医療崩壊の要因と再生方向を提示
本書は、医療崩壊の要因と再生方向を実態に即して究明し、「国民的ミッションの役目を果たそうとした」(はじめに)ものである。
本書を通じて指摘できる特徴の第1は「医療とは何か」を問い、現代的意味を明らかにしていることである。ここでは「人間生活の不安を減らし排除すること」を「人間の安全保障」(アマルティア・セン)とし、「保健・医療」もそのセイフティー・ネットと位置づけている。これは重要な規定である。
第2は医療崩壊の実態を事実に即し、リアルに分析・検討していることである。例えば病院の10%を占め、常に公共性が問われてきた自治体病院でも、「民ができることは民へ」が貫かれ整理統合が進められている。その結果、地域から遊離し、緊急対応の不足や公共性が減少している。これは将来的には公的病院存在の否定にもつながる危険性があると警告されている。
また、京都では病院の大規模化と集積・集中が進み、経営悪化や倒産する医療機関が多く、法人グループの巨大化も進んでいるという。そのため医療圏ごとの医療機関格差が拡大しているが、東京でも病院・診療所の閉鎖、とくに産科・小児科標榜の減少が深刻な実態にある。つまり、大都市地域においても医師・看護師の絶対数不足と相まって、救急医療をはじめとする地域医療の崩壊が促進されており、その実態が糾弾されている。
第3はこの医療崩壊は構造的で、最も重要な要因は新自由主義政策にあることが繰り返し強調されていることである。新自由主義は「社会的権利」を軽視し、医療なども「市揚の権利」として政府・国家の役割を過小評価する。この政策を推進した自公政権により、国民皆保険制度という医療保障制度と自由開業医制の二つの柱が崩されつつあり、本来「非営利」とされてきた医療機関にも「採算性」が強調されているのである。
第4はこれを改善するため患者、地域住民との提携により非営利・協同の医療機関の価値創造と医療の公共性重視など、具体的な方向が示されていることである。都立病院を守る運動、「農民とともに」の理念で住民の協同や参加を重視した佐久総合病院の取り組みなど、協同組合運動とも関連づけながら「地域医療再生」への方向が示されている。
本書でも最初に強調されているように、医療は人間のいのちとくらしのセイフティー・ネットである。その医療が地域から崩壊していることは、いのちとくらしが崩壊の危険に瀕していることを意味する。本書はその崩壊構造を転換するための理論と方向を示した類書にみられない意欲的な書である。是非一読をおすすめしたい。