今、政府はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加の是非で揺れている。関税撤廃を原則とする貿易協定だけに国内産業に大きな影響をもたらすことが必至だからだ。特に、農産物への影響は甚大なものがある。
この重大な時期に本書が刊行された。著者は、新進気鋭の研究者である。
振り返れば世界の多角的貿易交渉は、1948年のGATT(関税および貿易に関する一般協定)発足から、ケネディラウンド、東京ラウンド、ウルグアイラウンドを経て、その後は1995年1月に成立したWTO(世界貿易機関)体制のもとで行われている。GATT/WTO体制下での多角的貿易交渉は、いずれも難航し長丁場の交渉となった。
その主な要因は、農産物輸出国、輸入国双方にとって極めてセンシティブな「国内農業問題」にあった。ウルグアイラウンドの最終局面で、GATT貿易交渉史上画期的な「農業協定」が締結されたことに象徴される。WTO体制下では、2001年の閣僚会議で「ドーハ開発アジェンダ(DDA)」が始まったが、決着が得られず今日に至るまで停滞している。DDA多角的貿易交渉の長期停滞の中で、地域間並びに2国間の自由貿易協定(FTA)、あるいは経済連携協定(EPA)が多発している。
著者は、DDA停滞の2007年までの8年間を「多層的展開期」と位置づけて各国のFTAについて、膨大な文献・資料を駆使して歴史、理論、実証の「三位一体」の視点から農産物貿易問題を徹底的に分析した。韓国、メキシコ、豪州、米国、EU、チリ、タイ、日本などのFTAを研究対象にとりあげ、いずれの交渉も農産物貿易分野が難航して部分的調整あるいは一時棚上げという実態にあること明らかにした。
さらに、米国のヘゲモニー(覇権)の時代は終わり、対等性、互恵性を重視した貿易理念が、新興国、途上国へ配慮した「公正」へと転換する過渡期にあると指摘する。DDAでは、貿易の利益が一部の国に偏らない公正な貿易の確立が問われているとした。
国益とは何か、多くの人に読んで頂きたい良書である。