本物の農業と暮らしを取り戻したい
なに、今になって職を失った人々を「農業」や「福祉」にだと、ふざけるな!本当にそうしたいのならば、農業収入や福祉労働者の賃金を向上させてからにしろ。暮らせない収入や賃金だから人々は去ったのだ、と怒っている最中に本書を読んだ。
著者佐藤喜作さんは言う。日本農業は再生産不能になった。では誰が食料生産をするのか。生産が途切れて食料が買えなくなったら生産を再開すればよいと考えているらしいが、農はそんな生易しいものではないと。
まさに「農力」への警告だ。理由の第一は「地力」、耕地が荒廃し化学肥料や農薬で劣化した。減反水田はザル田となり水が溜まらない。回復までに何年かかるか。第二は技の断絶。千差万別の耕地環境にマニュアルは通用しない。自家用位は何とかなろうが消費者の分までの生産には年数がかかる。第三は種子の汚染と伝統種子の消滅、広面積栽培用種子確保の危機であると。
獣医として、秋田県仁賀保農協の組合長として農業と地域社会、そこでの暮らしや食に通暁する著者の憂いは近頃聞かれる冒頭のような暴論の非道さを裏付けて余りある。秋田にその人ありと知られた著者が語り説き続けた思いの丈をまとめたのが本書。
なかでも早くから取り組まれた仁賀保の自給運動は名高い。「己の価値に目覚むべし」の導き手である。それはどんなにか主婦達を励まし生活の中に科学を根付かせたことか。文字通り地に足をつけた活動に基礎を置く著者の憂いだけに本書の一節一節が胸に迫る。まさに目を覆いたくなるような農業、農村、食を巡る状況下にあって、農業関係者はもちろん農作物を購入しなければ一日とて暮らせない消費者も己の生存をかけて考え行動を決めなければならない時が迫っている。
「農家にとって農協とは何か」の章で、教科書に登場する「スィミー」を引き農協のよって立つ理念と団結の尊さを説いておられる。まさにご自身が農民であり農民と共にあった実践が生み出した分かり易い見事な教えだ。農協ばかりか消費者にとっても己を持する上に重要な指針となるはずだ。
銘記すべき指摘は数多いがなかでも早くからの警告「農畜産物の特徴は腐ること」。「外国から輸入して正常な状態で届く訳がない」。「生存必需品としての農産物に本来あるべき安全性が確保されているか」等々は近時の食を巡る偽装や詐欺、毒物事件の噴出となって恐ろしい現実を曝した。1980年代から折々に書き継がれた本書であるが、憂いや恐れは強まるばかり。強い力に押し流されっぱなしの農と食を取り巻く循環体系「農と自然の有限の回転」を農業関係者だけでなく消費する側こそが思い、その実現を目指して努力する日々を送らなければならない。「消・農提携」がその重要な糸口になろうと考える。商品として立ち現れる農産物は売れなければならないのだから。