かんばん方式を農業に応用
世に言うトヨタのかんばん方式を農業に適用するなんてできるの? そう思いながら本書を手にした。読み始めたら、面白い小説を読んだ時のように、ページを繰るのももどかしく、先の展開が気になりながら、一気に、そしてさわやかな気持ちで読み終えた。すごい、やればできる、農業に身を置く人間は井の中の蛙、もっと視野を広げなければ。それが読後感である。
本書は、サラリーマンから農業に転身して十年経った一人の生産者が、異業種であるトヨタ自動車の会長や技監と農場で対話し、新たな「気づき」を得て、農業現場に取り組む姿を綴ったもの。生産現場は茨城県つくば市のTKFというベビーリーフを生産する農場。トヨタ幹部がほ場や作業現場を見ながら、一つ一つを鋭く観察し、疑問を出す。それに生産者や全農関係者が答えていく。本書にはそのやりとりがリアルタイムで再現されている。
作りすぎたキャベツを何故ブルドーザーで踏みつぶすのか。人間の胃袋の数はそんなに変動しないし、年間に食べる量だって、自動車の需要予測より容易に分かるのではないか。
その疑問はもっともなのだけれど、農業はお天気次第、と大多数の農業関係者は考えてきた。それでいいのか、だ。
本書は、農業と工業の出逢い、全農いばらきの奔走、TKFの誕生、農業現場での改善、さらなる試行錯誤、新たな展開へ、の六章から成る。
圧巻は、農業現場での改善、さらなる試行錯誤の二章。トヨタ側から「畑の畝間(うねま)をなくすれば、収量がアップするのでは。トラクターが回転するハウスの隅はなくすることができるのでは。は種日や収穫日が一目で分かるように、ハウスやほ場に管理の状態などを書いた標識を掲げたらどうか」。
さらに、作業者の動作やスピード、道具を見て、時間の無駄を省くことに着目する。10アール当たりの収穫量や収益は計算しても、時間当たりの収益を考えたことがないことにも質問の矢が飛ぶ。さらに、わずかなコンテナの高さにもこだわる、事務所と作業現場でメールを使うことの提案など作業の効率化に対してトヨタ側は容赦しない。
二年半に及ぶ勉強会でトヨタ側から提案された改善点は二十を超える。すぐに手を付けたこともあるし、これからの課題になっていることもある。とにかくTKFの業績はこの間飛躍的に伸びた。受け手の感度が良かった、ということもあるが、このトライアルは成功した。次の課題は、これを農業現場でどこまで一般化できるかである。農業も工業もモノづくりは一緒、作りすぎは無駄、労働の平準化、生産の平準化、何故という問いを繰り返すなど、本書から学ぶことは多い。本書が農業の現場や農協組織、特に営農活動に携わっている人たちに普及し、新たな波紋が広がることを期待したい。
※評者 先崎氏の「崎」の字は、本来は旧字体です。
※本書は一般の書店ではお取り扱いしておりません。また、現在(平成24年7月)、在庫が終了しておりご購入はできません。本書についてのお問い合わせ等はJA全農営農総合対策部(TEL 03-6271-8275)まで。