場合の介入買い入れによる価格支持策」、「直接支払い」、「輸出補助金」が柱となっている。
  EU−図1は1992年以降のCAP改革の変遷を示したものだが、EUの直接支払い制度は支持価格を引き下げる替わりに、その削減分を直接支払いに当てて所得を補てんする代償措置(非デカップリング)として導入されたことが分かる。このほかに直接支払い制度としては農村開発政策としての条件不利地域対策がある。
 EUの農業者はこの改革によって市場と切り離された直接支払いによる所得補てんを受けることになった。これは農産物の生産過剰を抑制するために生産を刺激する政策の削減という現在のWTO協定につながる当時のウルグアイ・ラウンド農業交渉を背景にした政策転換だった。が、1995年前後は国際価格が上昇していたこともあって図にみられるように生産者には結果的に有利になった。
 その後、加盟国増加にともなう財政負担増や、WTO農業交渉を背景にして、さらなる支持価格の引き下げが行われ直接支払いに振り向けられた(アジェンダ2000改革。直接支払いの引き上げ分は支持価格削減分の半分)。
 そして2003年に合意されたCAP改革では支持価格引き下げの代償措置としての直接所得補償支払い(第1の柱、EU−図4参照) 生産高ベースではなく、大部分を農場単位の「単一支払い」に転換した。また、農村開発の助成部分(第2の柱)にも振り向け、生産要素と切り離した政策=「緑」の政策への移行を図っている。単一支払いの受給者には環境・動物保護などの分野で最低基準の約束遵守を義務づけた。
 こうした一連の改革によってEUの農業予算構造は大きく変わった(EU−図2)。また、農業純所得に占める「単一支払い」の割合は45.6%となっているばかりでなく、直接支払い全体で77%に達する(EU−図4)。
 ただし、直接支払いが農業予算の7割近くを占めるようになったとはいえ、EU加盟国機関が買い支える価格支持制度はなくなったわけではなくきちんと残されている。市場支持のための予算が06年でも17%を占めている。また、国際価格で販売するための輸出助成金も30億ユーロが確保されている(EU−図3)。
 EU−図5は、直接支払いの受給経営数でなど。もっとも多いのが、5000〜1万ユーロ層であることが示されている。1ユーロ160円とすると80万円から160万円の受給層だ。出典の同書によると05年の単一支払い水準は1haあたり357ユーロとされており、この層の経営規模は14ha〜30ha層と推定される。一方、受給総額がもっとも多い階層は5万〜10万ユーロ層で経営規模としては140ha〜280ha程度となる。単一支払いは大規模経営層にとって有利に働いてはいるが、この図からは中小規模の経営体も幅広く直接支払いの対象になっていることが分かる。

●「直接支払い」:政府が決めた農産物価格などを通じて間接的に補助するのではなく、直接的に生産者に支払う補助金。基本的には国内生産費と国際価格の差を補てんするものとされる。ただし、WTO(世界貿易機関)農業協定上では、何をどれだけ生産するかといった生産に関連したかたちでの支払いは削減対象となり、生産に関連しないかたちでの収入補てんや、環境施策関連、条件不利地域援助などの条件に一致した支払いが削減の対象外とされている。
●「価格支持政策」:政府が行政価格を決め買い入れるなどして国内生産者の所得を保証する政策。米国の場合はローンレート制度の融資単価が最低価格保証の機能を果たす。EUの場合は品目ごとの支持価格を下回った場合に介入買い入れを実施する。


欧州連合加盟国(EU加盟国)
ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、フランス、イタリア、ドイツ、イギリス、アイルランド、デンマーク、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、オーストリア、フィンランド、スウェーデン、ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニア、キプロス、マルタ、ルーマニア、ブルガリア
2007年1月1日現在27か国

◆米国−穀物の目標価格を3つの制度で保証

 米国の穀物に対する補助金の仕組みを示したものが上の米国−図1である。ここでは日本のコメの価格を例にして作成した。
 図示したように現在の制度では、いくつかの制度の組み合わせで目標価格が保証される仕組みになっている。
 ここでは融資単価(ローンレート)を60kg1万2000円としたが、これは農産物の最低価格を保証する効果がある。仕組みは質(しち)と同じような考え方であり、政府(商品金融公社:CCC)にコメ1俵を質入れして1万2000円を借りることができる。そして国際価格で4000円で販売した場合、返済は4000円のみでいい。つまり手元には1万2000円が残る。
 かりにローンレート制度を使わずに4000円で販売してしまった場合は、ローンレートとの差額8000円が支給されるから、まずは1万2000円が保証される。
 さらに1996年農業法で不足払い制度を廃止した替わりに、過去の作付け実績に応じた一定金額が支払われる固定払い制度による直接支払いが上乗せされる。ここでは2000円とした。
 だが、実際には96年農業法施行後、市場価格は低迷し固定払い制度だけでは農家経営が厳しく、追加の補てん措置として市場損失支払いが実施された。その後、2002年農業ではそれを価格変動対応型支払い(復活不足払い)として制度化した。
 これによって作目ごとに目標価格を設定し、市場価格またはローンレート価格に固定払いを加えても目標価格を下回る場合には、その差額を補てんする仕組みとなった(図1b)。これで1万8000円が保証される。
 ただし、固定払いは過去の実績に基づいた支払いのため、かりに市場価格が上昇していれば結果的に図1cのように目標価格を上回る水準の支払いが行われることもある。
 米国−図2図3図4は磯田宏・九大准教授作成のグラフだが、いずれの作物もほぼ毎年目標価格まで3段階の政策的手段で補てんされていることが示されており、トウモロコシとコメについては生産費を上回る水準の助成が行われている。
 ただし、小麦についてはこれだけの助成措置を行っても統計データではなお生産費を下回っていることが示されている。要因については小麦の反収変動が大きく生産物単位あたりのコストの上昇なども考えられるという。

◆米国でも高い補助金依存度

 米国−表1は米国の農業経営に政府支払いがどの程度を占めるかを分析したものだ。表2にあるようにイリノイ州のトウモロコシ平均経営で政府支払い依存率は03年から06年の4年平均で35.4%、カンザス州の小麦の複合経営で同52.0%、アーカンソー州の米の複合経営で同66.0%と高い。とくに05年のアーカンソー州経営では政府支払い依存率は274%と農業所得の約3倍だったことが示されている。現金粗収益水準は他の年と同程度の水準であり、農業所得の3倍近い政府支払いなしでは経営が成り立たなかったことを物語っている。
 このような不足払い制度を含む米国の補助金を鈴木宣弘・東大教授は「実質的輸出補助金だ」と指摘している。米国−図5に示したようにWTOで議論となっている輸出補助金とは輸出量に対する補助金である。一方、米国の補助金は全生産量に対する支払いであり、国内向け、輸出向けの区別はない。このため現行の制度では輸出に対する支払いと明記されていなければ形式的に輸出補助金とされないだけのことであって、輸出向けに対する不足払いなどによる価格・所得政策の部分は実質的には輸出補助金にあたるというのが鈴木教授の批判だ。
 とはいえ、販売価格と目標価格と差を、ローンレート制度という「価格の下支え策」と「直接支払い」との組み合わせによって補てんする米国の政策は自国の農業を守り農家にとって経営が見通せるものだろう。EUも制度上、価格の下支え策をなくしたわけではない。食料自給率の向上が求められる日本の農政にとってこそ、こうした手厚い農業政策が求められるのではないか。

(2008.1.22)

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