多国籍企業が狙う究極の「構造改革」

　グローバル化の下で政府により進められている『改革』は、いくつかのキーワードを持っている。
　市場開放、国際競争力、規制緩和、市場原理、官から民へ、小さな政府、地方分権、自己責任。このうち前の５つは企業の活性化と同時に弱肉強食社会を生み出し、最後の言葉は主に弱小な庶民に向け適用されてきた。統治概念を表す、「小さな政府」や「地方分権」という言葉は「官から民へ」の裏返し、また国と地方の財政難への処方箋のように私は理解していた。道州制もこれらの受け皿と受け止めていた。確かにそうだが、表面で理解するよりもっと奥が深く、「改革」を財界として主導してきた多国籍企業のグローバル戦略と密接に絡まっているらしい。すなわち本書では、「究極の構造改革」として多国籍企業のグローバル戦略に適応した統治機構への「改革」が道州制であり、多国籍企業は道州を自らに使い勝手のいい行政機関化する可能性があると指摘している。
　本書の「はじめに」の所に次のような文がある。「２００２年、トヨタは２０１０年を目標に、世界自動車市場のシェア10％を目指す『グローバルヴィジョン』を公表し、その中で「日本をホームグランドにする」と言うスローガンを掲げて、国土改造改革に向けて動き出します。たとえば中部経済連合会と手を携えて、膝元、中部地区において愛知万博の開催、中部国際空港の開港、そして名古屋駅前に高層ビル「ミッドランドスクエア」を建設し、同ビルに海外営業部門を東京から移すなど、名古屋市の国際都市化に向けた布石を相次いで打ちます。それに併せて中部経済連合会は、「提言・中部州の実現」を公表します」。
　このように、トヨタの工場を中心として産業集積している中部、九州、東北、北海道など地方の経済団体、知事会などによる道州制推進の動きを追っていく展開になっている。

◆分権化で競争にさらされる地方

　第１章では、グローバル化の下で地方が国際競争にモロにさらされる中で、国際競争に打ち勝っていける優位性の確立できるものとして自立的な道州制への再編が進められていることを地方制度調査会等の文書から導き出している。
　第２章では、トヨタはグローバル戦略を進める上で「三河一極集中からの脱却」が必要とされており、国内に海外展開に対応するいくつかの極を作る受け皿として自立的な道州制が求められていることを指摘している。
　第３章、第４章では、このような多国籍企業主導の道州制が、FTAやEPAを各国と締結することにより、各地方が更なる国際競争にさらされることを想定しつつ、国家権力の分割、地域資源や農業、市町村との関係、国立大学の州立大学化などについて財界の提言や意見書を見る限りで、どのように考えられているかを展開している。著者としては道州制の形はさておき、今考えられている中身が、農業にとっても庶民の暮らしにとっても受け入れがたいものになるのではないかと、結論付けている。
　著者も触れているように、推進する側でもトヨタが突出しているように見られること、国家権力の分割や州間の格差の扱いについても矛盾を抱えていることなどから、議論も紆余曲折が出ることが予測される。本書ではトヨタの企業戦略を中心に置き中身を探る展開になっているため多国籍企業の利害と道州制の関係が具体的に見えてきたように思う。
　振り返ってみれば、企業が元気を取り戻せば庶民の懐も暖まると言ったトリクルダウンは幻想に終わり、社会に残されたものは人間使い捨ての労働制、格差と貧困と凶悪犯罪であった。このような事態をもたらした経済のしくみや配分構造の改革なしに、どのような統治機構を築いたとしても、この国に住む多くの人々が解決したいと思っていることとのすれ違いは甚だしく、国民と財界のせめぎあいはさらに深まるように思われる。