「食」にまつわる定説を見直してみよう
――科学的根拠に基づく「安全」ではなく、心情による「安心」を満たすためにさまざまな資源の無駄が増え環境負荷が大きくなっている…安心志向はますます高まっており、食品企業は疲弊しきっている。
心情による「安心」に振り回されているのは農業の現場も同じことだといえる。
その一例として松永氏は本書で「コウノトリをめぐる誤解」で次のように書いている。2007年に兵庫県豊岡市で人工飼育され野に返されてたコウノトリが46年ぶりに繁殖して巣立った。テレビや新聞で大々的に報道されたので記憶されている方も多いだろう。そのときに、「どのメディアも、コウノトリが日本で死に絶えた原因としてまず、農薬を挙げた」。
ところが、史実を調べると「コウノトリは江戸末期には各地で繁殖していたが、明治時代になって水田で稲を踏み荒らす有害な鳥として乱獲され…20世紀初頭には兵庫県北部に約100羽が生息していたと推測されている」。1956年に特別天然記念物に指定されたときにはわずか20羽になっていた。
ところが、戦前の日本では農薬はほとんど使われていない。農薬が普及するのは1950年代以降のことだ。農薬が普及する以前にコウノトリはわずか100羽しか生息していないのだから、「農薬がコウノトリの絶滅の主因とは言い難い」というよりも濡れ衣だといえる。
トキやホタルをはじめ田んぼのまわりに生息する生物についての科学的な根拠が希薄なこうした誤解は数多くあり、心情による「安心」を求める人の根拠とされている。
本書の副題に『「気分のエコ」にはだまされない』とあるように、地産地消、食品リサイクル、BSE、遺伝子組み換え、化学農薬や化学肥料、食品添加物など食にまつわる定説を、気分や心情ではなく、科学的な根拠に基づいて見直すための材料を、提供している。
農業の生産現場でも消費者の心情的な「安心」を尊重することが「消費者目線」「消費者に軸足をおいた」対応だとされていないだろうか。そしてそのことが、生産者の負担をさらに重くしていないだろうが。本書は消費者向けに書かれているが、生産者にとっても大事な指摘が数多くあり、消費者と一緒に現場から何を変えていかなければいけないかを考える格好な手引きといえる。
本書と合わせて、国立医薬品食品衛生研究所主任研究官で、食品や健康などに関するさまざまな情報をネットなどを通じて積極的に発信している畝山智香子(うねやま ちかこ)氏の『ほうとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想』を読まれることをお勧めしたい。
畝山氏は食の安全性をめぐって氾濫する玉石混交(ほとんどは石だが)の情報のなかから、「食品中の化学物質のリスク評価について、比較的最近話題になった事柄を題材にして解説」をしている。食品のリスク評価という分野は新しい分野で参考書も少ないが、第一線でこの分野に携わっている筆者ならではの内容で、食品安全情報を読み解く力をもらえるに違いない。
◇発行:(株)化学同人社
DOJIN選書028
2009年11月30日
定価1600円(税抜)