法曹界関係者は別にして、通常、人間は誰しも法律問題にかかわることを敬遠する。六法全書の背文字を見ただけで頭が痛くなる人が多いのではなかろうか。殺人や強盗、放火、詐欺などの刑事事件に巻き込まれる場合は、自身と家族の安全のために闘わざるを得ないが、複雑な人間関係を背景にした売買や賃貸借、相続などの民事事件は、平穏に暮らし争いごとを好まない一般市民にとっては避けて通りたいものだ。まして豊かな自然のなかで、お互いに助け合う伝統を継承してきた地縁的協同組織の農村社会では、争いごとを裁判法廷に持ち込むことは嫌悪されるだろう。しかし本書を読んで、現実には農村社会においても、非常に多くのトラブルがあり法律相談が少なくないことが判った。
弁護士である著者は、月刊雑誌「現代農業」の誌上において、1991年から長年わたり読者の全国の農家、農村居住者から寄せられた「法律上のさまざまなトラブルや悩みごと」の相談に答えてこられた。本書は、その連載を体系的に整理・分類し、必要な加筆、修正をして取りまとめたものである。
全体で206の事例相談を9章に分けて記述している。第1章農地、第2章農地以外の土地、第3章作物や資材、生育環境、第4章施設や設備、農機など農作業環境、第5章食品、資材の製造・販売、特許など、第6章隣近所、第7章集落や組合、法人、第8章相続・贈与、第9章契約事や金銭、以上各章に関するQ&Aとして集大成された。農村・農家の法律相談であるから、第1章農地に関するQ&Aの相談が多く、相談事例が全体の3割を超えている。相談は、農地の賃貸借、登記、土地改良・圃場整備、転用、境界など多岐に及んでいる。
農地以外の土地でも、共有林、共有地における権利侵害の相談も多い。また、隣近所、集落や土地改良組合や農協とのトラブル相談も深刻である。著者は膨大な数に上る事例の一つひとつ対して、懇切丁寧に、かつ、分かりやすく答え、随所に相談者への思い遣りが滲んでいる。「地域の付き合いの濃密な農村社会では、なんでもかんでも法律一本やりで解決するのではなく、当事者同士がよく話し合いお互いに相手の立場を理解し、トラブルを回避する」ことの大切さを訴えている。水俣病訴訟、三井三池じん肺訴訟、よみがえれ有明海訴訟などで人権擁護派弁護士として高名な著者ならではの労作である。
農家、役場、農協、集落役員、土地改良組合など関係者の必携の書といえる。