第1の特徴は、論争を恐れない姿勢である。第4章「市場化・自由化の経済理論」に登場する宇沢弘文「社会的共通資本としての農業」がそれ。要するに市場万能で整理できない農業の多面性である。一流の経済学者でさえそういう視点を大事にしているというのだ。たまたま09年9月11日、忘れもしない「9・11」事件の日。NHKラジオ深夜便にナマ出演した宇沢の経済学講義が神妙であった。昭和天皇に講義したとき、「つまり経済学は心ですね」というエピソードを紹介した。
本書に戻る。第3章「市場化・自由化の経済理論」を総括する。ここには「徹底した市場化・自由化・国際化」(本間正義)、「農業・先進国型産業論」(叶芳和)、「直接支払い導入による関税撤廃」(山下一仁)が並ぶ。それらを丁寧に論破する。今山下説が盛んで、叶論はすでに消えた観があるからだ。反論を支える関連データも豊富である。WTO国際交渉の現状や国際農業を含めて、足で調べた跡が見える。とかく概ね国家データだから、無味乾燥。反対論者が同じデータを使うことだってある。そういう心配無しに読めたのは、データを超える著者のロマンである。品位の高い論争部分である。
第2は、キーワード「地域社会農業」(第5章)である。著者の理論構成に、3人の特徴論者が登場する。保母武彦「内発的発展論と日本の農山村」で環境を大事にする。神野直彦「地域再生の経済学」で定住による生産・生活の農村共同体に触れる。さらに岡田知弘「地域づくりの経済学入門」で「地域内再投資」に触れる。これらの理論的成果をとり込んだ上で、地域づくり農業の実践事例を多く紹介する。例えば、長野県上伊那地区である。
第3は、著者の本領に属するが、「水田の多角的利用」(第8章)、「放牧による地域資源活用(第11章)である。執拗に水田の全的活用を主張する。調整水田問題、飼料米、米粉活用、米粉による小麦粉代替などである。
これについては、私自身1990年代後期、生活クラブ生協・千葉と千葉県旭市農協の養鶏飼料活用の実験事業に係わった。だから到底無理ではないのかと著者に反論、論議したこともある。その後生活クラブ生協連合会は旧遊佐町農協、地元の養豚業・平田牧場らと協同、先駆的事業展開をして、現在に至っている。追い風である。情勢を大事にすることに賛成である。
やや蛇足だが、「地産地消から地域づくり」(第12章)に触れる。産直事業などである。ここに先述の長野県上伊那地区が紹介される。私の出会ったのは1982年、新しい流通事業開発のために、首都圏生協との交流を求めた。苦難を伴い、障害も論争も多かった。それを乗り越えて現在に至った諸氏が思い出される。