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食と農と環境をつなぐ

食と農と環境をつなぐ
蔦谷栄一

【発行所】全国農業会議所

【発行日】平成20年11月

【電   話】03(6910)1131

【定   価】1200円

評者名:今野 聰
NPO野菜と文化のフォーラム理事長

 さる08年12月3日都内で、生協総合研究所が主催して、公開研究会「国際食料需給と農産物国際貿易、そして食料自給率」が行われた。生源寺眞一(東大大学院農学部長)、中島紀一(茨城大学農学部長)、加倉井弘(元NHK解説員)の3氏が熱弁を振るった。主題に沿えば、当然激論が必至である。時あたかも100年来の世界経済危機到来である。国の景気刺激策もドロンとしている。今世紀当初からの長々協議中であるWTOドーハ・ラウンド決着かどうか、注目される。否応無しに、3氏の日本農業グランドデザインはぶつかりあっている。それが狙いで設定されたはずだが、驚くことに、終始静かに終始した。満席の生協組合員など聴衆が殆ど沈黙...

 さる08年12月3日都内で、生協総合研究所が主催して、公開研究会「国際食料需給と農産物国際貿易、そして食料自給率」が行われた。生源寺眞一(東大大学院農学部長)、中島紀一(茨城大学農学部長)、加倉井弘(元NHK解説員)の3氏が熱弁を振るった。主題に沿えば、当然激論が必至である。時あたかも100年来の世界経済危機到来である。国の景気刺激策もドロンとしている。今世紀当初からの長々協議中であるWTOドーハ・ラウンド決着かどうか、注目される。否応無しに、3氏の日本農業グランドデザインはぶつかりあっている。それが狙いで設定されたはずだが、驚くことに、終始静かに終始した。満席の生協組合員など聴衆が殆ど沈黙していた。
 たまたま、本書を通読した後だった。副題が「農業・農村 そして暮らしのスケッチ」。軽いタッチだし、どこからでも読み出せる。重厚な論文調はどこにもない。つまり市井の普通人の読み物である。すでに農業関連ジャーナリズムに発表した主張が収録されているからでもあろう。
 公開研究会発言に沿えば、中島氏の「耕す市民」という問題提起が際立っていた。著者の主張もほぼこれに近い。消費者・市民運動こそ自足自作業にも参加する市民であれ。わかりやすい命題であり、明日からすぐ実践できる生活指針でもある。では何故全国民の実践運動にならないか。過ぎた世界大戦体験で、日本人は飢餓体験が少ないからだという説もある。ともあれ産直運動などは、今や農業再建運動の一翼を志向する動きさえ起きてきつつあるくらいである。
 著者は現在農林中金総合研究所特別理事。先輩で、有機農業運動創始の一楽照雄思想を背骨にもつ。だが氏に有機農業運動に避けがたく一体化している国際農業交易無視論はない。むしろ世界の次世代農業は有機農業と環境重視が大勢であるとする。多くの海外事情紹介を怠らない。
 それだけではない。「日本農業のグランドデザインによる真の農政転換を」という項目をドンと据える。「WTO体制下で規模拡大だけ」では駄目。一方、地域農業では「生産とくらしは一体的である」し、地域コミュニテイあってのことだと譲らない。他に「田園都市国家をめざせ」など著者の主張は明白だ。
 実は1980年代から世界に通用する強い日本農業再建派が大手を振るった。彼らは有機農業的グランドデザインを全く軽視してきた。それだからこそ日本生協連などは、中国農業の急成長政策を支持し、これを日本農業活性化のテコにした感がある。それが試されたのも正に08年のさまざまな食品事故だった。
 緻密なデータ分析と大胆な主張。それが著者のスタンスである。私は農協産直事業など小さく狭い範囲の農業と消費者の連携にこだわってきた。職場が近かったから、著者と多く論じた。多く教えられてもきた。かくて、本書は農業を含む希望の書でもある。
 注文もある。「協同組合・金融」という項目に「実体経済の“血液”としての金融」がある。06年度ノーベル平和賞を受賞したバングラデッシュのグラミン銀行に触れる。一般銀行が無視する貧民層金融である。日本の足元をみれば、そっくり農林中央金庫が果たした過去10年の激闘と国際的サブプライムローンへのかかわりは激震ではないだろうか。不況影で苦しむ農家融資問題が、本書にはない。本業論を避けてはならないはずだ。

(2008.12.18)