シドニーオリンピックで、日本は18個のメダルを獲得しているが、うち13個は女子の活躍によるもので、断然、女性上位であった。
漢字で見る「男」は田+力で、耕作地において、ちからのいる仕事をする様を表しており、一方、「女」は両手をしなやかに重ねてひざまずく女性の姿を象徴したもので、この字に乳房の2点を加えたものが「母」である。
このように、両性の役割の分担は、漢字にもはっきりと表記されているが、女偏の漢字が900あまりもあるのに対し、男偏になると皆無であり、女性の独壇場である。
例えば「好」は女+子で、母たる女性が子を抱く様で、心暖まり、このましいの意を表し、「妙」は女+少で、かぼそく、きめ細かな女の意から、美しく、また不思議ではかり知れない情感を伝えている。
だれしも持っている姓名の「姓」は、女+生で、人の生まれたところの意で、まさに、古代は女系制度による女性中心の社会であったことを伝えており、明治の女性解放運動家平塚らいてう女史のいうように「元始、女性は太陽であった」。
昨年6月に、世界保健機構(WHO)は、何歳まで健康で生きているかを示す国別平均「健康寿命」を初めて発表した。それによると、日本は男女とも世界一で、男は71.7歳、女は77.3歳であった。
6歳弱の差は男性はともすれば不健康な生活をしている等に由来しよう。しかし、本質的には人は血管とともに老いるが、女性の場合、女性ホルモンが血管を守ってくれるからである。
このように、生物としても女性は男性より優っている筈なのに、戦前までの日本は、圧倒的な男性本位の社会で、選挙権も与えられず、「女」という字型のとおり、男性にひざまずき、かしずくことが美徳とされてきた。
戦後は、新憲法のもと男女平等で、参政権も得られ、社会への進出も目立ったが、男性側の抵抗や無理解に阻まれ、平等化も掛け声どおりには、なかなか進まなかった。
例えば、経企庁(現内閣府)が、平成10年5月に発表した「女性の働きやすさ指標国際比較」(1995年)によると、スウェーデンの1位に対し、日本は19位に甘んじている。
それでも、昭和61年に施行の「男女雇用機会均等法」等により、新国民生活指標(通称豊かさ指標)中の働く女性に関する諸指標は、昭和55年を100とした場合、平成8年は112.8と改善されている。
農村社会を見た場合、農業従事者の6割以上が女性で占められている一方、開放的な都会に比べて、旧い慣習に縛られがちである。
農林水産省は、平成4年6月に「農山漁村の女性に関する中長期ビジョン懇話会」の報告書として「新しい農山漁村の女性2001年に向けて」を策定し、21世紀における農山漁村の目指そうとする女性像を描いた。
以降、描かれたビジョンの実現に向けて様々な施策が実施されてきている。
そういった背景も手伝って、平成4年度から9年度までの5カ年間に、農業委員会での女性委員の比率は0.17%から0.74%、同じく、農協役員中での女性役員の割合は0.13%から0.29%へと向上している。
平成11年には「男女共同参画社会基本法」と「食料・農業・農村基本法」の2つの基本法が成立し、女性の社会への進出についての画期的な起爆剤となっている。
農林漁業金融公庫の公庫月報でも、平成11年9月号で「農業経営を担う女性たち」の特集を組んでいるが、第一線で活躍する素晴らしい女性たちの姿が浮彫りにされている。
21世紀の初頭にあたり、女性の社会での一層の躍進を、心から祈りたい。(MMC)
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