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聞き書き 知られざる東北の技

聞き書き 知られざる東北の技
野添 憲治

【発行所】荒蝦夷

【発行日】2009年12月5日

【電   話】022-298-8455

【定   価】1700円(税別)

評者名:今野 聰

 2010年2月に入って、トヨタのハイブリット車「プリウス」の世界的リコールが衝撃的ニュースになっている。最新の工業技術に潜む、思わぬ落とし穴だが、ことは人命に関わる。そういう時だけに、本書が目の前にどんと座る感じなのだ。

 2010年2月に入って、トヨタのハイブリット車「プリウス」の世界的リコールが衝撃的ニュースになっている。最新の工業技術に潜む、思わぬ落とし穴だが、ことは人命に関わる。そういう時だけに、本書が目の前にどんと座る感じなのだ。宮城県北の米単作農村には、戦後混乱期の我が集落には、鍛治屋、草刈鎌屋、獣医兼牛去勢屋さえ居た。それが村の米生産と生活を支えた。つまり歴史で学ぶ「家内制手工業」である。ここで、著者は消えつつある東北日本人の技を紹介しているからである。しかも聞き書きという丹念な方法によってである。
 本書の特徴に触れよう。第1に、聞き書きという方法によってしか記録を残すことができない東北地方に生きる技の数々を紹介したことである。ヒカワ職人(青森県青森市)に始まって、石切工(山形県高畠町)まで、20名の職人。実に多様な職の名人に驚く。冒頭の「ヒカワ」は樹木ヒバ丸太から樹皮を剥ぎ、造船用に使う。聞き書きの相手は天内喜一郎さん(97歳)。途方もない仕事だ。こうして20人の一人一人から、技の真髄が見えてくる。
 第2の特長は、技の真髄だけに、引き継ぐ困難、技の伝承という難しさである。例えば養蜂家の宮腰久輔さん(秋田県能代市)、70歳。親から引き継いで40年、全国各地にミツバチを求めて移動する。壮大なロマンに見えるのだが、本人は「なにがロマンだが」と実感を吐露する。越冬には三重、和歌山、九州あたりまで移動するという。1箱4万匹で400箱。いかに過酷な女王蜂維持かとも思う。聞き書きは、施設園芸との関係に深入りしていないが、かえって良い。年々深刻になる国産ミツバチ不足は、今や突出するニュースになった。養蜂家との協同作業にも決定打が見えない。だから聞き書きから、不思議な臨場感を覚える。
 第3は、著者の40年にわたる「聞き書き」を、民俗学者・赤坂憲雄氏と対談した本書後半である。ここで著者は「最低3回通うんですよ」と言っている。ここがポイントだろう。普通新聞記者でも、そんな取材はしないだろう。非効率そのものなのだ。ましてそこから、記録に起すという作業だ。その上でも間違った記憶を記録に起すこともある。それを評論家に間違いと指摘されたことがあったという。「そりゃ間違っているさ」。ここに聞き書きの本質がある。

(2010.04.20)