世界を知る時宜に適した書
第1部「世界の生産現場から」では、世界最大の農産物輸出国であるアメリカ合衆国、農家への直接支払い制度など共通農業政策を実施するEU、世界の穀物需給に大きな影響を与えるロシア、ウクライナ、カザフスタン、農産物輸出大国の地位を築くブラジル、大豆生産に集中するアルゼンチン、日本の小麦輸入の重要な農業国オーストラリア、世界最大の人口を有し穀物輸入超大国になった中国、急速な人口増加と栄養水準向上により食料需給逼迫に向かうインド、米の国際市場を支配するタイとベトナム、以上の国々、地域の現状を分析し課題提起を行っている。(平澤明彦主任研究員、清水徹郎基礎研究部副部長、阮蔚(りゃんうぇい)主任研究員、藤野信之主席研究員、室屋有宏主任研究員が執筆)
この部を読んで多くの人は、世界の穀物が近い将来需給の均衡が崩れ、人類にとって深刻な生存の危機を迎えることを予感するであろう。いずれの国も、食料自給体制強化のため最善の農業政策を展開している。大きな間題は、穀物需給に深刻な影響を与えるバイオ燃料の登場であり、食料か、燃料かという政策対応に追われている現実がある。さらに、農業と環境の関連も無視できない。
どの章も、極めて広範囲にして、綿密な資料収集と分析調査の努力が伺える。
第2部「変貌する世界の穀物市場」は、第1部の各国・地域の現状分析と課題提起を受けて、(1)穀物価格の高騰の背景、(2)強まる農業政策とエネルギー政策のリンク、(3)強大化する多国籍アグリビジネス、(4)農業資源の限界性と「土地収奪」の4章より構成される。(原弘平基礎研究部部長が執筆)
注目したいのは、カーギル、ADM、ブンゲ、CGBなど穀物メジャーの世界支配構図の分析である。また、米国、中国、EUなど各国・地域がエネルギー政策とのリンクで進めている農業政策の見直し動向の分析記述が見所といえる。
最近、「食料安全保障のための海外投資促進に関する指針」により、農水省、外務省の担当官が南米調査を行ったが、国際農業投資促進や輸入先の多様化にとって大切なのは、現地農業を支援し、安定的関係を構築することだと指摘した。
最後に、今後の展望とわが国のとるべき道として、?豊かな水資源に恵まれた貴重な国内農地の維持活用をはかる、?食料の安定確保の観点では、米国依存からブラジル、ロシアなどとの関係強化により輸入先を多様化する、?中国、インドなど東南アジア諸国との連携をはかり、余剰農産物輸出を基調にしたWTO枠組みの見直しに取り組む、の3点を提言している。世界を知る時宜に適した良書である。