複雑系科学を応用した農協組織活性化の提案
平成19年度からの「水田・畑作経営所得安定対策」は一定の要件を具備した担い手に施策を重点化する選別政策の導入である。
農協はこの担い手の創出・育成を余儀なくさせられると同時に正組合員資格を喪失する土地持ち非農家の創出という矛盾を抱えざるを得なくなった。評者の最近の調査では、土地持ち非農家となった正組合員であった者が准組合員として残るか農協から脱退するという割合は半々であった。
一方、政策支援の対象とはならない多くの高齢農業者や女性農業者は、農産物直売所等で活躍し元気である。農協にとってはいずれも平等で大切な正組合員である。農協はこうした多様な組合員との共生・共存を総合事業を通していかに図るかという新しい農協組織のあり方を模索する必要に迫られている。まさに、混沌とした時代に突入したといってよい。
『JAが変わる』は、こうした時代に産(企)業組織で研究されてきた複雑系科学を農協に応用し、新しい協同組織の活性化を提案した書である。本書は3部からなる。第1・2部は農協合併(水平的統合)と組織再編(垂直的統合)を時代の要請にそって容認・評価しつつも、著者の素晴らしさは企業組織との大きな違いを明確にしたうえで、農協の特異性を「協同組織性」にあるとする。従って、著者は農協組織の活性化はまだまだ工夫の余地がたくさんあると見る。第3部「協同の力を発揮するための農協組織論」で示される。ここでは「創発」というキーワードが使われている。
「創発」とは個々人が集まって組織を形づくり、個々人としてはできないような仕事を組織ができるようになった場合、この「組織が創発した」とした上で、協同組合7原則から「創発」は協同組合の運動原理であると位置付ける。さらに、「農協が創発するための条件」として、役職員や地域リーダーが「触媒」となって双方向の情報等を共有することによって「相互作用」を起こすことが重要だと指摘する。「創発」「相互作用」「触媒」の有機的関連の繰り返しが組織活性化の要件と説く。そのために組織にとって日常的に必要なことが「学習する組織」であるとし、農協が「学習する組織」になるための具体的な方法が示される。
さらに、農協が触媒となって相互作用を起こすためには、消費者や実需企業との連携がますます必要であり、それによってお互いがいい意味で変わっていくとする。終章「創発と改革で作る21世紀のJA」は著者の農協に対する深い愛情が溢れている。
「企業的大規模経営が中心になるのならば、農協の存在意義への疑問も強まるかもしれない。しかし、大規模経営体を育成することの意義を否定するつもりはまったくないが、大規模経営だけで日本の農業を支えていくことが不可能であることは自明の理である。大規模経営に担わせればよいとしか言わないのはケ・セラ・セラ、・・・(中略)・・・農協は、国民にとってなくてはならない組織でありつづけるはずであるし、そうでなければならない」。同感である。農協運動者や農協研究者をはじめ多くの人に読んで欲しい必読の書である。