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わが出会い 人と本

わが出会い 人と本
斎藤たきち

【発行所】東北出版企画

【発行日】2009年6月30日

【電   話】0235-23-9122

【定   価】1995円(税込)

評者名:先崎千尋

 私が地元の農協から「追放」されて1カ月余の時に斎藤さんから「私が希望の星を求めながら、そこに見えたのは絶望の現実でした。個で希望を生む営為を生涯かけて求められんことを願っています」という手紙が届いた。そのすぐあとに本書が届けられた。

◆本は人のこころを豊かに


 私が地元の農協から「追放」されて1カ月余の時に斎藤さんから「私が希望の星を求めながら、そこに見えたのは絶望の現実でした。個で希望を生む営為を生涯かけて求められんことを願っています」という手紙が届いた。そのすぐあとに本書が届けられた。
 「私は今日を迎えるまで多くの人たちと出会い、また数多くの『著書』にも出会ってきた。そこから学びつつ、しかも、それを生きる指標の"水先案内人"として生きてきた」。その人と本との出会いを綴ったのが本書である。本の帯には「農民として生きるより百姓として生きたい!」の信念を貫き通した北の百姓・斎藤たきちの知の源泉と軌跡を明かす、とある。
 本書に出てくる人は、真壁仁、結城哀草果、大内力、更科源蔵、むのたけじ、松永伍一、上野英信、冨山和子、クロード・モルガンなどそれぞれの道で名の知られた34人。農民、随筆家、写真家、教師、小説家などお相手の職業は多彩だが、詩人がもっとも多い。ほかならぬ齋藤さん自身も百姓であり、詩人だからか。
 評者と重なるのは、大内力、むのたけじ、飯野農夫也など5人しかいない。私には知らなかった人も多い。フィールドが違うことを知る。 
 それにしても、これらの人たちと親交を結び、その人を知り、著作を読み込み、自分の血肉とし、評価する営みはすごいとしか言いようがない。しかも、そのなかの多くの人とは、住んでいるところを訪ね、山形まで来てもらい、夜遅くまで酒を酌み交わし、新しい文化のありようをめぐって語り合ってきている。

◆多彩な人との出会いの風景を描く


 斎藤さんが最初に出会い、師として学んできたのは真壁仁。詩人というよりも「野の思想家」と評している。真壁は若くして宮沢賢治を知り、鶴岡に近い村で観た黒川能を世に送る。真壁にとって農とは百姓、百姓とは百種以上の作目を作り、自給し、かつ文化と芸術の作り手。自給できる者のみが思想においても自立し、文化や芸術の創造者たりうる、という真壁の真骨頂を、齋藤さんの息づかいが分かるような語りで紹介している。
 齋藤さんは真壁仁を通して更科源蔵、松永伍一、岡部伊都子、薗部澄、上原専禄、楠原彰などを知り、付き合いが始まる。その情景はいもづる式にと言うか、曼荼羅の絵を見るようにすばらしい。
 その真壁の講演を私が聞いたのはもう30年以上も前のこと。山形県東根温泉で開かれた第1回全国農民大学交流集会の記念講演だった。テーマは「征服史観と『近代化』路線」。この集会のあと、当時山形県農試にいた下田英雄さんに案内されて齋藤さんの家を訪ねたのが齋藤さんと私の出会いだった。
 大内力と齋藤さんの関わりを本書で初めて知った。私は大内の「農協は協同組合ではない」という論文を引用させてもらっているが、齋藤さんにすべての著作、雑誌を送ってきた大内力のやさしさと齋藤さんへのほれ込みを本書から知ることが出来た。
 私はこれまでかなりの本の書評を書いてきた。いずれも自分との関わりに触れながらだが、本書はその域をはるかに超えている。『北の百姓記』『北の百姓記続』に続く自伝の書。

※評者 先崎氏の「崎」の字は、本来は旧字体です。

(2009.08.11)